プロローグ(後) 劣等生
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統護へ殺到する刺客達。
次々と繰り出される攻撃は、全てが必殺を期している。
だが、手足による物理的な打撃のみならず、亜光速に迫る雷撃系魔術による多重砲火さえ、統護は残像を残すような超速で軽々と、かつ巧みに躱していく。
人間離れした速度と挙動だ。
否、そう見えてしまう程に無駄がなく、相手の動きを先読みしている。
(これは、ボクシングのフットワーク?)
めまぐるしい乱戦の中で、別次元の動きをみせる統護に、少女は固唾を飲む。
知ってはいた。
体育の授業や、過日の例外的な【魔術模擬戦】で、統護が並外れた運動神経と、不可解ともいえる超人的な身体能力を誇っている事は。
それに職業としての【ソーサラー】を希望して魔導科に籍を置いている以上、近接戦闘用の格闘技能を独自に身に付けている事自体は、驚くに値しない。むしろ魔術戦闘においては当然ともいえる。
故に――統護はボクシング使いだ、というだけだ。
しかし、相手は疑似AI(魔術プログラム)で動く【ゴーレム】ではない。生徒間のトラブル絡みを発端とした例外的な模擬戦という事で、あえて肉弾戦を放棄した小柄な女性教師と、今戦っている連中は違う。高度に訓練され、数多の実戦を経ているであろう屈強なプロの戦闘集団だ。いくらなんでも彼等を相手に回して、まさかこれ程とは――
それでも少女は悲痛に叫ぶ。
「莫迦ぁ! いくら貴方の運動能力が桁外れでも、魔術を使えない貴方がっ――ッ!!」
フットワークで攻撃を躱すだけでは勝てない。相手は戦闘系魔術師なのだ。
いくら魔術に長けているとはいえ、学園生や戦闘を生業としない魔導教師が相手ではない。
裏社会で殺人まで犯す、百戦錬磨のプロが相手なのである。
たしかに統護の防御技術は凄い。けれど物理攻撃や近接格闘ならばともかく、いつかは魔術攻撃の餌食になる運命だ。
なにしろ統護は戦闘系魔術師が魔術起動時に展開する、超次元の電脳世界――【ベース・ウィンドウ】を有していない。
従って魔術に対して、超視界および超時間軸である電脳世界での魔術オペレーションで対応できないのだ。つまり現実世界の時間感覚、かつ有視界のみで、魔術に対応している筈だ。
その反面、魔術で攻撃する側も、彼に対しては魔術的ロックオンが無効化されるが。
攻撃魔術をホーミングされない理由がそれである。
よって魔術攻撃する相手と避ける統護は、共に有視界のみで交戦しているのだ。
とはいえ、いかに統護の反応と見切り、そして防御技術と体捌きが優れていても、至近距離から撃たれる魔術攻撃を躱し続けるのは不可能だろう。
統護は魔導科の最底辺――劣等生である。
かつて学園一の魔術――【魔導機術】の繰り手であった彼は、ある時期を境に【DVIS】を操る力を失った。天才魔術師が、一転、劣等生に転落したのだ。
この世界で誰もが使用できるはずの【魔導機術】システム――通称・魔術。
伝説にある〔魔法〕を模して開発された超技術だ。それは社会構造すら一片させた。
しかし、よりにもよって、その【魔導機術】に必須な機器【DVIS】の世界最大メーカーである【堂桜エンジニアリング・グループ】の御曹司が、使用不能になったのだ。統護が魔術を使おうと【DVIS】に魔力を注ぐと、魔術が起動するどころか……
間違いなく世界で唯一の事例であった。
まるで統護が『この世界の住人ではない』と拒絶するかのような、異常な現象だ。
そんな彼を学内の生徒達は嘲りを込めて、『とある二つ名』で呼んでいた。
「……なあ、姫様よ。俺の異名を知っているよな?」
「え、ええ」
彼に想いを寄せている故に、少女は辛そうに首肯する。
一度、大きくバックステップして間合いを広げると、統護は右手を水平に振るう。
通常であれば魔術に使用するエネルギーである魔力を、直接、放ったのだ。
【DVIS】に注がれない魔力は単なる無駄――という魔術の定説を、統護は否定する。
魔力の波動が放射状に広がって、浴びた【ブラック・メンズ】達の【DVIS】を動作不良に陥らせたのだ。先程の【結界】破壊と同系統の異常である。
対して、黒服の刺客達もプロだ。動揺は一瞬で、すかさず各々【DVIS】の再起動と自己リカバリー機能を選択する。
だが、統護はその時間を黙っていない。
統護の右拳が唸りをあげる。
リーダー格の【ブラック・メンズ】まで瞬時に間合いを詰め、鋭い右拳がヒットした。
右ストレートと一緒に、魔力も拳に込めて叩き込む。
ドンッ!! 着弾と同時に爆裂。
リーダー格の【DVIS】が、粉々に吹き飛んだ。
身に付けていたであろう右胸から、軽い爆発音と煙があがった。
耐魔性を誇る【黒服】の機能をまるで無視した現象だ。
多重にセーフティーが掛かっているはずの【DVIS】が、不可思議に破壊される。
その異様な光景は、少女が魔導学科の実技講義中に何度も目にした光景と同じである。授業中、クラスメート達は苦笑や嘲笑を堪えて見ていたが、まさか、まさか――こんな風に戦闘に使用できるなんて。
驚愕に固まる相手の顔面に、右ストレートからの返しの左フックを追加し、統護は「まずは一人」と呟く。食らった相手は、呆気なく失神KOされていた。
もの凄いパンチ力である。
統護は敵が身に付けている【DVIS】の箇所を見抜き、次々と拳で的確に破壊していく。プロの戦闘者である【ブラック・メンズ】ですら、一対一だと統護の敵ではなかった。
なんという戦闘技能、いや格闘能力だ。
超人的な身体能力だけではなく、そのボクシング技術も超一級品といって過言ではない。
それに加えて、彼を学園の劣等生に陥れていた魔力異常を逆手にとった『魔術キャンセラ―』としての利用方法。少女はただ圧倒されていた。
まさか、こんなにも、こんなにも強かったなんて――ッ!!
今回の事変にあって関係者から《隠れ姫君》とコードネームされる妾腹の第一王女は震える声で、畏怖を込めて彼の二つ名を呟いていた。
「……《デヴァイスクラッシャー》」
その渾名に、統護は姫君である少女を見た。
ニィ――、と不敵に頬を釣り上げ、獣のごとく両目を眇める統護。
その凄みに満ちた表情は、少女が知る諦念に溢れた劣等生の貌とは、完全に別人だ。
統護が言った。
「特別にお前に見せてやるぜ。『本物』ってやつをなぁッ!」
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