第四章 解放されし真のチカラ 3 ―乱入―
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統護は全力で駆け出した。
もう一秒ですら惜しい。
百メートルを三秒以内で走り抜ける速度だ。最高級品で耐久力に優れている特注のシューズを履いていたが、靴底が悲鳴を上げていた。これ以上の速度は靴が壊れてしまう。素足よりも摩擦係数が高いので、靴を使用しないわけにはいかない。
(現実的にはこの速度が限界か)
あっという間に校舎まで到達し、統護は走り込んできた勢いを殺さずに、窓の突起部を足がかりに、壁伝いにジャンプしていく。
二秒で屋上まで飛び上がった。
視線を落とす。雷の閃線で編み上げられている【結界】が、すぐ下にある。
やはり【結界】だけあり、魔術強度、魔術密度そして外壁の存在係数が圧倒的だ。間違いなく《デヴァイスクラッシャー》のみでは、破壊に時間を要する。
(だったら!)
統護は呟く。いや、囁いた。
気配が左拳に集い、微かな〔雷〕が宿る。
それで充分だ。安堵する。この程度の微量ならば【結界】の中の者には、ルシアの魔術障壁がブラインドになって、悟られないだろう。
そして【雷】の壁に〔雷〕で干渉して、微かな綻びを生じさせた。
(今だ)
礼を述べて〔雷〕を消す。それはほんの刹那の出来事。
統護は右拳を振りかぶり――綻び目掛けて、渾身の魔力を込める。
ルシアの魔術の意味を考えると、やはり可能な限り手の内は隠しておきたい。
いや、統護が推測している解放後の副産物を思えば、チカラは使わずに越したことはないのだ。
「ぉぉおおおぉおっッ」
極小に魔力を集中し、拳に乗せると遠慮なく【結界】の綻びへと打ち付ける。
これで《デヴァイスクラッシャー》のみでの破壊と偽装できるはず。
ギュゥゴオオオォォオオオ!!
拳大の穴が空いた。魔力による境界面を力ずくで破壊し、その断面に手を掛ける。統護は器械体操の鉄棒種目の要領で、【結界】の破損部へと宙返りして身を投げ込んだ。
屋上の床へ着地を決める。
ようやく辿り着けた。淡雪から緊急メールを受けてから、すでに二分以上経過していた。
素早く視線を巡らせた。
アリーシアが倒れている。「貴方は……」と、統護に気が付いたのか、目を丸くしている。
とにかく無事ならばそれでよかった。思わず表情が緩んだ。
「――待たせたな。助けにきたぜ、お姫様」
「どうして、どうやって此処に?」
可能な限り秘密にしたいので、その問いには生憎と答えられない。統護は状況把握に気持ちを切り替える。
敵――【ブラック・メンズ】は五名。
そして淡雪を発見。彼女は【ブラック・メンズ】の近くで倒れ伏している。外傷はみられない。おそらくは生きている。駆け寄って無事を確かめたいが、この状況では――。ちぃっ、と統護は凶悪に舌打ちした。残りの一人、締里は……姿がみえない。締里は何処だ?
アリーシアに確認したいが、彼女に余裕はなさそうである。
疑問は後回しだ、と統護は戦闘態勢をとる。ここまで一秒弱を消費した。
ぎゅゴォぅん! 複数の雷撃が統護に降りかかる。
身体の捻りで三つを躱し、そのままステップワークで残りの二条からも身を逃す。
予想通りの展開だ。
彼等の表情は変わらない。最初から有視界で照準してきた。自分に魔術的なロックオンを掛けようとしても[ ERROR ]表示と共に【アプリケーション・ウィンドウ】がフリーズしてしまう不可解な現象は、事前に調査済みの様子だ。
【ブラック・メンズ】達が一斉に統護へ殺到した。近接戦闘で仕留めにくるか。
統護はボクシングの構え――オーソドックス・スタイルになる。
相手の殺気は本物だ。
殺す気で襲ってきている。つまり、この戦いが、いよいよもって本当の意味での実戦。
臆するな。やるしかない。幸い、何度かの前哨戦を挟めた。
五対一である。
父親に課せられた山籠もりでも、多数の野生動物を相手にした経験はない。
母親にやらせられたスパーリングは、前提条件として一対一だ。
(落ち着け、俺。今の超人化している肉体ならば、対応できると信じるんだ)
恐怖はない。昂揚感だけだ。
知覚は最大まで高まった集中力の作用で、大きく遅延している。自分以外の全てがスローに感じられる、いわゆる『ゾーン』状態だ。
見える。そして――動きを読める。
動け。先手を取るのだ。
右サイドからきた拳をダッキングで躱し、反動をつけてリバーブローを打つ。
頭部を避けてボディを狙う。肋骨粉砕や内臓破裂を避ける程度の威力の加減はできる。
ズゴン! 最高の手応え――だが【黒服】の防御力が硬い。
超人化している骨の強度でなければ、反作用で拳が砕けていた。それに統護の拳は鍛え上げられている。拳を大事に保護するボクサーとは異なり、骨を強化する鍛錬も積んでいた。
相手はプロの戦闘者だ。やはり簡単にボディでは一撃KOを奪えない。
忘れるな。一対一ではないのだ。
統護のリバーブローでくの字になった相手を無視して、次のアクションへ移る。
他の二名から雷撃が飛ばされた。
それも巧みにかい潜ると、背後に迫っていた相手に、ショートの右ストレートを炸裂。顔面にクリーンヒットさせたが、当たりは浅いか。
ダブルで右ストレートを当てて、ダメージで棒立ちになった相手を楯にする。
楯にした相手で、雷撃を防ぐ。
しかし【黒服】の耐魔性能で、楯にされた相手は無事である。それも織り込み済みだ。
統護は自分から相手陣形の中心に飛び込む。
雷撃での同士討ちを警戒した五名に、単発ながらも強打をヒットさせていく。統護に追撃を許さないのは、流石の連携といえよう。
決して止まるな。常に動く。相手は目まぐるしく陣形を変化させて、統護を幻惑してくる。
一撃KOには至らないが、しかし統護はリズムに乗ってきた。
とにかく一人。一人仕留められれば、一気に勝利を手繰り寄せられる。
相手側もそれを理解しているのか、なかなかKO可能な間合いに踏み込んでこない。
攻守が入り交じる大乱戦の中で、ボクシングをベースとした別次元の動きをみせる統護に、アリーシアは息を飲んだ。
「莫迦ぁ! いくら貴方の運動能力が桁外れでも、魔術を使えない貴方が――ッ!!」
アリーシアの悲痛な叫び。
確かにその通りだろう、と統護は思う。隙あらば相手は容赦なく致死性の雷撃魔術を撃ち込んできている。打撃も全て急所狙いだ。
一瞬でも気を緩めれば、それでジ・エンドになる。
淡雪とは違い、今の自分は殺しても何ら問題がない存在なのだろう。
なにしろ今の自分は、堂桜財閥次期当主の座から滑り落ちた、【魔導機術】の劣等生。
苦笑が浮かび、一瞬で獰猛な笑みに変化した。
ニィ。両頬が釣り上がる。
(ホント、不自由で――自由な身の上だぜ!)
こんな状況なのに昂揚していた。
相手方の連携が、統護のボクシングに慣れてきている。可能な限りまともな一対一を避けて、一対二や一対三で、常にフォローを付けるカタチで応戦してきた。対して、こちらには有利となる要素ない。このままでは殺やれるだろう。
このまま、では、だが。
あまりアリーシアを心配させたくなかった。
「……なあ、姫様よ。俺の異名を知っているよな?」
「え、ええ」
この辺りで、大きく流れを変える。
バックステップで距離をとった統護は、右手を水平に振るった。
波動状の不可視の魔力が伝播する。これまでは、拳の一点に集中する事によって誤魔化していた。しかし、それをやめて放出する。
元の世界でならば意味のない愚行だが、それで効果は充分のはずだ。
そう。この異世界においては。
魔力の波動が放射状に広がって、浴びた【ブラック・メンズ】達の【DVIS】を動作不良に陥らせた。
対して、彼等はプロの戦闘員だ。動揺などせず、すかさず各々【DVIS】の再起動と自己リカバリー機能を選択する。
だが、統護はその時間を黙っていない。
計算通りに隙が生まれた。
狙いは――右胸だ。
統護はリーダー格の【ブラック・メンズ】まで瞬時に間合いを詰め、魔力を帯びた右拳を叩き込む。快心の右ストレートである。
ドギャウ!! 統護の拳が文字通り火を噴く。相手の専用【DVIS】は、粉々に吹っ飛んだ。
軽い爆発音と煙があがる。
驚愕に固まる相手の顔面に、返しの左フックをフォローした。狙い通りに一発KOだ。統護は「まずは一人」と呟いた。
これで、完全に戦闘の流れを掌握した。
統護は次々と敵が身に付けている【DVIS】の箇所を見抜き、的確に破壊していく。プロの戦闘者である【ソーサラー】ですら、一対一では相手になっていない。圧倒的なボクシング・テクニックである。
アリーシアの呆けた呟きが耳に届く。
「……《デヴァイスクラッシャー》」
心配無用だと統護はアリーシアに視線を送った。
一度は各個撃破された【ブラック・メンズ】達は、しかし交互に助け合い、ダメージ回復を図りながら陣形を立て直した。
超人的な打たれ強さは、やはり戦闘装束ゆえか。
あるいは噂が本当ならば、違法ドーピングによって真っ当な身を捨てているのか。サイバネティクス強化による肉体改造まで施術している者さえいるとの話だ。
【結界】である【雷】の檻は消えている。
しかし魔術を失った【ブラック・メンズ】達は、メインアームをコンバットナイフへと切り替えた。各々深いダメージは残っているはずなのに、闘志も殺気も微塵も衰えていない。
(人間かよ、コイツ等)
インパクト時に手加減しなければ殺してしまうが、そんな余裕もなくなってきた。
アリーシアの顔が絶望に染まっていく。
だから統護はアリーシアに言った。
「特別にお前に見せてやるぜ。『本物』ってやつをなぁ!」
心配しなくとも、必ず護ってみせる――
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