第四章 破壊と再生 9 ―嫉妬―
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話を聞き終わったみみ架は、深刻な顔で目をつむって思案した。
目を開け、統護を厳しい眼差しで見据える。
「状況を整理すると、彼女は完全にケイネスって女の掌で踊らされているわね」
「ああ。だから助けたいんだ」
統護は全てを彼女に打ち明けてしまった。不思議と悔いはない。これが唯一無二の機会だと確信さえ覚えている。おそらくこれは――運命なのだと。
縁を強く感じるのだ。
ふぅぅ……と、みみ架は長い息を吐いて一度、うつむいた。
「お風呂場での言動からして、比良栄さんは最悪で死ぬつもりかもしれないわ。良くて、この件が終わったら永遠に貴方の前からそのまま消える、でしょうね」
統護は沈鬱な口調で言う。
「たとえ、このまま別れる事になっても、俺はアイツを救いたいんだ」
「あら、ご執心ね。貴方という堂桜統護が顕れたのは、最速でも元の彼女がわたしを訪ねた翌日のはず。つまり――比良栄優樹と貴方は、正確には幼馴染みとはいえないわ」
「そんなの俺には関係ない」
統護は嘘をついた。
少しの間だが一緒に過ごした優樹を救いたいという気持ちは本物だ。
しかし、元の世界の優季への想いも、また本物だった。
「……委員長はさ、アイツを助けたいって思わないのか?」
「ええ。可能な範囲でならね。しかし今回の事件は、単なる女子高生のわたしには関与できない話だわ。堂桜財閥の嫡子である貴方とは、根本的に立場が違い過ぎるの」
みみ架は深い眠りから覚めない締里に視線をやる。
「こうして楯四万さんの面倒をみているのも、行きがかり上、仕方がなくよ。他に対案があったのならば、そちらを採択していたわ」
統護は何も言えなくなってしまう。
だからアドバイスが精一杯よ、と念押しして、みみ架は言った。
「偽《デヴァイスクラッシャー》に、例の《結界破りの爆弾》が出たタイミング。ケイネスって女の狙いは、比良栄さん本人じゃなくて別にあるわ。その別に心当たりがあるのならば、そこへ急ぎなさい。きっと彼女はそれに利用されてるはずよ」
統護は息を飲む。心当たりならばあった。この事象の流れならば、ケイネスの狙いは――自分が案内してしまった先にある。
統護は慌ててルシアに連絡をとった。
スマートフォンでの通話はできず、即座にメールが返信されてくる。
いつものアパートに来るように、と記されていた。
…
ミランダは呆然自失状態の陽流を調べた。
外傷や性的暴行の形跡はない。その事にミランダは微かに安堵する。
大丈夫だ。心は決定的に壊れてはいない。
「純粋に置いて行かれた事へのショックのようです」
執事からの報告を聞き流したケイネスは、不愉快さを隠さずに、陽流と共に残されていたタブレットPCの中身を確認している。
親指の爪を噛み切らんばかりに、囓っていた。
「面倒になるわね」
「どうするのですか? 彼等を阻止しますか?」
「阻止は難しいというか、もう無理ね。問題は彼等の回収についてよ」
陽流を切り捨て、離反した【ネオジャパン=エルメ・サイア】の五名は、あろうことか第一陣と同様に自分たちをの逃走をサポートし、回収して欲しい、とメッセージを残していた。
「この件――米軍【暗部】に?」
「報告せざるを得ないでしょう。これで彼等からの信用――というか、この件の失点はあまりに痛いわ。なんて事なの」
棄てた陽流に暴行を加えていなかった点からして、理性を失ったり自暴自棄になっているとは考えにくい。とはいっても、彼等を前回同様に回収して、これまで通りにパイロットとして登用し続けるという選択肢も採れない。いや、米軍【暗部】が許さないだろう。
実験計画に反したペナルティーは重い。
それは、彼等の上司であったケイネスも例外ではない。
《リヴェリオン》を拿捕されるわけにはいかないので、彼等の逃走をサポートせざるを得ない状況と、こちら側の足下を見たとしても、かなり大胆な離反計画であった。
加えて、警察の追跡を逃れた後に、そのまま再び反乱を起こす可能性が高い。
いずれこちら側から切り捨てる計画であったが、皮肉にも先手を打たれてしまった形だ。
何がきっかけで彼等は決起したのだ――
「彼等は何を目的に独断で出撃したのでしょうか?」
ケイネスは小馬鹿にしたように答えた。
「さあ? まさか未だに【エルメ・サイア】に拾って貰えるなんて夢をみていて、その夢を叶える方法を見つけたから――だったりしてね」
陽流を見る。
この少女と彼女にあてがった機体が残ったのは、不幸中の幸いだったと安堵した。
ケイネスは舌打ちする。
那々呼との面会どころではなくなったしまった。
最悪で、立ち回りを誤ると、自身の立場さえも無事では済まない事態だ。
…
「子作り……か」
その場の流れとはいえ、我ながら大胆な要求をしたものだ。
みみ架は苦笑する。統護が即、乗ってきたのならば、本当に受け入れていたのか。
(資質は問題ない)
言った事に嘘はなかった。種馬としては理想的な男だ。けれど……
消えかけの夢の断片で、未だに統護を強く引き留めている。忘れまいと。
きっと、それが一番の原因だ。
寝ている締里に目をやる。窮地であろう優樹を憂う。
そして、仮初めの婚約者であるアリーシアを思い出す。
「わたしみたいな女なんて要らなく、素敵な子を選び放題ね、堂桜くん」
何故だか少し、苛っときた。
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