第一章 異世界からの転生者 12 ―家出―
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12
庭に面したベランダ近くの壁際。
ようやく子供達から解放された淡雪に、統護は紙皿に載せたケーキを差し出した。
四分の一に切られたイチゴが乗ったカップケーキだ。
「お疲れさん。大人気だったな」
ねぎらいの言葉に、淡雪は頬を綻ばせる。
「お兄様も」
「俺は逃げ回っていたよ」
天井を見上げ、統護はばつが悪そうに頬を掻いた。
異世界に転生したからやり直すといっても、そう上手く社交的には振る舞えない。元の世界で経験していた学校祭でも、身の置き場に困っていた。今日もOBやOGの人達に気を遣わせてしまった。
兄の雰囲気を察してか、淡雪が話題を変えてきた。
「こういった催しは初めてですから、色々と勉強になりましたし、楽しかったです」
「それは俺もだよ」
「元の世界ではお誕生会の経験は?」
「残念だけどウチは無かったんだ、そういうの」
統護は苦笑で誤魔化した。
だから小学生の頃、友達の誕生会に呼ばれると嬉しかったというよりも、羨ましかった。
そして気が付けば――友達そのものがいなくなっていた。
中学生になった頃には、友人同士で誕生会という名目で遊びにいく連中も多かったが、統護はそういったイベントとは無縁だった。
唯一の例外は、密かに好意を寄せていた幼馴染みであったが、彼女も二年前に違う世界に旅立ってしまっていた。異世界ではなく他界――つまり鬼籍に入っていた。
この異世界に来る直前にも、走馬燈で久方ぶりに彼女を思い出したが、果たしてこの【イグニアス】世界に彼女は存在しているのだろうか? 共通して存在している者も何人か発見している反面、淡雪をはじめとして元の世界には存在してなかった者も多い。
堂桜一族だけでも大人数なので確認し切れていない状況だが、淡雪に調べてもらえれば、幼馴染み――比良栄優季が存在しているか否か、確認できるかもしれない。
(いや)
統護は首を横に振る。たとえ優季がこの異世界に存在していたとしても、元の世界で事故死した彼女と同一ではないのだ……。いまさら会ってどうしようっていうんだ。
思考に耽っていた統護に、淡雪が気まずそうに声をかける。
「――お兄様?」
「あ」と、統護は我に返った。
「悪い悪い。ちょっとセンチ入っていた」
淡雪は気まずそうに俯いた。
統護は淡雪の肩に優しく手を置く。
「気を遣わなくていいって。それよりケーキ食えよ。俺さ、この年になってまた誕生会を経験できて、良かったって思っているんだぜ」
淡雪はケーキを食べ始めた。
「美味いだろ?」
味そのものは素人作以外の何物でもない。淡雪ならば、超一流パティシエ製のケーキの味が標準のはずだ。けれど、これは自分達が手伝ったケーキだ。
美味しいです、と淡雪は笑顔になった。
統護は子供達といるアリーシアを見て思う。
この場所を護ってあげられずに、なにが世界最強の存在だ。
「……だったら逃げるわけにはいかないな」
会話を怖がっている場合じゃない。
その呟きは淡雪にも聞こえないほど小さかったが、強かった。
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…
夜になった。
生憎と、月や星が拝めない曇天である。
アリーシアは旅行バッグとキャリーケースに必要最低限の荷物を押し込むと、書き置きを残して、【光の里】の門を出た。荷物を省く為、学園の制服を着ている。
誰にも気が付かれなかった筈だ。
最後に振り返って、【光の里】を目に焼き付ける。目尻の涙を乱暴に拭った。
何者かに狙われている身で、もう此処にはいられなかった。もしも孤児院の家族に被害が及ぶ事になれば、アリーシアは自分を許せない。
それ以上に今の理不尽な状況が赦せないでもいる。
(姫とか、ワケわかんない)
孤児である自分を、どうして姫だとか。
両親について一切知らない。調べようとした事もあったが、結局、何も分からなかった。
自分を棄てた親を恨んでいない、といえば嘘になる。
もしも、本当に自分が王女だったら? 何が理由があって隠されていたとか。
(バカバカしい。そんな事なんてある筈がないじゃない)
アリーシアはそんな可能性は妄想、と切り捨てた。
きっと自分を棄てた親の借金の取り立てとか、そんなオチに決まっている。浚われたら、浚われたで、その時だ。どうぜ、もう自分には帰る家などないのだから。
気が付けば足が止まっている。
「サヨナラ、みんな」
アリーシアは孤児院を振り返らずに、歩き始めた。
知らず奥歯を噛み締めながら……
足取りは重い。こんなにも、こんなにも家が大事だったなんて。
「――よっ。こんな時間に制服着て何処いくんだ?」
気さくな声に、アリーシアは目を丸くする。
パンパンに膨らんだリュックサックを肩に掛けた統護が、遠くから歩いて来ていた。
彼も学園の制服を着ている。
「堂桜くんこそ、なんで?」
つい声に険が含まれる。逆恨みに近いと分かっていても感情を抑えられない。
誕生日会に来た時、忘れ物でもしたのか。
まだ少し距離があり、灯りが乏しいので統護の表情までは見えない。
「どうやら勘当されちまったみたいだから、当面の間、【光の里】で世話になろうかと。園長さんに話は通してある。……で、姫皇路さんは?」
「私は……、堂桜家の屋敷とかで住み込みの仕事を探そうかと。家政婦でもメイドでも何でもやる覚悟だから。私をマークしているんだったら、その方がそっちも都合がいいでしょ? 仮に親の借金が原因だったら、それで働いて返せるし」
投げやりに言った。
もう将来など、どうでも良い。今は家族を巻き込みさえしなければ。
統護は困り顔になる。
「借金って……、そんな簡単な事情でもないんだけどな」
「じゃあ、どんな事情なのか詳しく教えなさいよ」
まさか本当に自分がお姫様云々とか言うつもりか。
言ったら平手を見舞う。そんな心境だ。
「できない。お前が何も知らずに、事態が収束して元の鞘に収まればそれがベストだと、関係者の誰もが思っている。なによりも真実を知ったら、お前は本当に【光の里】に帰れなくなるかもしれない」
「――ッ」
再びアリーシアの瞳に涙が溢れる。必死に下唇を噛んだ。
彼は自分を【光の里】に居られるようにしようと、そう決めているのだ。
声が近づいてくる。もうすぐ其処だ。
アリーシアは統護の顔から視線を逃す。
「だから暫定的なボディガードとして、俺が【光の里】に住み込むよ。加えていうが俺は保険だからな。状況としてお前が危惧している孤児院への被害は、まず出ないだろう」
「それを信じろっていうの?」
「信じなくていい。当の俺も実は信じていない。こうして独断で押しかける程度には」
統護は真っ直ぐに歩いてくる。
門前ですれ違い際に、前を向いたままの統護は言う。
「姫皇路さんが俺たち兄妹に嫌悪感を抱いているのは理解できる。でも、少しだけ時間をくれないか。俺たち兄妹は、必ず姫皇路さんを守り通すから――」
その声は微かに震えていた。
統護はアリーシアを通り過ぎ、孤児院の敷地内へと進んでいく。
「~~ッ!」
いったいなにを意固地になっていたんだろうか。これでは自分がバカみたいだ。
素直になれ。そう自分に言い聞かせる。
アリーシアは涙と泣き顔を振り払って、統護の背を追った。
やはり【光の里】――家族とは別れたくない!
「待ちなさいって! ちゃんと先輩である私が【光の里】のルールを教えてあげるから」
笑顔になっていた。
信じてみよう、とアリーシアは強く思う。
かつての統護とか、護衛対象云々なんて関係なく――今『この時の』堂桜統護を。
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