第四章 破壊と再生 11 ―捜査特課―
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統護は【ブラッディ・キャット】の三名を引き連れて、孤児院【光の里】に急行した。
テロに対する包囲網が厳重に敷かれており、一般人は近づく事さえ許されない。しかし統護は堂桜一族の嫡子というカードを切って、強引に現場に立ち入った。
「よけいな真似はするなよ、ボーズ」
今回の【ネオジャパン=エルメ・サイア】に対する捜査本部から派遣された、年配の私服警察官が、煙草を吹かしながら言った。彼は警視庁捜査特課(通称、魔術犯罪・魔術テロ対策課)に所属している綱義光兼警視で、鋭い眼光で統護に睨みを効かせた。
五十代後半のいぶし銀――といったベテラン刑事の一睨みに、統護は気圧される。
そんな統護を庇うように【ブラッディ・キャット】の三名が前に出て、綱義警視に警告した。
「警察側の邪魔はしませんが、そちらも堂桜側の邪魔をしないようお願いします」
「おう。久しぶりだな、赤猫のお嬢ちゃん達」
「そうですね。コロ●ボかぶれの薄汚れたオジサマ。そのコート、そろそろ匂いがキツイのでクリーニング出すか、新品に換えた方がよろしいのでは?」
「莫迦が。やっと良い感じにくたびれてきたのに、何いっていやがる」
「そのロマンは理解できませんが、とにかくお互いに不可侵という事でお願いします。すでに捜査特課課長と警視総監には話を通しておりますので」
「へっ! 勝手にしやがれ」
綱義警視は、メイの足下に唾を吐きかけてから、離れていった。
警察側も、マスコミやネット環境への情報統制において、堂桜財閥に多大な借りを作り続けている為、少なくとも表向きは大きく出られない。
強面の年配刑事とメイの会話に、統護は軽く驚いていた。
「警察と面識あるんだな」
「はい。隊長は基本的に那々呼様のお世話と護衛に専念しておりますが、配下である我ら【ブラッディ・キャット】は、魔術犯罪をメインに、様々な任務をこなしてまいりました。当然ながら、その過程において、警察機構や国側の特殊機関との衝突も数多くありましたので」
アンが付け加えた。
「此度の件、淡雪様が米軍【暗部】とのコンタクトに成功しておりますが、この孤児院襲撃に関しては、米軍側も計画外のイレギュラーとの情報が入りました」
「そうだろうな」
前回の襲撃事件は、制圧からの撤収も迅速であった。
いわば完璧なデモンストレーションともいえた。
比べて、今回は孤児院という社会的弱者を襲うという暴挙に、山根夕と名乗っていた女――つまり楯四万締里の身柄要求をし、人質までとって施設に立て籠もってしまった。
その行動に、政治的主張や宗教的主張は一切みられない。
移動手段として用いられた特殊トラックは、彼等の要求によって、建物の玄関前に横一列の並びで停車させられていた。バリケード代わりであり、逃走手段でもある。
「この襲撃は明らかに締里に対する復讐が目的か」
「そうでしょう。パイロット達による独断での出撃である可能性が極めて高いです」
新型【パワードスーツ】の搭乗員の内実と、楯四万締里の関係を知る統護達だからこそ理解できる話であって、情報が不足している警察やマスコミには訳が分からない状況だ。
(どうする?)
警察側の突撃作戦は一度、失敗に終わっている。
不幸中の幸いで、【ネオジャパン=エルメ・サイア】は人質に手を掛ける事はなかった。
しかし次はないと通告されてしまった。
現在の警察側は【ネオジャパン=エルメ・サイア】との、人質解放についての交渉に、ウェイトを掛けている。人質にされている孤児と園長の身心の安全確保で精一杯である。
「……なあ。俺とお前達三人で突撃して、あの【パワードスーツ】五体を倒せるか?」
統護の問いに、メイは即答した。
「我ら三名で一体を八分以内に――といったところでしょうか」
「って事は、残りの四体を俺一人ってか」
統護は歯軋りする。ダメだ。時間が掛かり過ぎる。
警察側はバックアップしない、統護達も警察側に協力しない、というのが互いの前提だ。
正直いって、一人で四機どころか一機すら倒せる自信がなかった。なにしろ【パワードスーツ】との戦闘経験がない。【パワードスーツ】に対して、統護の《デヴァイスクラッシャー》が有効とは思えない上に、自身の超人的身体能力もさほどのアドヴァンテージを発揮できるとは思えなかった。サイズの違いから、まともな近接格闘戦にもならないだろう。それは美弥子との【ゴーレム】戦でも経験済みだ。
つまり――【パワードスーツ】は、いかに統護であろうと徒手空拳で戦える相手ではないと断言できる。
アンとクウがそれぞれ言った。
「防御用【結界】が時間稼ぎにすらならず、人質をとられたのが致命傷でした」
「こういったシチュエーションにおいて、予想外に【パワードスーツ】が有用だという事もありました。黎明期で運用勝手が悪い兵器のはずでしたが、意外でした」
人質さえいなければ、単純に物量で圧せばいいだけの状況だ。
それに相手には補給線がないと推測されれいる。
通常兵器による火力と警察精鋭の【ソーサラー】部隊が組めば、いかに新型【パワードスーツ】が高性能であっても、時間は掛かっても倒すのは難しくはない。
だが、この状況を突破するのには……
「……統護様。ひょっとして何か策がおありで?」
メイに訊かれ、統護は俯いた。視線を合わせられない。
策――というか『奥の手』ならば、ある。
確かに近接格闘では話にならない――が、しかし。
隠している本当のチカラを解放すれば、確実に奴等【ネオジャパン=エルメ・サイア】を極短時間で制圧して、人質を救い出せるだろう。
マスコミに情報統制を掛けている状況であっても、おそらくは大多数の特務機関や各国家に本当のチカラを知られてしまうが、その程度のリスクはもう些事である。
人質を無事に救い出せるのならば、この後、自分がモルモット扱いされようが、構わない。
しかし、ここで魔力を使い果たしてしまえば、魔力が回復するのが間に合わずに……
――優樹は死んでしまうだろう。
優樹は一刻を争う危険な容態で、すぐにでも彼女のもとへ駆けつけなければならない。
統護の全身から大量の汗がしたたった。
【光の里】の孤児達の顔が、次々と脳裏に浮かんでくる。
園長先生である琴生の笑顔を思い出す。
彼等の顔は、今は恐怖で強ばっているに違いない。助けを求めているのだ。
なによりも……
「アリーシア」
統護は赤毛の少女の名を呟いた。
この孤児院は、ファン王国次期女王という責務を背負ったアリーシアの、ニホンでの大切な居場所なのだ。
だから統護が守らなければならない。特にアリーシアが不在の今こそ。
アリーシアを悲しませる者は、相手が誰であっても許さないし、この手で倒す。
しかし優樹の事も諦められない。
迷う統護に、クウが報告した。
「統護様、情報が更新されました。攪乱されていた比良栄優樹のマーカー特定に成功との事。現在、追跡中です」
「ッ!!」
なんてタイミングなんだ、と統護が顔を歪めた。
この場を警察に託して、すぐに優樹を追いかければ、彼女を救えるかもしれない。
間に合うかもしれない。
助けたい。追いかけたい。
もうユウキを、二度もユウキを喪いたくない。
あんな悲しみは、二度と味わいたくない。
本来ならば、こういったテロを相手にするのは、警察や自衛隊の責務で、統護が責任やリスクを負う話ではないはずだ。
……ホントウに?
ここで背を向けて優樹を追いかけたとして――
優樹を想う。
優季を想う。
二人とも、きっとこう云うに違いない。
――〝孤児院のみんなを見捨てて、ボクを選んだりしたら許さないよ〟――
優樹と優季の笑顔が重なった。
統護は大きく息を吐く。
ゴメンな、と小く呟き――覚悟を決めた。
真のチカラを解放して、孤児院のみんなを救う。この手で、このテロ事件を終わらせる。
ここで目を逸らして、どうしてこれから先、【エルメ・サイア】と戦えるのか。
(結局、これが俺とユウキの運命だったのか)
メイが心配げに訊いてくる。
「統護様?」
「大丈夫だ。俺にとっておきの手段がある。そいつを使うから――お前達三人は、同時に建物に突入して人質を確保してくれ」
統護は三人に決然と告げた。
表情は能面のようだった。
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