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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第1部(第52話)

 

第四章  解放されし真のチカラ 16 ―救出―

 

         16

 都内某所の貨物置き場に、締里は拘束されていた。
 倉庫内の鉄柱に縛り付けられている。
 麻製のロープでぞんざいに括り付けられているだけだが、フレア戦でのダメージが深刻で、ろくに身体が動かせない状態だ。
 舌を噛み切って自害したい心境であった。
 しかし自害すれば主人を悲しませると分かっているので、自害もできない。
 任務の失敗=死。
 特殊工作員――エージェント魔術師になった時から、とっくに覚悟はできている。
 変則的に複数の特殊機関を股に掛ける自分は、いわば使い捨て要員なのだから。
 しかし拷問や強姦どころか、食事と排泄にまで気を遣われている事から察するに、アリーシアがフレアに懇願してくれたのだろう。締里は主人への忠義を改めて強めた。
 見張りの【ブラック・メンズ】が様子を見に来た。
 締里を少しも心配していない、ビジネスライクな口調で訊いてくる。
「平気か?」
「問題ないわ」
 なんて茶番、と締里は心中で涙した。これならばボロ雑巾のように犯された方がマシというものだ。敵のオモチャとして、味方の足手まといになるなんて。

「――やはり此処で正解だったようですね」

 聞き覚えのある声色に、締里は項垂れていた顔を上げる。
 【セントイビリアル学園】中等部の女子用制服を着ている少女が、淑やかに歩み寄ってきた。
 堂桜淡雪であった。
「淡雪……」
「救出に参りましたが……、戦闘の必要はありますか?」
 涼やかな流し目を向ける淡雪に、【ブラック・メンズ】は黙って首を横に振る。
 彼が契約しているビジネスはこれで満了であり、仲間と共に無言のまま倉庫を去った。
 淡雪は締里に手を差し伸べた。
「動けますか?」
「ほとんど無理ね」
 しかし余計な手を煩わせるのも悪かったので、締里は袖に仕込んでいる極小のカッターで麻縄を切った。固定してくれていた縄が足下に落ち、締里は背中側に体重を預け、鉄柱に寄りかかった。足に力が入らず、膝がガクガクと笑った。
「どうして淡雪が此処に?」
 救出された身でありながら、その台詞には批判の色が強い。
 なぜならば、締里は淡雪とフレア、双方の実力を知っているからだ。最強クラスの【エレメント・マスター】と互角以上に戦えるのは、堂桜一族において若手で現役最強との呼び声高い淡雪だけだと判断していた。
「私が此処に来た理由ですか? 提示された五箇所の内で、最も本物が軟禁されてる可能性が高い場所――という、解析結果がルシアから報告されたからです」
 締里は自分の救出には統護が来ると予想していた。
 そして淡雪がフレアを止めに向かうはずであり、それがベストの役割分担だ。
「お前が向かわなかったというのなら、フレアと戦いに、姫様を救いに行ったのは?」
「お兄様です」
 淡雪は不本意そうに答えた。
 莫迦な、と締里は小さく呟き唇を噛む。
 明らかな人選ミスだ。確かに統護はまだ実力の底を見せていない。洗練された近代ボクシング技術だけではなく、統護がかなり特殊な環境で鍛錬を積んでいるのが、その挙措の隅々から窺えるのだ。おそらくは――特殊な古流。本質は古流使いだと締里は踏んでいた。
 それに加えて、《デヴァイスクラッシャー》と異名されるその特異性も、彼の超人的な肉体性能も脅威といえば脅威だ。
「無理だ。《デヴァイスクラッシャー》では、あの怪物には勝てない」
「そうですね」
 淡雪も同意した。締里の声が荒くなる。
「だったら、どうして統護を向かわせた!?」

「アリーシアさんとの約束を守るから、と。そして――必ず勝つと、この私に約束してくれたからです」

 私に、という部分を強調して、淡雪は苦笑した。

         

 統護とフレア。
 対峙する両者の距離は、約十メートル程だ。
「逃げて統護! この人にはいくら統護でも勝てないわ!!」
 悲痛に叫ぶアリーシアの首筋に、フレアは軽く手刀を当てた。あっさりと気絶したアリーシアを抱きとめ、アスファルトの上に横たえた。
「おい、お前」
「脳震盪ではなく、ツボにショックを与えて眠らせただけよ。後遺症の心配は無用だわ。こちらとしても姫様は賓客でね。この子、今後は世界の中心になるでしょう」
「そうか」
 安堵すると同時に、フレアの当て身の技術に内心で舌を巻いた。
 格闘戦だけでも相当に強いのは間違いない。やはり――今までで一番の強敵だ。
 緊張感が増していく。
 統護は自問した。まだまだ経験不足の今、果たして近接格闘であっても、このフレアと真っ向から戦って勝てるだろうか?
 そして、この実戦が今回の事件において、本番(メインイベント)だ。
「場所。移動しましょうか。姫君に害が及ばないように」
「そうだな」
 異論のなかった統護は、フレアとの距離を保ったままアリーシアから離れる。
 フレアはなかなか足を止めない。統護としてもアリーシアの安全を考えると、自分から足を止める気にはならなかった。
「……これくらいでいいかしらね」
 たっぷりと五十メートルは離れて、フレアが確認を求めてきた。
「そうだな」
 言うと同時に、統護は右腕を水平に振るった。奇襲を兼ねた先制攻撃である。
 高濃度、高密度の魔力を放射したのだ。
 しかし統護の魔力を浴びたフレアに異常はみられなかった。
「やっぱりダメか」
 駄目元でやってみたが、やはり二度目は通じないな、と統護は肩を竦めた。
 フレアは侮蔑の笑みを浮かべる。
「お前の情報は【黒服】どもから聞いているわ」
 豊満な胸元から、丸形で金色の懐中時計――彼女の専用【DVIS】を取り出す。
「魔力を直接放射する、なんて発想自体には感心するけれど、そんな邪道が通用するのは一度きりよ。単純に自身の魔力で【DVIS】をコーティングすればいいだけの話だもの」
 他者や事象に影響はなくとも、魔力には最低限の抗魔術性が備わっているのだ。
「だよな」
「お前のような存在が他にいないという保証もないし、これから開発される専用【DVIS】には、抗魔術性を活用した魔力コーティング機能が標準装備されるでしょうね」
「同感だ。やっぱりコイツで直接流し込むしかないか」
 統護は握った右拳をフレアへ向けた。
 遠距離からの放射ならば魔力コーティングで防がれるが、物理攻撃で直接叩き込めばコーティングを破って【DVIS】を破壊できる。
 やはり接近しての格闘戦に賭けるしかない。
「やってみなさい。できるものなら、ね」
 フレアは腰の後ろに隠し持っていた小型拳銃を抜く。無駄のない早撃ちだ。
 パン、という乾いた火薬音。
 統護は銃弾を躱すと同時に、距離を詰めにダッシュした。
 秒を置かずに、フレアは二射目をアリーシアへと照準する。
 舌打ちを残して統護はアリーシアへと駆けた。五十メートル先だ。当たる確率は極めて低い。しかし万が一がある。ブラフだと分かっていても、フレアの意図に乗るしか選択肢はない。
 背中越しから統護の足下を狙った銃弾が数発、強化アスファルトを跳ねた。
「あらら。やっぱり当たらないわね」
 カードリッジ内の弾丸を撃ち尽くし、フレアはつまらなそうに拳銃を棄てた。
 アリーシアの傍まで到達した統護は、彼女を背中に庇うようにフレアの方を向く。
 愉しんでやがる、とフレアの顔をみて統護は実感する。
 この女は、根っからの戦闘狂だ。
「じゃあ……、そろそろ始めましょうか」
 フレアは己の専用【DVIS】である懐中時計を眼前に翳した。
 蓋が開き、文字盤の中央に埋め込まれている宝玉が煌めいた。そして彼女の足下には召喚用の【魔方陣】が展開される。

「――顕現(で)なさい、《レッド・アスクレピオス》」

 轟きながらせり上がってきた『炎の大蛇』が、愛おしそうに主の身体に巻き付いた。
 これがフレアの戦闘用魔術の【基本形態】である。
 統護とて黙して見ていたのではなく、すでに敵目掛けて走り出している。
 ぐぉばぁァアアア! 大蛇は口腔を開けると、連続して炎の弾を吐き出した。
 銃弾とは違い、複雑にカーヴを描く軌道で複数の弾が飛来してくる。
 躱すことは可能だったが、距離を詰めることを許されず、統護は後退を余儀なくされた。
 押し戻される格好になった統護に、フレアが言った。
「結局、近づかせなければそれでいいだけの話。魔力を込めただけの打撃で【DVIS】を機能停止? 物珍しい特異現象だけれど、考えてもみなさい。打撃で【DVIS】を正確に狙えるのだったら、別に急所にナイフを差し込んでもいいだけよ。確かに防刃や防弾、防炎機能のある戦闘服に対しては有効な手かもしれないけれど……」
 フレアは嘲笑った。

「要するにお前の《デヴァイスクラッシャー》とは、相手を殺したくないだけの逃げだ」

 

 

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