第二章 王位継承権 8 ―訓練―
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朝一で突発的なイベントが起こったが、それ以外は平和かつ標準的な学園生活であった。
そして――今は放課後である。
学校の屋上にアリーシアがいた。
彼女だけではなく、淡雪も一緒である。二人は黙して屋上からの展望を眺めていた。通常、屋上は立ち入り禁止だが、堂桜としての淡雪の要請で特別に使用許可を得ている。
昇降口のドアが開き約束の相手――楯四万締里が姿をみせた。
アリーシアが首を傾げる。
「あれれ? 締里ちゃんだけ? 嘉藤くんはどうしたの?」
約束の相手は、不本意そうに首を横に振った。
「嘉藤は偽名だぞ。アクセル6はこの周辺の何処かで待機している。流石に貴女の護衛が二名もすぐ傍にいるのは問題だからって。まあ、逃げの口実なのは言い逃れしない」
コードネーム『アクセル・ナンバー』は24まで存在しているのだが、先日の反王政派部隊との戦闘で、実に半数が脱落していた。むろんアリーシアに知らせる話ではない。その代価に見合うだけ敵部隊の戦力も削いでいるので、後はどちらが早く戦力補充できるか、である。
「そっか。残念」
「けれども安心して下さい。約束は私だけでもちゃんと果たすから」
「うん。よろしくお願いします」
アリーシアは丁寧に頭を下げた。
淡雪が二人に訊く。
「できれば、いい加減に今朝の約束の内容を、私にも教えていただけませんか?」
その気になれば道端に仕込んだ盗聴マイクから分かるのだが、淡雪とて流石にそれはプライドが許さなかった。それに堂桜本家の人間とはいえ、あまり羽目を外すと後々に問題になりかねない。
「うん。実はね、淡雪さんにもサポートして貰えるとありがたいんだけど、特訓を」
「特訓ですか?」
怪訝な顔になった淡雪は、ああ、と合点がいったと頷く。
「……貴女は音痴だったのですね。それで人並みに歌えるようになりたいから、と」
ぴく、とアリーシアの眉毛が引き攣る。
「どうしてそうなるのよ。あと私は音痴じゃないし」
「冗談ですよ。貴女はきっと音痴でしょうが、特訓するのは魔術戦闘ですね」
アリーシアは作り笑顔で首肯する。
「魔術戦闘だけじゃなくて、格闘戦や武器を使った闘い全般かな。それから私、歌にはちょっと自信があるから」
「音痴は仕方がないにしても、何故?」
だんだんと目が血走っていくアリーシアと淡雪に、締里が割り込んだ。
「二人ともいい加減に。歌は後でカラオケにでもいけばいいでしょう。訓練に関しては、私は良い心掛けだと思う。貴女がこれからどの道を選択するのか、あるいは選択の余地がなくなるのかは――現時点においては不確定だけど、常に誰かが貴女を護れる状況とは限らない」
締里は直接的に真実を口にはしない。契約によりできないのだ。
しかし、状況的に真実を隠そうともしていなかった。元々、アリーシアの身柄を拘束できれいれば、全てを話す算段だった。
アリーシアは何も言わずに、聞き流す。あえて無関心を装っている。
淡雪が会話を繋いだ。
「それは理解できますが、どうしてコーチ役を楯四万さんに?」
「淡雪さんも凄い戦闘系魔術師だけど、締里ちゃん達は本当のプロみたいだし。それに淡雪さんが専門としているのは『炎系』――【火】のエレメントじゃないでしょう?」
ACT、という呟き。
アリーシアは【DVIS】を起動して、自身の【魔導機術】を立ち上げた。
両拳に燃えさかる炎が宿る【基本形態】――名称は《フレイム・ナックル》である。
「締里ちゃんの専門は知らないけど、あの銃の【AMP】だったら属性を自由に入れ替えられるのもあるわ。ついにで対武器戦闘も学べるしね」
締里は制服のポケットに分割収納していた【AMP】のパーツを、流れるような手裁きで組みあげ、一挺の拳銃が完成した。
「この銃型【AMP】の名称は《ケルヴェリウス》。そして私は特定の属性を専門的に強化していないわ。全てを平均的に学んでいるの。この《ケルヴェリウス》を操る為にね」
故に【基本形態】もベースは無属性で、身体強化に多くのリソースを注いでいる。
補助的に使用エレメントを追加する方式を採るのだ。
締里の様な特殊工作員を生業とするエージェント魔術師は、戦闘系魔術師が好んで運用する基礎から自分で構築するオリジナル魔術理論よりも、既存の魔術理論を独自にカスタムして使用する場合が多い。
シンプルかつ使用し易さ――利便性を最も重視するからだ。
あえて特別に分類するならば『エージェント魔術師カスタム』型か。
戦闘用魔術も可能な限りシンプルに用いる。特に専用【AMP】の所持を許されているエージェント魔術師は、【AMP】使用補助を主軸に置いた【基本形態】を選ぶのである。
淡雪は締里の《ケルヴェリウス》を観察し、彼女に確認した。
「その【AMP】はオーダーメイド品ですね」
淡雪の記憶には、規格品や各軍の制式品の形状にこのような銃はなかった。そもそも隠密性の為とはいえ、部品単位での分解・組み立てとは別に、複雑な構造による収納形状に分割する銃など量産できるはずもない。
「ええ。オーダーメイド品というよりは、ワンオフ品ね」
「そうでしょうね。部品一つとっても最高精度で構成されていないと、すぐに動作不良を起こしそうなものですから」
加えて、そのような機構の銃を三秒以内に目視せずに組み上げる技術も達人芸だ。
淡雪が眼光を光らせた。
「その銃――。単価にすると軽く億単位になると思われますが、どういった経路で入手なさいました? いかに優秀な特殊工作員であっても、個人に支給される代物とは思えません」
「守秘義務があるわ。話はここまで。じゃあ……始めましょうか、お姫様」
締里は【火】属性のカードリッジを銃把へ押し込むと、銃口をアリーシアへと向ける。
初日だけと手加減しない、とその目が云っていた。
アリーシアは表情を引き締め――締里へと攻撃をしかけた。
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