第四章 解放されし真のチカラ 10 ―オルタナティヴVS業司郎①―
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10
爆発の余韻である土煙が残る中。
再び地面へと戻ったオルタナティヴは、あらかじめ仕掛けていた爆弾――地雷の戦果を確認した。
狙い通りに【黒服】部隊は全滅していた。
ノンリーサルに優れた戦闘用魔術とは異なり、魔術で起動させる単なる指向性爆弾を使った。予算の関係である。しかし惜しみなく金をつぎ込んだ奥の手だ。なにしろ汎用【DVIS】とはいっても、一般には流通していない軍用品の横流しだ。運悪く死んでしまう者もいるのでは、と危惧したが、死者はゼロだ。彼等の外骨格戦闘装束の性能に彼女は感謝する。
物理現象は魔術現象に遅れをとる――とはいえ、直接的な銃弾や斬撃、爆撃とは異なって地雷で地面ごと吹き飛ばされる事までは防ぎ切れない。あらかじめ地雷をサーチしていなかった相手側のミスだ。
かなり強引かつ無茶な戦法だが、【黒服】の性能があればこそ決断できた。
公園の存在は軽微である。
ベンチが吹っ飛び、常夜灯が傾き、自動販売機が倒壊しているが、大した被害ではない。
オルタナティヴの足下で尻餅をついたままのエルビスは、茫然自失となっている。
ぎゃぁははははははははははぁあッ!!
心底から楽しそうな笑い声が、静寂を打ち砕く。
業司朗であった。
声高らかに笑い声を張り上げる彼は――無傷だ。
「やはりそう上手くはいかないわね」
オルタナティヴはさして落胆していなかった。
爆弾の真下に業司朗を誘導して使用する奥の手を、予定外の形で使ったのだから。とはいえ、彼の魔術特性からいって、この地を舞台として爆弾で倒せるとは思っていなかった。
「ったくよぉ。つまんねぇ小細工ばかりかましてくれやがって」
「……」
「まだ何か手品を仕込んでいるのかなぁ? なあ、あんま俺様をガッカリさせんなよ」
おおよそのスピードとパワーは目視した、とその表情が物語っていた。
その上で――一対一を挑んでくる。
つまりはそういう事だ。
対してオルタナティヴは、まだ業司朗の実力を体感していない。充分にハンデだ。
隠しナイフの存在も知られた。奥の手の爆弾も使用した。
もう――策はない。
オルタナティヴは口の端を釣り上げた。ニィィ――と、頬が緩まる。
「手品は終わりよ。ここから先は――お前が大好きな、真正面から殴り合いだっッ!!」
黒髪の少女はファイティングポーズをとると、地面を蹴って突進した。
業司朗は構えをとらない。それどころか両腕を下げて無防備で突っ立っている。
ならば遠慮はしない。
グシャッ! という鈍い炸裂音が響く。
上背に差があるために、肩口からスウィング気味に弧を描いたオルタナティヴの右ロングフックが、業司朗の顔面を痛打した。
顔面を大きく捻られた業司朗であったが、足腰はビクともしていない。
(ちぃ! やはり骨格が馴染んでいないか)
与えたダメージは軽微だ。まだ、この身体に技術がアジャストし切れていないか。
それに――相手の耐久力は、完全に人間を棄てたソレだ。まったくクレイジーな男である。
ギロリ、と業司郎は眼球だけで視界を移動し、オルタナティヴを睨む――と。
すくい上げるような左ボディブローを放った。
打ち終わりにサイドステップしていたオルタナティヴであったが、移動先まで見越して放たれた豪打を避けられなかった。
ずぼん、と鈍い音をたてて、業司朗の左拳が少女の腹にめり込んだ。
と同時に、右拳がパンチではなく振りおろしのハンマーと化して、オルタナティヴの後頭部に直撃する。
ダメージに、不必要に膝の角度が深まったが、オルタナティヴは辛うじて踏み留まった。
追撃を予想してウィービングを交え――
「ばぁ~~か。俺様のバトルに小細工は不要だ」
追撃どころか、業司朗はノーガードのままで顎先を突きだして見せた。
相手の意図を汲み取ったオルタナティヴは、渾身のロングアッパーを身体全体のバネを利かせて突き上げた。ぐばん! 口から鮮血を飛び散らせて業司朗の顎が跳ね上がった。
ガクン、と業司朗の膝が折れた。しかし、顔には愉悦の笑み。
「次は俺様の番だぜぇッ!」
業司朗の左フック。
(みえみえよ)
オルタナティヴは右側から弧を描いて飛んでくる拳を、ギリギリのヘッドスリップで左頬にやり過ごすと、インサイドからの左フックをカウンターで合わせた。
ゴォ、という石同士がぶつかったような硬質な音。
業司郎は歯を食いしばり、今度は右ストレートを打ち下ろしてくる。
その右を、右肩越しに通過させると、オルタナティヴはインサイドからの右ストレートを業司郎の顎へ突き刺した。
右と右との交錯――ライトクロスである。しかも一番ダメージの大きいパターンだ。
ズガァァアアン!!
手応え充分――たまらず業司朗は後ろへよろけた。
そんな彼を黒髪の少女は、冷ややかな視線で睨み付ける。
「ッ、てっめぇぇええ。ルール違反だろうが」
「間合いとタイミングは掴んだわ。それにギブ&テイクの打撃戦に誰が付き合うと?」
野蛮な戦い方は,彼女の趣味ではないのだ。
「だったらぁァ!!」
体勢を立て直した業司朗は、ワンツーストレートを打つ、と見せかけてオルタナティヴの両肩を掴む。オルタナティヴは無防備に晒された業司朗の鳩尾に右拳を叩き込んだ。
が、業司朗は怯まずに、頭突きをかました。ゴシャぁア!!
「ぐぅっ」と、呻くオルタナティヴの瞳が、一瞬、焦点を失う。
そこへ全体重を乗せた業司朗の打ち下ろしの右ストレート。
反応したオルタナティヴであったが、カウンターをとれずに、刹那の遅れで放たれた左ストレートが相打ちになる。
ごぐゥワァンっ!!
体重差が響いて後方に飛ばされた。オルタナティヴは倒れない為に、重心を落とし両足を踏ん張った。よってステップを止められた格好だ。
目の前には、獰猛に笑んだ業司朗が迫っている。巨体なのに、速い。
「もうカウンターなんぞ打たせないぜ」
(ええ。だったら、こちらも付き合ってあげましょうか!!)
お上品な技術戦しかできないと勘違いされるのも癪だ。
二発、三発、四発と防御レスで最初から相打ち狙いの業司朗に、オルタナティヴも真っ向からの相打ちで応えた。
リーチ差がある為、どうしてもオルタナティヴは至近距離での迎撃を強いられる。
ドン! という炸裂音が皮切りだ。
オルタナティヴはロング系のアッパーとストレートが主体。
業司朗はフック系と打ち下ろしが主体。
ほぼ同時に全力で放たれる拳が、互いの肉体を容赦なく抉る。
コンビネーションはない。
否、一発一発が互いに渾身で、引き戻しせずに限界までフォロースルーされている。
嬉々として拳をもらう業司朗は一切の防御を破棄していた。
互いにダメージから踏み度止まるのが精一杯で、オルタナティヴとしても、こうなってしまうと防御は度外視であった。
いかに相手の打撃を堪えて、次の瞬間により強い打撃を放つか――
シンプルにそれだけの勝負となっていた。
「やっぱりセックスやドラッグよりバトルだよなぁ!」
「はぁあああああああッ!!」
「おうらぁああ! お前の力、もっと味あわせろや」
ガシャァアアンッ!!
およそ拳からするとは思えない音が断続している。
その都度、少女と青年の顔が捻れながら後方に吹っ飛んだ。
一瞬後には、互いにクラウチング・スタイルに振り戻ってくる。
そして渾身の拳が放たれる。
背筋が凍るような打撃音が交錯する様子を、エルビスは青ざめながら見守るしかなかった。
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…
――時間は少し巻き戻る。
朝日が昇りきる前の、幻想的な空の下。
フレアが運転する真っ赤なフェラーリの助手席で、アリーシアは縮こまっていた。
紅い獣は、高架上にある高速道路を時速二百キロオーバーで疾走していた。
【魔導機術】を搭載された通称・魔導車両ではない。
好事家が資産をつぎ込んで愉しむ為のガソリン車――超高級スポーツカーだ。
この車は堂桜栄護に都合してもらった物で、乗り捨てる際に魔術で完全破壊する約束となっている。
「どうしたの? 楽しくない?」
「恐いだけです」
恐怖で膝が震えていた。コーナリングの度に寿命が縮む思いだ。
なにしろ、この旧式のガソリン車には車体に姿勢制御用の魔術も、タイヤにスリップ防止用の魔術が施されていないのだ。
「どこに向かっているんですか? 空港ですか?」
「準備が整い次第、すぐに空港へってのはあるわね」
「空港で待っていた方がいいんじゃないですか?」
フレアはサイドブレーキを引き、マシンをドリフトさせて急カーブをクリアした。
コクピット内にアリーシアの悲鳴が響き、フレアはそれを満足げに聞いた。
「あはははははははっ。それじゃあ、つまらないでしょう?」
「あ、貴女は――ッ!」
アリーシアは顔面蒼白になっている。
この女性は楽しんでいる。仕事としての確実性よりも、自身が楽しめるかどうか、を優先してるのだ。無理もない、とアリーシアは思い出した。あれほどの強大なチカラを秘めていれば自我を通したくもなるだろう。
その気になれば、もっとリスクを避けた方法を採れるのに――それでは自分が楽しめないから、この女性はあえてリスクを採る。そして、そのリスクを楽しむのだ。
アリーシアは頭を振った。
「どれくらいで準備は整うんですか?」
こんな風にニホンから離れる事になるなんて、想像もしていなかった。
最後になるのならば孤児院の家族に、せめて一目でも会いたかったが、それも叶わない。
そして、統護の顔を一瞬でもいいから、見たかった。
「ん?」
「飛行機ってそんなに簡単に準備できるとは思えないから」
「堂桜だったらすぐに飛ばせるステルス機の一機や二機は確保しているはずだから、三十分で準備できるでしょう。報告を待っているのは、そっちの準備じゃないのよ」
「そっちの……って、まさか」
アリーシアは顔を歪めた。
ひゅー、とフレアは口笛を吹き、ステアリングを握り直す。
「そ。気が付いたかしら? 王子サマの追跡に当てた【黒服】部隊とは別の残り五名。彼等にはこの国での最後の仕事を命じておいたわ。名付けて、楯四万締里人質作戦」
フレアは簡単に説明した。ダミーの四名と本物を、それぞれ別の場所に監禁する為に移動しているというのだ。
「楯四万締里は逃げられない。何故なら貴女が人質になっている形だから。そして貴女も逃げられない。楯四万締里が人質になっている形だから。この状況を打破するには、貴女達以外の第三者が楯四万締里を救出するしかない」
「どうして、ダミー四名?」
フレアが質問に答える前に、彼女のスマートフォンが着信音を鳴らした。
表示されている着信ナンバーは未登録だ。しかしフレアは楽しげな笑みを深める。
「ようやくってわけね」
片手でステアリングを握ったままで通話に応じたフレアは、開口一番で言った。
「はぁい♪ 連絡を待っていたわよ、堂桜統護」
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…
ぐばん、という肉が潰れ骨がひしゃげる音が鳴った。
オルタナティヴの左ボディブローで、業司朗の身体がくの字に折れた。
「がは」と、業司朗は血反吐を零す。
頭が下がった――と、オルタナティヴは腰の入った右ストレートを業司朗の顎に打ち込む。
ドン!
何本もの歯が飛び散った。ぐるん、と業司朗の顔が首を支点に捻転する。
その一撃で、完全に死に体になる業司朗。
撃ち込んだ右拳を素早く引き込み、脇を締めながら大きくテイクバックしたオルタナティヴは、力一杯、軸足である左足を地面に踏みおろした。
「ぁあああああああああああっ!」
裂帛の気合いを乗せ、蹴り足である右つま先が地面を噛み締め――膝のバネが爆発した。
右膝から腰へと回転力が伝達し、左膝のクッションが利いて体幹が固定され――右肩に運動エネルギーが蓄えられる。そこからエネルギーが回転運動として各関節へ連動し、右肩の動き乗じて、そのエネルギーを矢のように引き絞られた右拳一点に集約し――
――一気に発射された。
右ストレートから右ロングストレートへと繋げる、二連打。
二撃目の右は、拳の引きを慮外してフォロースルーのみを考えた、渾身の一発であった。
ばガぁああんンッ!!
頭部に打ち込まれた業司郎は、ヨロヨロと真後ろに後退していく。
オルタナティヴはバック宙を二回して、間合いを広げた。そして前転、側転、と勢いをつけて身体を捻って背面から大ジャンプする。
右の大砲のダメージと、アクロバティックなオルタナティヴの挙動に、業司郎は棒立ちだ。
ぎゅぅるるんっ。
背面跳びから身体を横倒しにして、オルタナティヴの右足が鋭く縦回転する。
彼女の決め技、つまりフィニッシュ・アーツが唸った。
身体の捻りと円心力を乗せた――フライング・ニールキック。
どグゥワぉんッッ!! ガードできずに、業司郎は直撃される。
業司朗はその一撃で数メートル先まで吹っ飛んで、派手に転がり倒れた。
決着した。
彼女の勝ちだ、とエルビスはオルタナティヴの様子をうかがった。
しかしオルタナティヴは戦闘態勢を維持している。
彼女は倒れたままの業司朗に言った。
「……立ちなさい。まだ終わっていないんでしょう?」
普通の人間ならば、とっくに終わっている。
両者ともに、人間の耐久力を超えているダメージを与え合った。
しかし彼女は知っていた。乱条業司朗はドーピングと違法サイバネティクス強化によって、まともな人間ではないという事を。単純な耐久力と膂力ならば、オルタナティヴや統護を凌駕しているかもしれない。
やや気だるげな仕草で、業司朗が起き上がった。
そして清々しい表情で、コキコキと首の筋を鳴らす。
「ったく、本当に化け物だな、お前。この俺様が真正面から殴り合って負けるなんてよ」
「満足したのなら、ここで手を引いてくれると助かるのだけど」
殴り合いで再起不能のダメージを与えたかったが、やはりそうはいかなかった。
ここから先の彼は……
業司朗は満面の笑顔で言った。
「満足って、そんなワケあるかよぉ!」
そして両手を地面に叩きつけた。同時に彼が付けているピアスが朱色に輝く。
専用【DVIS】が起動したのだ。
ごボ、ぼこ、ボこ、ボコォぉおおおおッ。
歪な音と共に地面が波打ち、業司朗を中心とした波紋を描いた。
地面を構成している土が岩のように硬質化し、業司朗の両腕を覆う巨大なガンドレットになった。それは手甲というよりは腕と一体化した砲身のようだ。
これが業司朗の【基本形態】――《ビースト・アームズ》。
己のオリジナル【魔導機術】を起動させた【ソーサラー】は高々と宣言する。
「それじゃあ、第二ラウンドといこうかぁ!!」
彼の本領は喧嘩屋ではなく超一流の戦闘系魔術師だ。
至近距離で炸裂した指向性爆弾の威力さえ即座にシャットアウトした、業司朗の【地】系統の戦闘用魔術を目にして、オルタナティヴの両目が眇められた。
ここからは、先程とは違って魔術戦闘となる。
もうあえてこちらに攻撃させるなんて真似はしない。
己の魔術を失っている今の自分が、果たしてどこまで彼とやり合えるのか――
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