第四章 解放されし真のチカラ 11 ―オルタナティヴVS業司郎②―
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業司朗は《ビースト・アームズ》の先端をオルタナティヴに向けた。
殴り合いをしていた時とは一転し、その貌は冷徹そのものだ。
「いくぞ、オラァ」
ダメージを感じさせない威勢の良い言葉が響く。
ジャゴン、と《ビースト・アームズ》の外層がオートマチック拳銃のようにスライドする。そして腕を覆っている岩の砲身から、四十五口径相当の弾丸が連続で発射された。
オルタナティヴは業司朗を中心として、円に走った。
ガガガガガガガガガガガッ!
マントをなびかせ、黒い疾風を化した彼女を、放射状に軌跡を描く数多の弾丸が追いかける。
「へへっ。だったら」
弾丸の照準が変わり、獲物の動きの先を狙うようになった。
マントの端に弾丸がかする。
切れ長の紅い瞳に動揺はない。オルタナティヴは瞬時に切り返して、逆回りに走った。
「ハハッ。そうくると思ったぜぇ」
ターンする前に撃ち込まれて地面に潜っていた弾丸が吹き上がった。
しかし足下からの奇襲さえ、オルタナティヴは円周の幅を広げて躱していく。
全く近付けないオルタナティヴに、エルビスは絶望的な気分になる。
「どうしたぁあああ、逃げてばかりかよ?」
円に走っていた彼女は、一直線へと進路を変えた。
その先には――傾斜。オルタナティヴは傾いていた常夜灯を駆け上がった。
先端部まで達すると、自身を弾丸と化して業司朗へと発射した。
業司朗は《ビースト・アームズ》の形状を変化させた。外層部が回転しながら経を広げる。
「――《ビースト・ミサイル》だぜッ」
ゴゴっ!
右腕から、一発のミサイルが砲撃された。
ロックオンされている――と察したオルタナティヴ。
空中で半身を捻ったオルタナティヴは、そのミサイルを拳で迎撃しようとする。
魔術は起動していない。けれど、せめてと抗魔術性を拳に集中させた。統護の《デヴァイスクラッシャー》の様な魔術キャンセルは無理だが、やらないよりはマシとの判断だ。
「ッ!!」
拳が振るわれる瞬間。
ミサイルの先端部が分離し、中から無数の小型ミサイルが様々な起動を描きながらオルタナティヴへと殺到した。
ごばァっつッ!! 複数の爆発が一点に集中。
爆発の土煙の中からオルタナティヴが地面に墜落した。
受け身さえとれず、そのまま大の字になったオルタナティヴに対し、業司朗は《ビースト・アームズ》で地面を殴りつけた。
「――お次は、《ビースト・キャニオン》だぁ」
ゴゴゴゴゴゴゴ、と派手な地響き音をたて、地面に亀裂が走っていく。しかも不規則な動きで襲ってくる。亀裂がオルタナティヴまで達して、彼女を飲み込んだ。
「こいつでお終いだぜぇ」
ばごん。渓谷と化した亀裂が、一気に閉じる。
と同時に、間一髪でオルタナティヴが飛び上がった。どうにか着地する。
しかし半死半生といった様子だ。
「はっ。流石の化け物も限界ってかぁ?」
再び土の弾丸を掃射する業司朗。
歯を食いしばって再び走り出したオルタナティヴであったが、あっさりと弾丸を浴びて地面を転がった。呆気ないダウンシーン。常人ならば死亡しているダメージだが、彼女は間一髪で防弾機能を備えたマントで身体を覆っていた。しかし物理的衝撃は、オルタナティヴの耐久力を超えていた。
獲物が充分に弱ったのを確認した業司朗は、ゆっくりと近づいていく。
「――《ビースト・クロウ》」
その【ワード】に呼応して右腕の《ビースト・アームズ》が巨大な爪と化した。
業司朗は左手の《ビースト・アームズ》を解除して、オルタナティヴの首を掴んで宙づりにすると《ビースト・クロウ》で薙ぐ。
吹っ飛ばされて地面をバウンドするオルタナティヴ。まるで捨てられた人形のようだ。
それでも彼女はダウンから立ち上がった。
そこへ容赦なく《ビースト・クロウ》が唸りをあげて襲いかかる。
そんな光景が、まるでビデオ再生のように七回、くり返された。
エルビスは頭を抱えて縮こまっていた。あまりの残虐さに正視できなかった。
「これは……ちょっと、キツイ、わね」
オルタナティヴは天を仰ぎながら呟いた。何度、ダウンシーンを晒しただろうか。こんな屈辱は初めてだ。
だが今は悔しいどころではない。自力で起き上がる体力すら惜しくなってきた。
嗜虐の表情を浮かべた業司朗が、もったいつけるように歩み寄ってくる。
二秒後には再び宙づりにされて、そして岩の爪で殴られるだろう。
あと何度耐えられるか。
統護との戦いとは違い、業司朗は間違いなく自分を殺すつもりでいる。
反撃できる力は――あと僅か。
しかし反撃しても通用しないであろうから、今はまだ耐えるしかない――
「――お待たせ致しました」
そんな澄ました声が、私刑場と化した場に、凛と響いた。
「あ?」と、邪魔をされて不機嫌になった業司朗が、声の主を振り返る。
濃紺を基調とした白のフリルとエプロンが付いている衣装――メイド姿の少女がいた。
「なんだぁテメエ」
「お邪魔をして申し訳ありません。ワタシはルシア・A・吹雪野と申します。伝言とお届けもの為に参上しました」
仕方なしにオルタナティヴは自力で立ち上がった。
いける。まだ余力は――残っている。
「待っていたわ。伝言って事は、タイムアップしたってわけね」
「その通りです。現時刻を以てアレステア王子の記録としての死亡が成立します。ただし彼が今後一切、【エルメ・サイア】について口外しない事が条件となります」
「その条件については、後でエルビスに説明する」
「一任します」
ルシアが一礼した。
事情は簡単で、そして当然の成り行きだ。
オルタナティヴの依頼主と仕事に噛んできた仲介者と、そして反王政側にいる【エルメ・サイア】で取引が行われていたのだ。
アリーシア姫が王位継承を決意した以上、もう王子としてのアレステアを必要とする者は、誰もいない。よって上層部達によって政治的な妥協点が探られるのは必至であった。
フレアと名乗った『コードネーム持ち』がアクションを起こした以上、両陣営でアレステア王子の処遇が話し合われるのは容易に予想できて、そして答えが出るまで逃げ回れば、それでミッションは完了となる。
オルタナティヴは周囲を見回す。
すでに【黒服】部隊は撤退していた。
業司朗が怒鳴った。
「なにワケわかんない話をしているんだよ!?」
「貴方には関係ありません」
「それを決めるのはテメエじゃなくて、この俺様なんだよぉ!!」
業司朗は銃口化させた《ビースト・アームズ》の先端をルシアへ向けると、一斉掃射する。
ガガガガガガガガガガッ!
しかし。
ルシアは冷たい瞳を向け、両手の平を超速で突きだした。
その挙動の直後。
全ての弾丸がメイド少女の手前で停止していた。
「はぁ?」と、業司朗が呆けた顔になる。
電脳世界に展開している【ベース・ウィンドウ】で、自身の魔術プログラムを診断したが、異常は発見できない。魔術出力は正常なのだ。それなのに魔術現象が実行プログラムに追従していない。
オルタナティヴは聴いていた。ルシアが小さく「――ACT」と呟くのを。
だが専用【DVIS】が起動した様子はない。
けれども彼女の瞳に不思議な輝きが灯っていた。
コンタクトレンズ型の専用【DVIS】なのか。東雲黎八はメガネ型【DVIS】の下に、【基本形態】化させた右目と左目、ぞれぞれに別のコンタクトレンズ型の専用【AMP】を併用していた。【DVIS】に仮想ハブ機能を持たせる事により、ウィンクをスイッチに接続を切り替えて、【基本形態】を巧妙に隠していた。
しかし、その黎八にしても『瞳が怪しい』という点だけは瞭然だった。
ルシアの【基本形態】も外観からは形式が不明――だが、双眸は明らかに普通ではない。
「返します」
ルシアは突きだしていた両手を、やはり超速で左右に振った。
なぜ空を切るルシアの挙措が全て超速なのか、とオルタナティヴは疑問に思う。
制止していた弾丸が、撃手であった業司朗へと殺到する。
不可解ではあるが、純粋な魔術攻撃であるので業司郎の【ベース・ウィンドウ】で感知および軌道計算は可能だった。有視界ではなく超視界と超時間軸で把捉。魔術オペレーションの選択は防御魔術だ。任意の【アプリケーション・ウィンドウ】を選択、適切なパラメータを設定、そして【コマンド】入力。
業司朗は《ビースト・アームズ》を地面に撃ち込み、眼前に硬質化させた土の壁を造る。
弾丸は全て壁に弾き返された。
「吸収できないだと?」
想定外だったのか、業司朗は驚愕した。
撃ち込まれた弾丸の魔術効果の残滓をスキャンして診断するも、【ベース・ウィンドウ】には[ ANALYZE・IMPOSSIBLE ]という結果が表示されるのみ。
念動力系あるいは重力操作系か、と魔術特性の当たりをつけていたオルタナティヴも、その結果とルシアの必要以上にスピードのある動きに、考えを改めた。
これは、もっとも単純な発想かつ、超高度なプログラムによって顕現した魔術だ。
なんという魔術理論。恐るべき魔術アルゴリズム。
それも単純な『変換』ではない。変換のカラクリこそが、この魔術特性の脅威なのである。
「呆れたわ。貴女の魔術って――」
ルシアは頷くと、両手を超速で旋回させる。
すると、その手の平の中には、炎の弾と氷の球がそれぞれ在った。
通常ならば同時に二系統の魔術は使用しない。【アプリケーション・プログラム】の特性上、極めて動作が不安定になるからだ。よって、締里や黎八のように【AMP】を使用して、切り替える。締里の複合魔術は【AMP】併用の上、試行錯誤を繰り返した末の例外中の例外であり、特定のアクションのみでしか使用に耐えられないというデメリットもあった。
ルシアが訊いてくる。
「貴女の推理、当たっていますか?」
「ええ。その原理ならば充分に可能な芸当でしょうね」
術者単体による魔術で、【火】系と【水】系の同時使用が不可能ならば――両者が同時に顕現している原理は、作られている『火』と『氷』の正体はたった一つしかありえない。そして、その『火』や『水』を本来の魔術特性でコーティングしているのだろう。
ルシアは超速で炎と氷の球を投擲した。
いや、正確には腕を振った直後に、二つの球が自律的に飛行する。
ゴォン!
二つの球は、壁の一点で合わさると盛大に爆発して、壁を破壊した。
完全に魔術強度で遅れをとった結果だ。防御壁を破壊された業司朗は、立ち尽くしている。
彼の【ベース・ウィンドウ】には[ ANALYZE・IMPOSSIBLE ]と[ WARNING ]の文字が点滅を繰り返していた。
業司朗の表情をみて、ルシアは表情を変えずに言う。
「怖がらないで下さい。ワタシは伝言と届け物に参った、と申したではありませんか」
ルシアはオルタナティヴに、二つの指輪を手渡した。
一つは――かつてのオルタナティヴが愛用していた物であった。
それをオルタナティヴは右手の人差し指に嵌める。
この二つの指輪こそ――今回のミッションにおける本当の報酬であった。
専用【DVIS】の再調整だけではなく、新なるチカラを手に入れる為――
「女性用にデザインを変更しています。【DVIS】の生体登録については染色体情報の置換だけでしたので問題なく終わりました。時間が掛かったのは、こちらです」
対になっている、もう一つのリング。
オルタナティヴは反対の左手の人差し指に嵌めた。
二つの指輪の感触を愛おしそうに確かめる。
「従来とは完全に発想の異なる代物で、現時点では唯一無二の代物です。対応可能の専用【DVIS】が貴女のリングしか存在しないので、起動実験が行われていません。よってこの戦闘での使用はお勧めしかねます」
オルタナティヴは首を横に振る。
「そのつもりはないわ。じゃあ――久しぶりの魔術を、起動実験がてらに楽しみましょうか」
そう言った黒髪の少女の貌は、獰猛かつ艶然としていた。
ルシアは戦う意志はない、と後方に待機した。
ついでにエルビスも保護している。
二名の観戦者に見つめられながら――黒衣の少女と革ジャンの青年は改めて対峙した。
「おそらく……アタシ達が戦う意味は互いの中にしかないわ」
ファン王国の王子は消えた。
そして【ブラック・メンズ】達も撤収した。
すでにオルタナティヴにとってミッションコンプリートな状況だ。
だから、この場で解散しても対外的には一切の不都合はないはずであった。
「ふざけんな。他人の意味なんて、この俺様には知ったこっちゃねえんだよ」
業司朗の台詞には全面的に共感できる。
彼女の知る、幼き日の業司朗は線の細い、大人達に従順な将来を期待された子供だった。
それが一時期みない間に一変していた。
彼は粗暴な暴力の権化となり、堂桜一族から蔑まされる存在になっていた。
しかし――オルタナティヴはそんな彼を密かに羨んでいた。
「尻尾巻いて逃げるかよ、俺様が俺様である為に、絶対にィ!!」
「同感よ。アタシはアタシである為に、偽りを棄て全てを換えたのよ」
己の心のカタチのままに、だ。
オルタナティヴは右手のリングにキスをする。
「――ACT」
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