第一章 異世界からの転生者 6 ―遭遇―
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統護は街中を疾走している。
堂桜一族が個人所有している、ラグランジュ点を周回軌道とした魔導ステルス型の軌道衛星【ウルティマ】からの追跡で、アリーシアの座標は掴んでいる。
通常では、個人観測に用いるなど以ての外であるが、今回は特例中の特例であった。なにしろ国際社会に影響を及ぼしかねない事案なのだ。
淡雪からのナビゲートで、統護は複数ある道筋での最短ルートを駆け抜ける。
詳しい情報は入ってきていない。統護と淡雪のみならず、ファン王国で内戦が始まってからは、ファン王家専属特務隊からも護衛チームが派遣されており、彼等がメインで対応しているとの事だ。統護と淡雪はあくまで学園内限定でのサブ的な戦力扱いだ。それは当然といえば、当然である。統護は勿論、淡雪だってプロのSPではないのだから。
だが、警護チームが付いている筈なのに、現状のアリーシアは危機に瀕している模様である。刺客が二名、彼女を拘束しようと立ち塞がっているという淡雪からの情報だ。一刻を争う事態かもしれない。
不自然だ。統護は警戒心を高めた。
ナビゲートで人目を避けているのか、それとも状況として必然なのか、不自然なレヴェルで人や通行車両とは鉢合わせない。
この世界での統護はその気になれば、短距離走の世界記録を軽々と上回る速度で、フルマラソンを余裕で完走するだけの身体能力を有している。完全に人目を気にしなくて良いのならば、飛行系統の魔術など必要とせずに、忍者よろしく屋根から屋根へと一足刀に飛び移れるのだ。
もはや超人といっていい。
元の世界で継承していた〔契約〕にしても、本来は子供騙し程度の効果だった。故に統護はそんな〔契約〕の継承に疑問を覚えずにはいられなかった。手品の方がマシかもしれない小さな奇蹟の為に、業を通じて身心と〔魂〕を修練するなど、非効率的にも程がある。
しかしこの世界では決定的に違う。
【イグニアス】と呼ばれる、誰もが魔力を秘めているこの異世界では――
けれど、その事は可能な限り隠し通す必要がある。
もしも『この堂桜統護』の正体が露呈してしまえば、実験動物に身を堕とすのは必至だ。
研究施設に拘束されて、薬物漬け……なんて末路は御免である。
チカラと秘密は、絶対に隠し通すのだ。
「――やあ。どんな気分かな? 超人的な肉体を得た心地は」
世界最強かも、なんて嘯く。
それは、謳うような楽しげな声色だった。
少女だ。統護の目の前に、少女が顕れている。
不思議と、懐かしい感じのする容姿の若い女だ。狡猾さと無垢さが同居しているような美貌だ。少女の浮かべている笑みからは、魔的なナニかを感じられずにはいられない。
(なんだ? コイツは)
間違いなく美しい造形なのに統護には美しいとは感じられない――そんな奇妙な感覚。
少女は長い黒髪をポニーテールにしている。
服装は特徴的だ。
赤いラインが特徴的な学生制服姿の上に、吸血鬼を想起させる漆黒のマントを羽織っている。黒髪に紅い双眸。黒と赤で構成されている女だ。
火花が散ったように記憶がフラッシュバックした。
あの日の夕方。廊下の窓に映っていた幽霊もどきの女だ。
着ている制服も、公立藤ヶ幌高校の女子用制服を原型としている物である。
「アンタ、まさかあの時の?」
頬を伝う一筋の汗を、統護は乱暴に拭った。汗は走っていた為のものではない。
いくら疾走しようとほとんど上がらなかった鼓動が、今は早鐘のようだ。〔魂〕レヴェルで統護は識っている。この魔術を根幹とする世界にあって、自分という異分子は……
「ひょっとして、元の世界と、この世界での俺を知っている――ッ!?」
いや、それよりも、この濃厚な感覚は。
少女は意味深に口元を歪める。
「さあ? 一つだけ云えるのは、敵対する意志はないってコト」
「おい。マジで何者だ、アンタ」
誰何とは裏腹に、統護の脳裏に禍々しい映像がこびり付いていた。
ダメだ。感覚が正解なら。
この女を淡雪に遭わせては――
「そうだね。アタシの事はオルタナティヴとでも呼べばいい」
紅い眼の少女――オルタナティヴは、統護に不意打ちの右ストレートを打ち込んできた。
予備動作のない、空気を斬り裂く超速の一撃。速い。反応が追いつかない。
ドゴン!
鐘を全力で突いたような重い打撃音が響く。
辛うじて統護はオルタナティヴの右拳を左手で受け止めた。腕全体に痺れが走る。
キャッチした際に鳴った轟音が、その破壊力を物語っていた。
(マジか。いや、やっぱりか)
オルタナティヴが披露したスピードとパワーは、統護と同じく超人レヴェルだ。
この異世界の人間は、総じて元の世界よりも身体能力は上だ。それも元世界と比較して、男女差が少なかった。鍛えた女性はかなりのレヴェルで男性の身体能力に追いつく。しかし、今の右ストレートはそういった次元の話ではなく、統護が全力で放つ一撃に匹敵するレヴェルである。頭部に直撃すれば常人ならば死亡しかねない。
そして、拳の出所が見えなかった。
超人化した動体視力でなければ、咄嗟に反応できたかどうか。
右拳を繰り出した、彼女の格闘技術の癖は――ッ!!
「流石だね、世界最強」
クスリ、とオルタナティヴが嬉しそうに両目を細める。
なにが最強だ。陳腐な挑発である。果たして、自分を何処まで識っているのか。
「おいおい。敵じゃないんじゃなかったのかよ」
「殺し合いはしない。けれど少しばかりアタシの実験に付き合ってもらうよ――、最強」
「実験?」
「こっちの都合かな」
それならば、こちらにも譲れない事情がある。
幸いこちらの世界は元の世界に比べて、私闘に関しては寛容な風潮があった。法的にも魔術系の戦闘・犯罪関係はゆるゆるだ。よって邪魔をするのならば実力行使に躊躇いはない。
選ぶのは、母親の趣味だ。
変人の母親から強制的に叩き込まれた――近代ボクシングを使わせてもらおうか。
それで対応できる自信はある。
スパーリング以外で拳を使うのは初めてだが、この相手ならば、遠慮は要らないだろう。
いや、戦らなければやられる。
「悪いが先を急ぐんだ。少しばかり手荒に排除させてもらうぜ」
台詞と同時に、統護は巻き込むような左フックを見舞った。
ほとんど手加減なしだ。たとえ相手が女性であっても、間違いなく同レヴェルの相手だと分かっていたから。
ヴゥァオゥ!! 空気が斬り裂かれる。統護のスウィングが唸りを上げたのだ。
閃光めいた渾身の左フックは、しかし寸前で空を切った。
スウェーバックで避けられていた。いい反応と見切りだ、と統護は感心する。
「ええ、承知している。だからこそこのタイミングを選んだのだから」
統護の左フックを鼻先で躱したオルタナティヴは、自信に溢れた笑みを零した。統護の超速の一撃を目にしても、少しも怯んでいない。それどころか愉しそうですらある。
次の瞬間。
ズゥッボォンンッ!! お互いのボディブローが土手っ腹にめり込んでいた。
めキぃぃィ。拳を受けた腹筋が軋み上がる。
カウンターどころか、躱せなかった。
否、手加減する余裕すらなく、本能的に全力を出していた。
双方の顔が微かに歪み、共に歯を食い縛る。なんて桁外れな威力だ。手加減なしだと、常人相手ならば内臓破裂で死亡させてしまう。
そして、弾かれたように二人は同時にバックステップして、間合いをとる。
手応えはあったが、オルタナティヴは平然としていた。
耐久力も自分と同等か。
コイツ……思った以上に強い、と統護は油断なく身構えた。
統護は思う。生きていく為とはいえ……
これが初の実戦というよりも、喧嘩どころか、戦う日が来るなんて――
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