第二章 王位継承権 1 ―夢見―
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堂桜淡雪は、幼い頃から十五夜の月をよく兄と二人で眺めていた。
兄――堂桜統護は今にして思えば、人間嫌いであったのかもしれない。
無駄に広すぎる庭園の園側に、兄妹は二人ポツンと並んで腰掛けるのが習慣だった。
――〝お前だけは『特別』だよ、淡雪〟――
兄は何度か淡雪にそう語りかけた。悲しそうな瞳を添えて。
その表情を知っているのは、きっと淡雪だけだ。
理由は問わなかった。
淡雪にとっても兄は特別な存在だったから。
血を分けた者ならば他にもいるのに、不思議と兄は別格だったのだ。
だが、兄が自分を特別だと囁く理由は、恐らく兄の他人に対しての在り方であり、自分が兄と血を分けた妹だからではないと、薄々感じていた。
(……姿を消す前に、その理由を教えて欲しかったです、お兄様)
隣に腰掛けていた兄の姿が、蜃気楼のように揺らめいて消え、
同時に淡雪もユメから醒めた――
◇
「――また、お兄様の夢」
布団から上半身を起こすと、淡雪は重たげに頭を左右に振った。
それでも気分は戻らない。
原因は夢に出てきた兄ではなく、異世界から転生してきた別人の兄である。
昨晩。統護は独断で本家の屋敷を出てしまった。
勝手な人だ。
本来の兄が行方不明になった件と今の兄の特異な状態からして、両親のみならず一族の重鎮がそんな勝手を許すはずがない状況だが、アリーシア・ファン・姫皇路の生活を守りつつ護衛するという名目で、彼は強引に単独行動をとったのである。
「お目覚めですか淡雪お嬢様」
和服を着た侍女の一人が、襖の向こうから遠慮がちに声かけしてきた。
専属で付いている使用人の一人で、基本的にみな二十代の女性だ。
淡雪は朝食前に、清めの水浴びをする事を一族から義務づけられている。その水浴びに侍女が一人付き添うのだ。
「いま起きました。これから向かいますので、先に行っていて下さい」
襖越しに侍女が深く頭を垂れ、足音を残さずにこの場を辞した。
ふぅ、と淡雪は写真立てに目をやる。
つい最近、撮ったばかりのデジタル写真が3Dモードで表示されていた。兄はどこか気弱な困った顔で写真に収まっている。
本当に同一の外見で――別の存在だ。
彼は兄なのか、それとも……
「この案件が終われば、お兄様も帰ってくるでしょうし……」
アリーシアと並ぶ統護の姿に、何故か胸がざわめく。
もしも素直に帰ってこなければ、首根っこを掴まえてでも引きずり戻すだけ、と淡雪は物騒な考えを固めていた。
元の兄に対しては、こんな考えを浮かべた事などなかったのに。
淡雪は小さく頬を膨らませた。
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