第二章 王位継承権 7 ―共闘―
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7
校舎の屋上から、締里は突発的なイベントを眺めていた。
ギャラリーの盛り上がりとは反比例して、締里の心は静かに冷めていく。
「茶番……ね」
ため息と共に愛銃を特殊ホルスターから取り出し――統護の背中へと照準を定めた。
狙撃用魔術――準備オーケー。
相手の【基本形態】の索敵機能のトレースおよび瞬間ジャミングをテスト。
ロックオンはしない。【基本形態】を立ち上げ済みの戦闘系魔術師を相手に魔術的なロックオン機能を使用すれば、ほぼ確実に逆探知されるからだ。よってスナイパー魔術師は基本的に有視界(目視)で照準する。
オールグリーンだ。いつでも撃てる。
そして、締里はトリガーへ掛けた指を引くタイミングを窺う。
…
統護は足下を掴まれた土の足を、力ずくで振り払って跳躍した。
その一瞬後、足下を大剣が通過する。
観衆が目を見張るほどの大ジャンプだ。魔術による身体強化がされていないとすれば、間違いなく世界記録を大幅に塗り替える高さだった。
「間一髪でしたね。しかし……」
台詞の途中で、美弥子の笑みが微かに強ばる。
統護は【ゴーレム】兵士を無視し、一直線に美弥子に向かってきた。
距離は充分に離れているが、統護の脚力ならばものの数秒で接近可能である。
「何のつもりです? 堂桜くん」
怪訝な表情の美弥子は、『土の要塞』の壁面に多数の銃口を出現させた。
デザインは大小の円筒を組み合わせただけのシンプルさで、ハンドガン程度の口径だ。しかし、その全てが唸りを上げる。
ガガガガガガガガガガガガガガガッ!
一斉掃射だ。
三十を超える銃口が上下左右に動きながら、莫大な数の弾幕をばらまいていく。
足下を狙った弾丸の雨に、統護は大幅な迂回を強いられる。
しかし弾丸には怯まず、統護は走りながら言った。
「なんでもあり。……【ゴーレム】以外の攻撃をそっちがしてくるのなら、こっちもなんでもありでいかせてもらうぜ。文句はないよな?」
「まさか術者を直接叩くつもりですか」
「常道だろう? 魔術戦闘では」
とにかく離れていては話にならない。接近しての格闘戦にもちこむのだ。
「確かに。しかし、センセも舐められたものですね」
美弥子は「やれやれ」と頬を歪めた。
「つまり先生を狙ってOKって事だよな。よかったぜ。ビビッて拒否されなくて」
「蜂の巣にしてあげますよ。死なない程度にね」
一転して冷徹な顔で告げる。その表情は紛れもなく【ソーサラー】の貌だ。
銃口一つにつき、毎分三百発の土の弾丸を吐き出していく。しかも薬莢排出も廃熱も必要としないエンドレスだ。数自慢の反面、ホーミング機能やロックオン機能は備えていない。統護相手にロックオン機能は無効であると見越した上で、美弥子は物量で圧倒しにきている。
しかし統護は、瀑布ともいえる弾丸の群を躱しながらジグザクに疾走した。
当たらない。掠りもしない。
接近さえ許していないが、あまりのパフォーマンスに、美弥子は目を見開いて驚愕した。
「な。どうして!?」
「【ゴーレム】を維持したままじゃ、これが先生のリソース――意識容量の限界だ」
いかに【AMP】による魔術補助が強力だろうと、元となる【ゴーレム】を形成し、維持しているのは紛れもなく美弥子本人である。
美弥子には数多の銃口を全て自在にコントロールするだけの余力はなかった。魔力のリソースを確保する為に、数パターンずつの動きを、銃口数組毎に組み合わせて制御していた。
そして銃口群の基本照準を統護に合わせようにも、統護の動きについてこられなかった。
パターンさえ見切ってしまえば、統護にとって弾丸の数は問題ではない。
「キツイなら消してもいいんだぜ? 魔術制御のお荷物になっている【ゴーレム】を」
統護は挑発的に笑ってみせる。
【ゴーレム】兵士は高速で走り回る統護を追いかけるも、まるで付いていけなかった。
むろん【ゴーレム】を消せば、撃破されたと同義である。
ギリぃ! 焦りを滲ませた美弥子は歯ぎしりした。
「まさか、ここまでとは……ッ!!」
美弥子の命に従って、史基の相手をしていた《クレイ・ウォーリアー》が、統護の前に立ち塞がった。
統護はその《クレイ・ウォーリアー》の剣撃さえも、易々とかい潜った。
だが、もう一体の【ゴーレム】に追いつかれ、挟撃にあう。
美弥子は銃口全てを一点に集中する。
これで終わり――と、最大出力で魔力を込めるその寸前。
「テメエにばっかり、いいカッコさせるかよォ!!」
【ゴーレム】からフリーになった史基が、炎のビッグウェーブに乗って美弥子の頭上に躍り上がった。
波飛沫の弾丸で牽制する中、炎のサーブボードを巨大な一本の槍へと変化させる。
その槍を見舞おうとする寸前。
「甘いですね。――《ランスシング・ダンス》」
冷徹な【ワード】と共に、美弥子は壁面から槍の形状を模した突起を数十、生み出した。
槍先が一気に伸びる。ずがガガがッ!
「くそったれが」
史基は咄嗟にサーブボードを槍から楯へと変化させ、直撃は免れた。
しかし機動力であるサーフボートを槍群に縫い付けられ、史基は動きを封じられる。
「これで終わりです、堂桜くん!」
次の瞬間、美弥子は二体の《クレイ・ウォーリアー》を相手している統護へ固定した銃口群を、照準なしで一斉射撃した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!!
衝撃そのものの重低音が連なった。射撃というよりも爆撃と呼んだ方がいい総攻撃は、《クレイ・ウォーリアー》二体と地面を致命的なまでに削りまくる。
土煙があがり、爆撃地帯が茶色の煙幕で覆われた。
その煙幕がくぐもっている中。
統護が辛うじて形状を維持している【ゴーレム】を踏み台に、壁面が展開されていない美弥子の背後へと飛んだ。
だが、それも美弥子の予想の範囲内だ。
隙を突いて攻撃しようとした史基に、『土の鉄槌』を下し地面に叩きつける。
次の瞬間。美弥子の壁面――《グランド・フォートレス》そのものが大きく変化した。
例えるのならば、サーベルの生えた総入れ歯だろうか。
がばぁ、と上下ではなく左右に展開。
凶悪なソレは主である美弥子だけを避けて、統護を喰らおうとする巨大な顎になる。
「受けなさいッ!! ――《クラッシュ・スナップ》」
ぐぅぉオん。巨大な顎が、空中の統護を噛み砕こうとした、その瞬間。
顎に生えている牙が、一本だけ――バキン、と折れた。
目を丸くした美弥子の顔が凍りつく。
折れた牙の噛み合わせが欠けた隙間から、統護は《グランド・フォートレス》内に侵入した。
攻め手が尽き、愕然と立ち尽くす美弥子に、統護は余裕の表情で告げる。
「――この勝負、『俺達』の引き分けですね」
美弥子に返事する時間さえ与えず、統護は当て身で美弥子を気絶させた。
一瞬だけ逡巡したが、美弥子は無抵抗を選択した。
同時に、彼女のオリジナル魔術であった【基本形態】の『土の要塞』と【ゴーレム】の兵士二体が、溶けるように土へと還った。【魔導機術】が停止したのだ。
これで決着であった。
観衆から大歓声があがる。
生徒達は喝采をあげ、教職員達は揃って苦み走った顔になる。
気絶した美弥子を片腕だけでお姫様だっこしている統護に、史基が憮然と言った。
「特別に今回だけは、ひとつ貸しにしてやるよ」
「だからよ。最初から悪いのは俺だっての。引き分けって事だし一緒に掃除しようぜ」
「癪だが、それについては異存はない」
笑みは交わさなかったが、二人は自然とハイタッチを交わした。
再び、歓声が湧き起こった。
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…
締里は愛銃の銃口を下ろす。
「――ったく、これでいいんでしょう。これで……」
本当に茶番だ。
自分でなければ瞬間ジャミングに失敗し、美弥子の【基本形態】の自働サーチ機能で狙撃を察知されて、防がれていたかもしれない。最悪で反撃される。それ程、高度な魔術理論だった。純粋な狙撃は戦闘系魔術師には通用しないのが常識だ。魔術を併用しての魔術スナイプであっても、成功させるのは至難の業である。
超一流のスナイパー魔術師である締里だからこそ、辛うじて成功できたといえよう。
得意分野による仕事で、先日の汚名返上といったところか。
(借りは返したわよ、劣等生)
大団円的なオチだが、締里はニコリともしない。
こんな回りくどい真似をしなくとも、と苦々しく締里は思った。
嬉しそうなアリーシアが目に入る。
いやに目に付く。そして胸がざわつくのだ。
「随分と私らしくないな、最近」
無機質な戦闘人形として開発製造(ロールアウト)された。
余計な感情を排除し、ただ任務をこなすだけの存在になっていた筈なのに。
(彼女――アリーシア姫を見ていると)
不思議と締里の感情は大きく揺らいでしまう――
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