第二章 錯綜 6 ―武神の孫―
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あまりに圧倒的な実力差に、資質・才能の違い。
ロイドは思わず拍手していた。
「見事なお手並み、素晴らしい技前でした。まさか伝説の武神と呼ばれる重鎮の後継者がこんなに若いお嬢さんだったとは」
そして怖気が走るほどに超絶の美形ときている、と賛辞を送る。
彼には最初から分かっていた。みみ架の歩き方や、正中線(体幹と背中の軸)の美しさから彼女が達人級の武芸者だと。己の主人では相手にならない事も。
「どうらやウチの道楽ジジイを知っている様子ね」
みみ架は顔をしかめた。
祖父の黒鳳凰弦斎は道楽で古書堂の店主をやっているが、本職は護身術および格闘技道場の経営者だ。そして祖父は先祖から相伝されている【不破鳳凰流】なる古武術の伝承者である。
婿養子を切望した祖父から離れ、弦斎の反対と妨害を押し切る大恋愛の末に累丘家に嫁入りした次期継承者だった母は、師範代の立場と【不破鳳凰流】を棄ててしまった。
母は重度のゲーマーで武術など好きではなかったのだ。父は重度のアキバ系オタクだ。
そして母が武術を棄てたとばっちりを、孫娘であるみみ架が背負わされた。
「……言っておくけれど、わたしは【不破鳳凰流】とは無関係だから。もしも門下生の中から使えそうな者が出現したのなら、喜んで後継者とやらを進呈するわ」
しかし二百人を超える直弟子の中に、【不破鳳凰流】を身に付けられそうな資質持つ者は皆無であった。通常の骨法・合気道・空手、あるいは近代的なマーシャルアーツでは破格の達人も多いが、それでも【不破鳳凰流】を学ぶには、才能が足りない。
「そうは見えませんでしたが。貴女は本当の実力――本性を隠している、そんな感じに見受けられました」
「買い被りね。わたしの実力は今見せた程度よ」
「それは残念です。いつか本気の、いえ本性の貴女を見てみたいものです」
起き上がった優樹は、照れも混じった半笑いで訊いてきた。
「伝説の武人って、君はやっぱり凄い人だったんだ。累丘家が法曹界の名門って程度は調査済みだったけど」
リサーチ不足だった、と舌を出す。
悔しさは微塵も窺えない。逆に安堵している様ですらある。
「よしてよ。どんな武術の達人だって、今の時代は戦闘用魔術と組み合わせて使用できないと、魔術戦闘ではほとんど意味も成さないものだし。わたしの場合、たまたまこの《ワイズワード》との相性が良かったから貴方と戦えたってだけよ。ホント、買い被りね」
言葉とは裏腹に、みみ架は新たな可能性を手にした、という実感を得ていた。
いくら【不破鳳凰流】の業があっても、魔術師として未熟であれば、まともな魔術戦闘などできる道理はない。その魔術師として無才な自分がこれ程までの戦闘ができた。
「謙遜するね、君」
「事実としてわたしはクラス委員長で読書好き。本当にそれだけ」
母がやった通りに、自分も早々に職場あたりで適当な相手を掴まえて結婚して、子供を産んで、悪いけれどその我が子に【不破鳳凰流】を継いでもらう腹積もりである。それで継承者としての責務は果たせるだろう。
「分かったよ。――で、話し合いってどうするんだ?」
「そうね。まずは楯四万さんを病院で診てもらった方がいいと――」
その台詞は途中で遮られた。
締里がみみ架の口を手で塞いだのだ。
いつの間にか、起き上がって背後に立っている。
「却下よ。ダメージの自己診断は訓練されている。この程度ならば病院は必要ない。それに私は、投薬の影響もあるから定期検診も含めて指定された病院でしか受診できないのよ」
「オーケー分かったわ」
銃型【AMP】を個人所持していた点のみでも、締里が真っ当ではない側の人間だと、みみ架には容易に想像できていたので特に驚きはなかった。祖父の門下生には、そちら側の人間も混じっているので、耐性もあるのだ。
「しかしわたしの背後を取る――なんて、ウチの糞ジジイにも無理なのに」
「元々後ろに寝かされていた。正面からなら無理だろう」
「あのね、委員長。その人って裏社会で《究極の戦闘少女》とか呼ばれている人間兵器だよ。ベストコンディションなら、ボクなんて相手にならなっただろうね。手合わせした感想だと、君でも勝てないかも」
優樹の台詞に、みみ架は得心した。
「なるほど。了解したわ。病院は後回し、で決定ね」
「それで私の身柄はどうなるんだ?」
「拉致はNGの方向で。けれどもこのまま家に帰す、じゃあ比良栄くん側が納得できないでしょうから、わたしに一任させて」
みみ架はスマートフォンを取り出し、記憶してあった『とある番号』をタップする。《ワイズワード》は電話帳としても世界一だ。
『……もしもし。誰だ?』
「ああ、堂桜くん。わたしよ、累丘」
『累丘って委員長!? どうして俺の番号を? これ極秘の筈だぞ』
「企業秘密。それは今、重要じゃないわ」
『別にいいけどよ。用件は? 委員長は読書以外では無駄な事は一切しないヤツだろ』
「ええ。貴方も予想できていると思うけれど……、比良栄くんVS楯四万さんの結果から説明していきましょうか」
みみ架は《ワイズワード》の秘密を除き、一部始終を統護に話した。
「――それでわたしが提案する結論としては、堂桜くんはこのまま比良栄くんとの同居を続行する事。多少のわだかまりは残るでしょうけれど、そもそも喧嘩を売ったのは楯四万さんの方だしね」
おおよその事情は、《ワイズワード》からの情報がなくとも、みみ架には容易に推理できていた。鍵は――お互いの《デヴァイスクラッシャー》に関する秘密なのだろう。
予想通り、統護はあっさりとみみ架の要求を飲んだ。
『分かった。じゃあ締里は?』
「そこで相談なんだけど、この子って独り暮らし?」
『いや、今は【光の、』
「ストップ。余計な情報は聞きたくないわ。訳ありの子だって分かっているし。イエスかノーのみでシンプルに答えて」
『ノーだ』
「ご家族と一緒?」
『……ノーだと、思う。いやイエスか』
「はいはい。推理しやすいリアクションをありがとう。例の姫様の件も合わせると答えを言っているようなものじゃない。だったら、今の状態の楯四万さんを帰すのも悪いわね」
『迷惑がるような人達じゃないぜ』
本当に堂桜統護は変わった、とみみ架は感じる。
優等生だった頃との比較ではなく、ほんの最近、彼本人の変化だ。
「気持ちと実害は別でしょう。今の楯四万さん、ロクに動ける状態じゃないわ。登校する自体、無茶な状態じゃない」
『病院も駄目ならどうするんだ?』
「そっちに提案ある?」
『俺が迎えに行って、堂桜の屋敷で面倒みるか、俺がホテルでもとって世話を焼くか』
みみ架はため息をついた。
「はい却下。それだと堂桜くんと比良栄くんの件が片付かないじゃない。なによりも年頃の男女が二人でホテル暮らしなんて駄目に決まっているでしょう」
『じゃあ、どうすればいいんだよ』
通話先の口調がちょっと拗ねた。
みみ架は諦め気味の口調で提案した。
「仕方がないから、堂桜くんと比良栄くんの関係に片が付くか、あるいは楯四万さんが復調するまで、彼女ウチで預かるわよ」
面倒事が増えてしまった、とみみ架は内心で苦笑する。
しかし、不思議と決して不快ではなかった。
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