第四章 解放されし真のチカラ 2 ―後押し―
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スマートフォンが緊急メールを受信し、統護は掃除を中断した。
正規の操作による送信ではなく、通信魔術によって送られてきた非常時用だ。
「――ッ!!」
画面には、シンプルに一文だけ[ 助けて ]とあった。
統護は一瞬だが、迷う。
しかし「済まない! 用事が入った!!」と叫んで、教室から出ようと駆け出した。
「待て統護!!」
史基が声を張り上げる。
統護はドアと廊下の境目で、足を止めた。振り返って、目を合わせることはできない。
後ろめたさで項垂れる。震える声で謝罪するだけだ。
「悪い。必ず帳尻合わせはするから、今だけは勘弁してくれ」
「こっち向きやがれ」
気まずい気持ちを押し殺しながら振り向いた統護の目には――
親指を突き立てる史基と、笑顔で手を振る美弥子が映った。
唖然となる統護へ、史基が言う。
「なんて顔してやがる。昨日、生徒会長から色々と聞いてたんだよ。本当は俺も参加したいけど、部外者が首突っ込んでいい話じゃないみたいだしな。だから……掃除は任せろ」
「そうそう。これこそが本当の共同作業ですよ♪」
「けどよ、一言だけ言わせてもらえば、ちゃんと面と向かって言ってくれ。その程度の信頼は得ていると思っているぜ?」
統護はしっかりと二人を見つめた。
「そうだな。じゃあ改めて掃除を頼む。ちょいと野暮用ができたからよ」
頷く二人を残し、統護は再び駆け出す。
こんなにも嬉しい気持ちは――きっと初めてだった。
…
ルートは二つ。
階段を登って屋上まで駆け上がるか、あるいは、校庭から外壁伝いに飛び乗るか。
統護は後者を選択した。
極論すれば単なる直感だが、状況不明のままドアから場に突入というのに抵抗感があった。
それに外部からの突入ルートだと、上手くすれば遠くからでも状況把握してから参戦できる。視力も以前より強化されているのだ。
統護は正面玄関から校庭へと出ると、屋上を見上げた。
「なんだ。あれは……【結界】?」
黄金色の【雷】で編み上げられているドーム状の障壁が、屋上を覆っていた。
可視化されたエレメントの障壁によって、外からの物理現象の一切を拒絶する隔離型だ。
果たして《デヴァイスクラッシャー》のみで突破は可能なのか。
仮に手こずった場合は。
――決断、する時なのか。
統護は覚悟を決めた。一刻の猶予もない危機的状況で先の心配など、愚の骨頂だ。
たとえ後に【イグニアス】世界そのものを敵に回してでも――今、アリーシアを救う。
淡雪に託されたのだから。
アリーシアが決意したのだから。
その時であった。
「今日も今日とて、お迎えにやって参りました、ご主人様」
ルシアが傍まで来ていた。
彼女は屋上の【結界】を目にしても表情を変えない。
「ちなみに残りの『アクセル・ナンバーズ』は倒されていました。これで全滅です。とはいえ、誰も死んではおらず全治一ヶ月程度でしたが。この状況も含めて、警察へ通報した方がよろしいでしょうか?」
特務隊は全てやられていたか……と、統護は舌打ちした。
しかし殺されていない、という事は『次に戦う必要がない』という意味でもある。要するに【ブラック・メンズ】達のアリーシアへのアプローチは、今日が最後のつもりなのだ。
「警察の【ソーサラー】に対処できる相手なら、はじめからそうしている」
加えて堂桜の分家筋や、ファン王国経由でのニホン政財界からの圧力も、警察にかかっている筈である。この案件は全てにおいて特別なのだ。
ルシアが畏まって一礼した。
「その通りですね。流石はご主人様です」
「この件はこっち側だけで決着をつけなきゃならない」
「ならば微力ながら、手助けを」
ルシアの言葉に、統護が勢い込む。
「まさか、あの【結界】をどうにかできるのか?」
「その程度は簡単でございますが、今後を考え、もっとご主人様に有用な手助けをします」
メイド少女はそう告げると、統護の前に出て片膝をつき、その手を地面に当てた。
謳うような声で、静かに囁く。
「――スーパーACT」
地面についた手を中心として、朱色に輝く【魔方陣】が、同心円状に広がりながら形成されていく。
その光景に統護は目を見張った。
輝いているのは【魔方陣】だけではなく、施術者であるルシア本人もだ。
封印解除については淡雪から聞いていた。しかし、まさか堂桜の血族ではないルシアも可能だったとは。いや、那々呼が独断でIDをルシアに与えていたのか。
統護は更に驚かされる。
ルシアの顔、そしてメイド服からのぞいている素肌部分に、金色のラインが走っている。
それは魔術的な紋様というよりも――電気回路図のように見える。
その幾何学的な金色のライン上を、銀色の粒子が輝きながら流れているのだ。
加えて、ルシアの双眸。
「プログラム・コードが走っている……」
魔術師の専用【DVIS】の宝玉箇所に縦スライドされる、英字の列がルシアの双眸に表示されているのだ。
統護は彼女の専用【DVIS】はヘッドドレスかメイド服の一部に仕込んである、と推定していたが、それらが反応した様子はない。つまり彼女の【DVIS】は――
ルシアが【ワード】を唱えた。
「――《アブソリュート・ワールド》」
通常では一人で使用不可能とされる、複数人での協力施術用の大規模魔術が起動する。
巨大【魔方陣】が地面を滑り、校舎の下に潜り込むと、【魔方陣】の外周を底面とした赤色の光の柱が発生していき、天へと伸びた。
赤色の光の柱は、校舎だけではなく、統護たちも覆っている。
ゆっくりと膝を地面から離し、立ち上がったメイド少女に、統護は唖然と呟いた。
「お前の、その姿は……」
「この姿がワタシの【基本形態】です」
「いや、だってお前」
そんな事があってたまるか、と統護は戦慄する。
思い至る一つの推論。
まともな人間ではない。これでは本当に狂人を超えた魔人だ――
「お察しの通り、ワタシ自身が【DVIS】でもあります。この身における真実は話せませんが、それより今は詮索するような猶予はないのでは?」
「あ」
「心配無用です、ご主人様。ワタシが創り出した《アブソリュート・ワールド》は絶対不可侵領域です。ただし物理的ではなく、情報的な意味で。すなわち、この光の柱の内側はどのような観測衛星でも、堂桜が誇る魔導型軌道衛星ですら観測不可能となっています」
「本当か!」
それは、統護が何よりも望んでいた状況である。
ルシアは無表情のままだが、それでも微かに微笑んでいるように見えた。
「メイドを信じて下さい。二つの軌道衛星【ウルティマ】と【ラグナローク】の最大性能を利した局地的な絶対ジャミングといったところでしょうか」
なるほど最高のアシストだ、と統護はルシアへの礼も忘れて、駆け出した。
その背に向かって、ルシアが丁寧に一礼する。
「どうかご武運を」
単純に敵を倒すだけならば容易だが、今の勝利条件はそれとは異なっているのだ。
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