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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第1部(第55話)

第四章  解放されし真のチカラ 19 ―統護VSユピテル③―

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         19

 〔魔法〕の使用を解禁した統護の感覚は、常人とはまるで異なっていた。

 地、水、風、火――といった自然現象全てに様々な〔精霊〕が楽しそうに絡みつき、あるいは、自然とは〔精霊〕そのものといえた。無機物に対しては〔御霊〕も視える

 そんな彼の超常的な認識領域に、一人の少女が割り込んできた。
 細面の美しい少女であった。
 彼女は背中から巨大な翼が生えている。
 左が光を弾けさせている純白で、右が光を吸い込んでいる漆黒だ。
 和風のような羽衣のような、どちらともいえない不思議な衣装を纏っていた。
『助けてあげようか?』
 甘い声で囁きかけてくるのは、堕天使である。
 光と影の相克。
 女神と悪魔の両儀。
 そんな禍々しくも神々しい存在。

 そして彼女の貌は――淡雪と瓜二つである。

 ああ、と統護は思い出す。この存在は……
 白と黒で構成されている堕天使が、微笑みを添えて統護を誘う。
『トーゴが私を使役すれば、きっと貴方はこの世界【イグニアス】を――』
「――いや。せっかくの助力だけど、断るよ」
 統護は彼女をやんわりと拒絶した。
「お前を使役するまでもなく、ここは諦めて、ちょいと本気を出す事にした」
 すでにイメージは完成している。
 だが対価として、世界中の人々に迷惑をかけるけどな、と苦笑する。
 残念ね、と〈光と闇の堕天使〉は統護の身体に重なり合って、――再び融合した。

 

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         ◇

 〈光と闇の堕天使〉との精神世界でのコンタクトは、実際は千分の一秒に満たなかった。
 ゴォォオオンン!
 少女が統護の中に引っ込むと同時に、黄金の爆発が巻き起こった。
 爆発の余韻が冷めぬ中、統護は仁王立ちしている。
「――この世界の人々には悪いが、本気を出させてもらうぜ」
 雷の巨槍は消えていた。

 そして統護の横には、一体の巨神が屹立している。

 厳つい顔つきに逞しい巨躯。和装の上に神々しい武具で身を固めていた。
 その巨神は全身に雷を纏っている。
 統護の〔魂〕に眠るチカラにより、特別にアクセスして召喚した『超越存在の具現化』だ。
 辛うじて、イメージ通りに成功した。
 この異世界でも、元の世界との〔契約〕が生きていた。それを平行世界間を超えるパスとして通したのである。
 ユピテルは目を丸くする。
「ははははっ。なんだお前も戦闘系魔術師ソーサラーの【基本形態】のようにチカラをヴィジョン化して固定できるのか。さしずめソレはニホン国由来の雷神を模しているのかしら?」
 その言葉に、統護は残念そうに首を横に振った。
 ユピテルならば理解できている、と評価していたのだが……
 そうか。本当の意味では理解できていなかったのか。
「いや」と統護は冷めた声で告げる。

「これは雷神を模したチカラのヴィジョンじゃなくて、正真正銘の〔雷神〕だよ」

 そう。これは本物の〔神〕、であった。
 元の世界における堂桜一族が〔契約〕していた〔神〕の系譜。
 その一柱だ。
 それを統護が〔魔法〕をもってして、暫定的に受肉化させているのだ。
 統護の魔力が限界まで吸い取られている。そして超人化しているはずの身体が、負荷によってバラバラになりそうだ。元の世界で行っていれば、身体が消滅していただろう。
「正真正銘、ですって?」
 ユピテルが呆けた表情になった。
 統護は〔神〕を使役するという暴挙からくる〔神罰〕に耐えながら、どうにかポーカーフェイスを保つ。
「これは〔雷神タケミカズチ〕だ。一番、手を貸してくれそうだったから、無理をいって顕現してもらった。いや、実際のところは全然納得していないみたいだが」
 その説明で、ようやくユピテルは理解した。
「それが本物の〔神〕……だと? 貴様、莫迦にするのもいい加減に――」
 認めたくないのならば、それでいい。
 信じたくないのならば、それでいい。
 実のところ、統護の超常的な認識領域は、人間に使役される屈辱に猛っている〔雷神タケミカズチ〕の怒りで満たされていて、宥め治めるので精一杯なのだから。
「じゃあ、小細工なしで決着をつけようぜ」
 怒り狂う〔雷神〕が手を貸してくれるのは、おそらく、次の一撃が最後だ。
 統護は右拳をゆっくりと引いた。
 その動作に、横にいる〔雷神タケミカズチ〕も呼応する。
 ユピテルは統護の言葉に耳を貸していなかった。
 ただ怒りに顔を真っ赤にして、
「ソレが本物の神だというのならば、この渾身の一撃をもって神殺しとなってやる!」
 最大最強の魔力を込めた攻撃魔術を繰り出した。

「――《ツイン・ゴールデン・ジャベリン》ッ!!」

 ギャァォォオオオオオっ!
 構えていた雷の巨槍に、更にもう一本の槍を加えて、同時に放った。
 甲高い金切り音をまき散らしながら、二対の槍は絡まり合いながら〔雷神タケミカズチ〕へと向かう。
 その瞬間。
 統護は右拳を、〔雷神タケミカズチ〕の一撃として繰り出した。

「――〔神威奉還〕」

 〔雷神〕が統護の動作に動機して、右拳を突き出す。
 ぉォんンんッ!!
 重々しい音は、雷撃音と呼ぶよりも〔雷神〕の咆哮に近かった。
 突き出された拳は、雷撃の波動となり《ツイン・ゴールデン・ジャベリン》を粉砕した。
 拳を放った直後に〔雷神タケミカズチ〕は消える。
 雷撃の波動は、迎撃した《ツイン・ゴールデン・ジャベリン》のみならず、ユピテルの『黄金世界』そのものを、完膚無きまでに破壊し尽くした。

 

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 意識を回復したユピテルは、自身が存命している事実に驚いた。
 指一本動かせないが、五体満足だ。
「……どうして生きているんだ、ワタシは」
 問いに対する答えは、上からである。
「そりゃ、手加減したからに決まっているぜ」
 大の字になったままのユピテルを見下ろしている統護が、そう教えた。
 自分の状態を認識した彼女は表情を緩める。
「手加減……ね」
「アンタの言う通りに、俺は人を殺す覚悟はないから。ただそれだけだよ」
「本物の〔神〕を使役する覚悟をもつ男が……軟弱な話ね」
 ユピテルは敗北を認めた。圧倒的なあの雷は『神の怒り』そのものと体験したから。
 統護は肩を竦めた。
 覚悟なんて最初から無かった。遠い遠い遙か昔に、神魔と〔契約〕を交わした血族の末裔である〔魔法使い〕であろうとも、実際に〔契約〕を楯に〔神〕を使役すれば、多大なツケを支払う羽目になる。
 歴代の堂桜でも、こんな暴挙をした者は統護のみであろう。
 なんにしろ、そのツケを支払うのが自分自身で済むのならば、確かに覚悟が必要だ。
 しかし自己責任では済まないので、己の覚悟だけの話ではなくなる。
 統護が安易に本気を出せないもうひとつの、そして一番の理由――
「……どうしたの、統護。浮かない顔をして」
 アリーシアが心配そうに訊いてきた。
 統護は済まなそうに言った。
「悪いけど、これら先の数日程度は、この地域の天候がかなりとんでもない事になるぜ」
「天候?」
「突発的な雷が乱発するだろうな。俺が〔雷神タケミカズチ〕を無理に承伏させたから」
 意味を理解したアリーシアの顔が引き攣った。
 〔魔法〕は文字通りの『魔の法』だ。
 たとえ小さな〔魔法〕であっても、人が〔精霊〕や〔神〕を使役して理(法則)を曲げれば、必ず世界に歪や綻びが生じてしまう。この世界の人々や、この世界そのものに、そのツケを支払わせる結果になるから、統護は安易に〔魔法〕を使えないのであった。
 ユピテルが言う。
「しかしいいのかしら、ワタシを生かしておいて」
「だから殺せないって言ったろ」
「ワタシを生かしておけば、貴方の秘密を喋るわよ【ウィザード】」
 統護は迷わず言った。
「口封じするつもりはないから、喋りたければ喋れよ。俺の秘密はアンタの命よりは軽いモノだからな」
「甘いわね。ワタシはこれまで多くの人を殺めてきたのよ」
「ここでアンタを殺したって、【エルメ・サイア】の犠牲者が減るわけじゃないだろう」
「その台詞の意味と責任、理解しているのかしら?」
 統護は頷いた。
 理由が見つかった。いや、見つけたのだ。

 ……戦おう。これから、この異世界で【エルメ・サイア】と。

 ユピテルを生かすとは、その責任を背負う事と同義だ。
 この異世界で戦い始めたばかりの自分だが、今後その目的だけは揺るがない。
 元の世界に還る前に、救うのだ。【エルメ・サイア】に脅かされているこの世界の人々を。
 今までの鍛錬の日々と、自分のチカラはその為にあるのだと、今ならば思える。

 ひょっとしたら、この異世界に転生した理由さえも――

「だったら、いいわ。……ならば【ウィザード】、貴方の秘密は守りましょう」
「え?」
「交換条件としてワタシに倒されるまで誰にも殺されないこと。貴方を倒すのはワタシよ」
 その言葉を最後に、ユピテルは再び気を失った。


 もうじきアリーシアの迎えが来る。
 その迎えに統護は同席できない。
 朝日をバックに二人は向かい合っていた。
「本当にありがとうね、統護」
「ああ。俺もアリーシアのお陰で色々と分かった事があった」
「だったら嬉しいかな……」
 アリーシアは頬を染めて微笑んだ。
「私、第一王女としてファン王国を継ぐって決めたから――。だから、ひょっとしたら、しばらくの間、逢えなくなるかもしれない」
 彼女の人生を賭した戦いは、今この時、此処からスタートする。
 統護は笑顔を返した。
「待っているよ。いつまでもアリーシアを」
「ッ!」
 その台詞に、アリーシアは統護の胸に飛び込んだ。
 そして。
「あのね統護。私、私は統護の事が――」
「分かっている」
 告白を遮られ、アリーシアは統護の言葉を待った。
 胸が高鳴る。
 やはり愛の言葉は男性から掛けてもらいたい。そして自分はそれに応えたい。

「俺達は何処にいたって友達じゃないか」

 期待外れの言葉に、脱力したアリーシアはずるずると崩れ落ちた。
 ガクリと首が前に折れる。どうして自分はこんな朴念仁を愛してしまったのか。
 統護は慌ててアリーシアを支える。
「あれ? どうした? 具合でも悪いのか?」
「いいから。ちょっと放っておいて」

         

 アリーシア・ファン・姫皇路は、己の出生を知り、そして次代の王として決意した。
 もう、彼女は《隠れ姫君》ではなくなった。
 元の堂桜統護から引き継いでいた極秘ミッションは終わった。

 ――こうして統護の最初の戦いは幕を下ろした。

 

 

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