第三章 それぞれの選択 4 ―出生―
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アリーシアは青年の視線と言葉に衝撃を受けた。
妹に逢う為――
つまり、この青年は自分の……
淡雪が恐い声で訊く。
「ルール違反ではないですか。なぜ貴方が契約を違えて妹君の前に。いえ、それよりも御身のお立場からすれば、どうやって入国なさったのですか」
国内の密入国防衛システムは優秀だ。それを突破できるルートは『禁じ手』として限定されている。いわば国家すら容易に手出しができない領域という事になる。
淡雪の脳裏に、ルシアの警句がリフレインした。
顔から音を立てるように血の気が引いていく。
「貴方はまさか!? 一国の王子という立場にありながら、あの【エルメ・サイア】と繋がっていたのですか!!」
淡雪の弾劾に、アリーシアは後ずさった。
青年は悪びれずに否定する。
「誤解だよ。全て誤解だよ、堂桜のお姫様。僕は単なる観光客さ。名前はエルビスだ。そして隣の彼女は僕のステディってわけだ」
「ワタシは彼のお目付役のフレアと申す者です。どうかお見知り置きを」
「ステディって言ったのに、つれないね、お前も」
エルビスが偽名だとアリーシアは知っている。いや、国際的な話題(ニュース)の中心にいる人物の顔だ。当然、その名だって嫌でも記憶してしまう。そういう人物なのだ。
内乱で揺れるファン王国にあって、反王政側についている第一王子――
鼓動が加速し、呼吸が苦しい。
両膝がガクガクと笑う。失禁しそうだ。
「あ、ぁぁ、貴方が、私の兄って事は私、は……わ私の、親は、ッ」
歯の根が合っていない。
真実に到達し、アリーシアの全身が瘧のように震え始めた。
そう。目を背け続けていた、真実だ。
覚悟はまだ固まっていなかった。少しでも時間が欲しかった。それなのに――
アリーシアの様子を、エルビスは楽しそうに眺めている。そして告げる。
淡雪と締里が誤魔化しの言葉を探しているのを嘲笑いながら、容赦のない現実を。
「お前は今まで僕たち王族が背負ってきた祖国に対する責務とは無縁で、他国の一介の市井として気楽に生きることが許されていたけれど、これからは違うよ」
――アリーシア・ファン・姫皇路――
「片親とはいえ、同じ血を分けた僕の妹にして、ファン王国の王位継承者よ」
その言葉にアリーシアは両膝をガクリと折り、床にしゃがみ込んだ。
呆然自失になっている。血の気が失せた顔は真っ白だ。
決定打だった。
いや、本当は勘づいていたのだ。
連日報道されているファン王国の内乱騒動と、自分の状況変化がリンクしていて、なおかつ皆が自分を姫と呼ぶ。これだけ揃って、この事実を推察できない筈がない。
ただ思い至っていないフリをして、懸命に誤魔化していた。直視を避けていたのだ。
姫とは符丁や喩えだと。
自分がファン王国の姫だと知ったところで、自分に何が出来るのか分からなかったから。
せめて自衛の為の努力を――と、大局から目を背けていた。
しかし、それももう……
崩れ込んだアリーシアに、淡雪は憐憫の目を向けた。
反対に、締里はクールな視線で一瞥したのみ。
「はははは。その顔だと僕の言葉を信じてくれたみたいだね。確かに父上にお前は似ているな。この僕よりも。たとえニホン人というエコノミックアニマルの腹から産まれたとはいえ、お前は僕の異母妹であり――現時点では次期王位の最右翼だ!」
呆けた顔でアリーシアは異母兄を見上げる。
異母兄の目は、冷たかった。
肉親の情など微塵も窺えない。
それどころか、憎しみさえ……
エルビスと仮名を名乗る異母兄が、第一王子であるその血統にもかかわらず、王位継承候補から除外されているのは、内乱で反王政側に付き、国民の反感を買った事が原因だと、アリーシアも知っていた。
「だからといって、私が次の王様だなんて」
つい先程まで孤児院で暮らす身寄りのない女子高生だったのだ。
現体制である王政派に、自分以外の王位継承者――つまり王族がいる筈である。
「ああ。それについてはね」
「そこまでです!!」
淡雪が声を張り上げる。
「どうかお止めを、王子。それ以上は言ってはなりません」
「もう遅いよ。どうする妹よ。ここから先を聞くのはやめるか?」
周囲の視線がアリーシアに集中する。
アリーシアは目を瞑り、二秒ほど熟考し、瞳を開くとゆっくりと立ち上がった。
異母兄を真っ直ぐに睨む。
その視線を、エルビスは不愉快そうに受け止めた。
「話して下さい」
ここで事実から逃げても意味はない――程度は、アリーシアにも分かっている。
淡雪は浅い角度で項垂れた。締里はニュートラルな態度を崩さない。
「いや単純な話でね。報道されていないけど、実は王家の直系はもう三人しか残っていないんだよ。現国王である父上。そして国民から継承権を事実上剥奪された僕。残ったのは、そう、父とニホン人の間に産まれた妾腹の姫である、お前、というわけさ」
「――な――」
報道とは異なる衝撃の事実に、アリーシアの目が見開かれる。
エルビスの言葉が嘘でないのならば、つまり王政派側の王族が……
「ど、どうしてそんな事に?」
「さあ? その件に対して僕は直接的に関与していないし」
エルビスは肩を竦めてしらばっくれた。
淡雪が語気を強める。
「その件に関しても堂桜側としても事実確認を急いでいますが、どうやら単純に【エルメ・サイア】の力によるところが大きいようですね」
「だから僕は知らない」
とぼける異母兄に、アリーシアは構図を悟った。
エルビスの描いたシナリオ、もしくは彼を引き込んだ首謀者に吹き込まれた計画では、【エルメ・サイア】によって王位継承のライバルを消し、父を王位から引きずり下ろし、そのままエルビスが次期国王に収まるはずだったのだ。
現体制が破壊され、体制が共和国となっても王族が消えるわけではない。
王という権力を半減されても、彼は早急に王という立場が、立場だけが欲しかったのだ。
つまりは身内を売っての保身――
アリーシアの中に怒りの炎が灯った。
「貴方は国の体制よりも、自身の立場が大事なの?」
「のうのうと市井の暮らしを享受していたお前がそれを言うか」
兄と妹の視線がぶつかった。
「フン! いきなり別人か。やはりお前は父上にそっくりだよ。忌々しい」
「貴方は腐っている。王族だなんて、認めたくないくらいに」
エルビスがアリーシアに手を差し伸べる。
「一緒にこい。いきがったところで、お前に次代の王など無理だろう? 帝王教育など受けていない、学が庶民のお前には。もしもお前が僕の側につけば、愚かな国民共を説得し、お前を王家の血族というしがらみから解放してやろう」
その誘い文句に、淡雪が身構えた。
アリーシアはハッキリと告げる。
「断るわ。王がどうとかは、まだ分からないけど、兄さんとは一緒にいけない」
その言葉尻と同時だった。
「ニホン人の分際で、この僕を兄と呼ぶなぁ!!」
憤怒に赤く染まった顔で、エルビスは狂ったように叫き出す。
唐突な豹変だ。
身振り手振りのオーバーアクションを交えながら、急激に理性を失っていく。
「片方しか僕たちファン人の血を引かないくせに、何が次期女王だ! ふざけやがって!! ちきしょう! お前さえ、お前さえいなければ――ッ!!」
言葉は後半からニホン語ではなく、ファン王国でのみ使用されている母国語になっていた。
アリーシアは異母兄の罵倒を、目を背けずに唇を噛み締めて受け止める。
それが義務だと、彼女は感じていた。
罵りの言葉が終わり、エルビスは再びニホン語で、フレアに命じた。
「残念ながら交渉は決裂した。フレア、聞き分けの悪い妹を力ずくで連れて帰るとする」
この台詞は戦闘開始宣言と同義だ。
淡雪は躊躇なく【DVIS】を起動させる。自身の【基本形態】である『白銀の吹雪』を【結界】として身に纏った。その名は――
「へえ。それが噂に名高い《クリスタル・ストーム》ってやつか。なるほど綺麗だね」
「綺麗なだけではありませんよ」
眦を決し、【結界】を制御するプログラムのパラメーターを調節していく。施術エリアはデフォルトのまま。基本性能である温度低下の影響範囲から、アリーシアと締里、そしてエルビスを除外した。
対象範囲にセットしたフレアであるが、基本性能である温度低下に対して、レジスト(魔術抵抗)を許してしまった。相手はかなりの実力を秘めている戦闘系魔術師だ。出力は現時点で安定させて、魔力供給をキープする。基本術式はオールグリーン。銃弾・小型ミサイルなどの物理兵器の攻撃を含めた自動サーチ・自動制御項目および派生魔術の待機・準備も完了。テロ・災害対策用の施設【結界】とは異なり、戦闘用の【結界】はこれだけの制御をリアルタイムで行う必要があるのだ。ゆえに、通常では【結界】という大魔術は複数人で起動させる。
締里も【AMP】である魔銃《ケルヴェリウス》を、両手持ちで構える。
淡雪が警告を発する。
「動けば撃ちます。殺しはしませんが、重傷程度は覚悟して下さい」
脅しではない。
堂桜の直系として幼少時より厳しい訓練を重ねている淡雪であるが、これが初の実戦だ。
エルビスは二人の威嚇を無視し、空を仰ぐ。
「なあ、フレア。連中は? まさかサボっているのかい?」
「特務隊の連中が邪魔をしている模様です」
「使えないな。この前の戦闘で戦力半減以下って聞いているんだけど? エリスエリスはまだ本国なんだろう? 《究極の戦闘少女》以外は雑魚ばかりって話じゃなかったのか」
「あまり派手に暴れられる状況ではありませんので、ご容赦を」
「大丈夫なのか」
「充分です。部下に命じていたのは『外部から干渉しようとする者を遠ざけろ』でしたので。それに特務隊以外にも邪魔が入った可能性もあります。いずれにせよ――この場に邪魔が入らない事が肝要であり、《インビジブル・プリンセス》を拉致するには、充分な状況」
フレアがエルビスの前に歩み出た。
真っ赤な口紅をひと舐めし、「――ACT」と呟く。
足下に出現した【魔方陣】より、炎を纏った紅い大蛇が召喚された。
同時に、淡雪が雪の結晶の束を、光線のように飛ばす。
相手の使用エレメントが【火】と判明した瞬間、《ケルヴェリウス》のカートリッジを【水】属性に入れ換えた締里が、躊躇のない三点撃ちをおこなった。
ぎゅるるルるるゥん。コイルのように正確な同円心で、紅い大蛇がフレアに巻きつく。
その円筒の壁に防がれた氷弾の攻撃は、音もなく蒸発した。
大蛇は同円心形状を解くと、甘えるようにフレアの身体を這いずり回る。
紹介しましょう、とフレアが舌なめずりした。
「これがワタシの炎の【魔導機術】――《レッド・アスクレピオス》」
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