第四章 解放されし真のチカラ 18 ―統護VSユピテル②―
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18
アリーシアはフレアの宣言に生唾を飲み込んだ。
脳裏に蘇る――あの光景。
締里がほぼ瞬殺に近い形で倒された。圧倒的なチカラ。TV画面越しの映像と肉眼での視認には、途方もない差があった。統護が【ウィザード】と呼ばれる伝説の〔魔法使い〕である、という事だけは、なんとなく理解できたが、それでもフレアに勝つシーンがイメージできなかった。
くすくすくすくす……
フレアの口紅の隙間から、笑みが不気味に零れはじめる。
彼女は己の専用【DVIS】である懐中時計を両手で挟み込みように掴むと、前面部と後背部を九十度、摺り合わせるように回転させた。
がごん。
これは専用【DVIS】に流し込める魔力総量を抑制している安全措置――リミッターを解除する、違法改造である。
『ベース・ウィンドウを初期化します』
無機質な電子音声が、フレアの意識内にある電脳世界のリセット――再ログインを報せた。
【火】のエレメントによる『炎系』の戦闘用魔術で埋まっていた彼女の電脳空間が、初期設定から異なる別の系統の戦闘用魔術で埋め尽くされている新たなる電脳世界へと切り替わる。
通常の魔術師は、複数のエレメントを使用するにしても、同一の電脳世界にフォルダを共有させている。その方がフォルダの切り替えだけで系統を使い分けられ、効率的な運用が可能だからだ。しかし、希にフレアの様に特化した単一系能力の為に、全リソースを電脳世界の容量限界まで使用する場合がある。
非能率的な上、そもそも電脳世界ひとつで一系統の能力など、使用者の魔力総量と意識容量が追いつかない。基本的に単一系統で巨大な容量の魔術プログラムなど必要としないし、また実行可能の魔力を持つ者が皆無である。
通常のユーザーは、どんなに優れた魔力総量と意識容量を誇っていても、通常の電脳世界の全容量の約七十%までしか一度に使用できないと云われている。また三十%の余裕を持つように設定されているのだ。
あくまで想定されている通常ユーザーにとって、であるが。
フレアは高らかに嗤った。
意識内の電脳世界に限界まで魔力を注ぎ、意識を拡張して、そして――
「……ふふふふふ、ワタシの『コードネーム』を教えてあげるわ」
システム・リンケージされている中で、圧倒的な魔力の奔流が暴れる。
軌道衛星【ウルティマ】側が、通常ユーザーに割り当てている演算領域の限界を超えた。
【ウルティマ】の超次元量子スーパーコンピュータ【アルテミス】が、使用者であるフレアに警告を発した。
『このままではオーバーフローによる魔術暴走が起こります。よって特別措置として第二演算領域をサブとして割り当てます。ID確認――すでにサブ領域の使用歴のあるユーザーと判明。これまでの使用履歴から必要領域として通常の二百四十倍の拡張準備が整いました。一秒後にマスターユーザーとして再アクセスを要求します』
「我がコードネームは《雷槍のユピテル》ッ。
――マスターACT!!」
フレア、いやユピテルの再起動呪文と共に、世界が一変した。
ガォン! という雷鳴が幾重にも響き合う。
統護の〔結界〕内限界の広さに、数多の雷が雨のように降り注いでいた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴぉ……――
空気が烈震している。
雷の雨による黄金世界。
淡雪の《シャイニング・ブリザード》に比肩する超巨大規模【結界】だ。
それは【雷】のエレメントが至る究極形態のひとつのカタチであった。
中心に立っている世界の主は悠然と言った。
「そしてこれがワタシの本当の【基本形態】……
――その名も《ゴールデン・アスカルド》よ」
雷の雨は統護とアリーシアを意図的に避けていた。
アリーシアは青ざめて縮こまっている。
しかし統護には余裕があった。
「なるほどね。これが噂に名高い【エレメントマスター】ってやつか」
単一エレメントのプログラム全てを己の電脳世界の限界まで割り当て、なおかつその巨大なアプリケーションを制御し切るだけの意識容量と、かつ通常ユーザーの割り当て領域を超える魔力を注ぎ込むことによって、軌道衛星【ウルティマ】側がシステム安全保持の為に特別措置として顕現させる拡張魔術。
システムの安全設計の欠点を突いた特異現象を意図的に引き起こせる魔術師を、人々は畏怖を込めて【エレメントマスター】と呼ぶのだ。
現存する【エレメントマスター】は全世界に五十人もいないと推定されている。
その光景を目にするのが二度目となるアリーシアが叫んだ。
「逃げて、統護! 早くぅ!!」
締里はこの雷の雨で散々いたぶられた挙げ句――
ユピテルはアリーシアに言った。
「ご安心を、お姫様。せっかく巡り会えた伝説の【ウィザード】を殺したりはしませんから。すでにワタシの溜飲は下がっております。締里と同程度のダメージで許してあげるつもりですから。ぅふふふふふふふ」
ユピテルは土砂降りとなった雷の雨を、頭上で束ねていく。
それは巨大な黄金の槍となる。
「――《ゴールデン・ジャベリン》」
アリーシアが絶望の悲鳴をあげる。
締里は黄金の槍の一撃で、無残に倒された。その光景がアリーシアにフラッシュバックした。
ユピテルは無慈悲に巨槍を放つ。
槍というよりは、奔流と呼んだ方がよい圧倒的な閃光が、統護へと伸びていく。
ゥッガウォォォオオオンンッ!! 雷鳴そのものの爆発音。
両手を突きだした体勢の統護は、辛うじて《ゴールデン・ジャベリン》を受けていた。
統護の前面には雷の壁が顕現していた。
「雷の〔精霊〕だけじゃ、流石にちとキツイか」
どうにか防いではいるものの、黄金の槍は消えてはいない。
それどころか統護の防御壁を突破して、今にも彼を貫きそうであった。
ユピテルは驚きも悔しがりもせず、素直に感嘆する。
「まさか防ぐとは。流石に【ウィザード】。そのチカラ、まさに伝説の奇蹟ね」
そして統護の〔魔法〕は魔術とは異なり、ユピテルが展開している電脳世界の【ベース・ウィンドウ】では把捉できない。魔術オペレーションの対象外なのだ。
雷の【エレメントマスター】は、さらに《ゴールデン・ジャベリン》を創りあげた。
「では、次の一本も防げるかしら?」
小さな舌打ちが統護から漏れる。なんて相手だ。まさか二槍目を軽々と造り上げるとは。
二撃目の《ゴールデン・ジャベリン》が放たれる寸前だった。
――ねえトーゴ。助けてあげようか?
幻想的な声色が統護の身体から響き渡った。
ユピテルの手が止まる。
統護の身体から剥離するように、一人の少女が顕現した。
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