第四章 解放されし真のチカラ 9 ―オルタナティヴVS【黒服】部隊―
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9
公園の木製ベンチの上に、エルビスは横になっていた。
疲れて歩けないのだ。
自然公園から移動したが、三十分もしない内に限界に達した。二時間だけ、という条件でオルタナティヴに許可をもらって自然公園に戻り、最初の位置とは異なる広場で休憩している。
「……さて、と。今回のミッションの山場かしらね」
オルタナティヴの呟きを聞いても、エルビスは起き上がる気にならない。
まだ約束の二時間は遠い。半分の一時間を少し過ぎたばかりだ。二時間経ったら、必ず復活するつもりだ。だから彼女は心配し過ぎなのだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。僕を信用してくれ」
「いや、そっちの心配なんて端からしていないわ。二時間経って体力が戻らないのなら、おんぶしてでも移動するか、もう一度タクシーを拾うつもりだったし」
「じゃあ……山場って?」
「文字通りのクライマックスよ。だってこの大きさの施設だと二十四時間体制で警備員が常駐してなくちゃおかしいんだけれど、まったく巡回している気配がないのよ」
「え? それって――」
最低でも一名は、ゴミの不法投棄や野犬の警戒、なにより山火事を発見した際に通報するという目的で、管理事務所に泊まり込んでいるはずなのだ。そして定期巡回を行う。
その警備員の姿を――一度も目にしていない。
「時間的にもそろそろかな、と思っていたから別に驚かないけど」
この公園の警備員には悪いことしたかな、とオルタナティヴは小さく舌を出す。
エルビスは跳ね起きた。
「あら。ちゃんと体力は戻っているじゃない。感心感心」
「に、逃げないと!」
「もう手遅れ。ほら、おでましなさった」
不敵に細められたオルタナティヴの視線の先を、エルビスは怯えた目で追った。
エルビスの目に飛び込んできた光景――
――【ブラック・メンズ】達を従えた、胸板が厚い裸の上半身に派手なファー付きの革ジャンを着ている屈強な大男。
エルビスは震え上がった。
無駄な威圧感を抑え、プロフェッショナル然としている【ブラック・メンズ】とは違い、革ジャンの男は餓えた野獣そのものといった危険な空気を強烈に発散している。暴力の権化といった風情だ。
ちっ、というオルタナティヴの舌打ち。
「よりにもよって業司朗とはね。どうやら栄護も出し惜しみはしないってワケね」
「知っているのかい」
「まぁね。まんま外見通りの……下品で粗暴な男よ」
乱条業司朗は引き連れている【ブラック・メンズ】をバックにして、オルタナティヴの近くまできた。ニヤつきながら、朗らかに声を掛けてくる。
「お前が【エルメ・サイア】の鉄砲玉か。実物は映像よりもずっとイケてるじゃねーか」
その台詞にエルビスは目を丸くした。
「誤解だ! だって【エルメ・サイア】の幹部は……ッ」
「言わない方が賢明よ」
オルタナティヴは強い口調で制した。
「言っても信じないだろうし、あの男にはどうでもいい事だし、なによりこの先を考えると、安易に真実を口にすると致命傷になるかもしれない」
エルビスにとっては意味不明だったが、それでも黙るしかなかった。
業司朗は不愉快そうに恫喝する。
「テメエ等! この俺様を無視するんじゃねえっ!!」
ひぃ、とエルビスは首を竦めた。
そんなエルビスにオルタナティヴは深々とため息をつく。
「この状況でお前と会話する必要性はないわね。どうせお互いにやる事はひとつでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどな」
「いいわよ。相手してあげるから――かかってきなさい」
オルタナティヴはエルビスを背後に庇い、両拳を構えて戦闘態勢をとった。
半身に構えて戦闘態勢をとったオルタナティヴは、敵の布陣――業司朗と【ブラック・メンズ】五名の位置関係を脳内にインプットした。
ここから先は、視認よりも速く、予測とイメージで動く。
さあ、これが本番だ。
堂桜統護と行った新しい身体の性能テスト、およびテロを偽装して暴れていたのは、全てこれから先の戦闘を遂行する為の予行練習(リハーサル)といっていい。
「いやいやいやいや。慌てんなって。すぐに俺様とバトルじゃ味気ないだろ?」
「なに」
「俺様としても王子サマを気にされながらじゃぁ、ハンデキャップみたいで面白くねぇ。だからだ。まずはこの雑魚共と戦わせてやるよ。コイツ等を片付けられたら、俺様の出番だ」
業司朗の言葉が終わると、【黒服】部隊――五名が前に出た。
彼等は揃ってコンバットナイフを構えている。
「なるほど。戦いに関してだけは……それなりに狡猾ね」
直に自分のパフォーマンスを確認したい、という目論見かとオルタナティヴは納得した。
彼女は背後のエルビスに告げる。
「大人しく下がっていなさい。問答無用で貴方を狙わないところからして……、たぶん本当に山場だろうから」
「どういう意味?」
「だから今が山場でなければ、おそらく遠距離から狙撃していたと思うわよ」
オルタナティヴは単にエルビスの我が儘をきいて休憩させたのではなかった。一点だけ狙撃可能なポジションを与えた位置で休憩させていた。そして狙撃可能箇所を注意していた。何しろこちらは戦闘用魔術による狙撃感知ができない状態なのだ。
結果、狙撃はこなかった。
つまり――発見して即、殺害という状況からは脱しているという証左だ。
怪訝な表情のままエルビスは後ろに下がった。
オルタナティヴは相手の様子を観察する。
コンバットナイフを得物に選択しているという事は――彼等は統護に【DVIS】を破壊された連中か。
幸いだ、と判断するオルタナティヴ。同じ【ブラック・メンズ】でも、彼等は自分が率いた連中ではない。
つまり――今から披露する自分の動きは初見となる。
オルタナティヴは全力で動いた。
業司朗が見ているが、それでも構わない。そもそも【ブラック・メンズ】を先に片付けられるという状況自体が、彼にプレゼントされた僥倖だからだ。
疾風と化した少女に、五人の職業戦士は即座に反応する。
たとえ【魔導機術】を失って【ソーサラー】として機能しなくとも、彼等はやはり一流の職業戦闘員だ。
一人目に肉薄するオルタナティヴに対し、左右から別の二名が挟撃にくる。
オルタナティヴはバク転を交えたアクロバティックな挙動で、高々と宙に舞った。相手に隙を与えない様に、派手な動きをする際のみ更に速度をあげている。
宙に舞ったオルタナティヴに対し、【ブラック・メンズ】達はナイフを投擲してきた。
弾丸のような速度で飛んでくる刃が五つ。
オルタナティヴの両手が廻る。と、同時にナイフが消えていた。
右手の指の隙間に三振り。
左手の指の隙間に二振り。
手品のように挟み込まれている。
そして、身体を捻りながらオルタナティヴは着地を決める。
連なる発砲音。着地箇所へ【ブラック・メンズ】達が抜いていた拳銃からの一斉射撃が襲いかかった。
キンキンキンキン、と甲高い音が響き、彼女を狙った弾丸は全て弾かれていた。
奪ったナイフで防いだのだ。
【魔導機術】による魔弾ではなく、通常の九ミリ銃弾だ。これならば彼女には脅威ではない。
オルタナティヴはナイフを【ブラック・メンズ】達へと、返す。
ただし手渡しではなく、全力で投げつけて。
艶消しの黒でコーティングされている刃が、投擲とは思えない超速で唸りをあげた。
どす。どす。どす。どす。
五振り投擲した内の四振りが、二人の胸に二振りずつ深々と潜り込んだ。防刃性能がある戦闘装束なので刺さってはいない。しかし刃の形状のまま、強引に凹ませたのだ。
倒されたのは、オルタナティヴを挟撃しようした二名だ。そのままの位置関係で、前面に出て射撃体勢をとっていたので、次への動きが他の三名よりもワンテンポ遅れた。それが致命傷になった。
彼女の動きに対し、残された三名は銃撃を諦め、再びコンバットナイフを取り出した。
ここから再び一対三での近接戦闘になる。
互いに距離をつめる少女と三名がナイフでの戦闘距離に入る――その直前だった。
どう、と重々しい音と共に一人が倒れ込んだ。
オルタナティヴが隠し持っていた自前のコンバットナイフが、【ブラック・メンズ】の胸部に投擲されていたのだ。
にぃ、と妖艶に笑んだオルタナティヴは更にナイフを取り出し、同時に腕を振った。
しかしナイフは投げられなかった。
ナイフを用心した【ブラック・メンズ】二名は、一瞬だが動揺を露わにした。フェイントに引っかかったのだ。
オルタナティヴの瞳が細められる。
完全にオルタナティヴに振り回される形になった残りの二名は、自分のペースを取り戻す事を許されずに、五秒後、オルタナティヴの拳撃をくらって倒された。
「す、凄い……」
彼女の戦いぶりに、エルビスは感嘆した。
両腕を組んだ業司朗はニヤついた表情を崩さずに、愉しげに観戦している。
その業司朗に視線をやったオルタナティヴはエルビスの元へと走った。
エルビスを抱えて、オルタナティヴは大ジャンプした。
常夜灯の上に飛び乗り、更に上へと飛翔する。
なにが起こっているのか理解できないエルビスは、体感する強いGに悲鳴をあげた。
オルタナティヴの眼下には――
木々の影に隠れていた、残りの【黒服】部隊が広場へ現れた様子。
彼等は統護と戦っていた者ではなく、彼女と共にテロ活動をしていた者達だ。
【DVIS】を起動済みで、すでに空中のオルタナティヴ達に雷撃を発動させる体勢だ。
金色の輝きが幾つもスパークしている。
最高到達点に達し、後は自由落下に身を任せるだけになったオルタナティヴは、懐から取り出した汎用【DVIS】に魔力を流し込んだ。統護とは違い、汎用【DVIS】ならば起動できるのである。
瞬間。
ゴゴオォゴオオオオオオッ!!
地面を這うような円盤状の指向性をもった爆発が、自然公園の木々を揺るがした。
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