第四章 真の始まり 17 ―リ・ブート(再起動)―
スポンサーリンク
17
アリーシア・ファン・姫皇路。
それは、ファン王国第一王女にして、次期女王を約束されている姫君の名。
堂桜統護の正式なフィアンセ。
世界中のマスコミから高貴な薔薇に例えられるが、本人は「権力を得た雑草」という認識。
責任を負わない権力、ノーブレスオブリージを伴わない立場に、牙を剥く少女。
みみ架は吐息を漏らす。あまりに圧倒的だ。圧倒的なオーラである。
納得だ。
(なるほど。アリーシアこそ堂桜くんの正妻……か)
こうして直に正対して、統護が為す術なく尻に敷かれる理由が、よく理解できる。
幼少時より名門のお嬢様として何不自由なく扱われ、かつ自身にも才能とチカラに恵まれていた温室育ちの自分とは――根本的に役者が違う。色々な意味でとても敵わない。
統護の女としてのカテゴリが違うと分かっていても、アリーシアには勝てないと感じた。
持たざる者の、弱者の代表としての逞しさ、反骨精神は『太陽の姫君』そのもの。
こんなにも、こんなにも人は短期間で変わる事ができ、変わったというのに、本質を見失わずに、変わらずにいられるモノなのか――
みみ架の清々しい表情に、アリーシアは怪訝な顔で首を傾げた。
「なぁによ。人の顔をマジマジと見つめちゃって」
「いえ。ちょっと実感してね。堂桜くんに愛されているって充実感とは別に、なるほど、彼が貴女を鬼嫁として恐れる理由がよく分かったかな、と。少なくともわたしじゃ無理ね」
アリーシアはふくれっ面になる。
「わぁーるかったわね。どうせ私は『堂桜ハーレム』とやらの中で、アイツに一番敬遠されていますよっと。だけどね、離れ離れな分だけ、あの浮気性の莫迦を放っておけないのよね」
くくくっ、と笑いが込み上げてくるのを、みみ架は堪えられない。
「貴女が彼の正妻だわ。貴女以外には誰も彼の正妻は務まらないでしょうね」
《ワイズワード》が予言する未来など関係ないだろう。
それは運命以上の運命に思えた。
「それ。ぜんっぜん、褒め言葉に聞こえないってのが、統護のダメっぷりの象徴よね」
「そんな彼だから、わたしも貴女も、彼が大好きって事で」
「お互いに難儀な男に惚れたものね。仲間で友達とはいえ、ちょっと貴女に同情するわ」
「わたしは同情しないわよ。こうして貴女と友人になれて、堂桜くんに感謝している」
「あ~~。それはそうかも。アイツの浮気性が切っ掛けで、アイツと同じくらい大切な仲間を得られたんだもの」
そして。
気持ちを切り替えたみみ架は、闘技場側の出入口を見た。
通路の向こう側では、主の許しにより、あの子の個人的な戦いが幕を開けるのだ。
その戦いには、誰にも干渉はできないだろう。
…
闘技場の戦況は、一進一退である。
だが、その拮抗は攻め手側――《ハルル・シリーズ》によって演出されている、とシスター一号は判断していた。
統護が浚われた。
彼を強奪した朱芽・ローランドの単独犯はあり得ない。それどころか、かなり大規模な背後組織が彼女をバックアップしているはずだ。アリーシアの指示で、風間姉弟とミス・ドラゴンこと【内閣特務調査室】の龍鈴麗が、大使館およびニホン政府に情報収集に走った。
ファン王国から遠征してきたアリーシア専属護衛隊は、ファン王家専属特務隊総隊長にして花形の宮廷魔術師団の長であるエリスエリス――エリス・シード・エリスハルトの指揮によって警戒態勢に入っている筈である。
《聖剣》エリスを補佐するのは、島崎和葉ことリーファ・エクゼルドだ。
可能ならば堂桜財閥よりも先に情報を得て、後の交渉でのイニシアチブを握りたい。
なにしろ堂桜統護は、ファン王国第一王女の正式な婚約者なのだから。
シスター一号とて、統護を救いに動きたいという衝動はある。
けれど、それは他にも適任者が幾人もいて、その者達を信じるのが一番だ。その中には、主君であり義姉に等しいアリーシアも含まれている。
アリーシアが自分を護衛の任から解き放ってくれた、その気持ちに報いるのだ。
ぐるりと闘技場内を一瞥した。
「本当に茶番」
これはテロに見せかけられた《ネオ・リヴェリオン》のデモンストレーションだ。
統護の強奪作戦の陽動に組み込まれているが、この【パワードスーツ】強襲テロそのものが、アリーナ席ブースで観戦している数多のVIP達による茶番劇なのである。
彼等はテロの標的にされている被害者ではなく、計画に荷担している加害者なのだ。
VIP達全員が犯人ではないだろう。
だが出資した者達の大半は、《ネオ・リヴェリオン》対若き【ソーサラー】兵団を、既定路線のイベントとして高みの見物と洒落込んでいる。
《ネオ・リヴェリオン》の開発元と出資元は、まだ特定できない。だが、どんな大きな組織だろうと、これだけの数の【ソーサラー】を相手にした実戦訓練など、秘密裏に行うのは現状では不可能だ。よってこんな馬鹿げた計画を、統護強奪作戦の尻馬に乗って企てたのだ。
「……下らない。けれど、それよりも」
この場の何処かに、いるんでしょう? ――ハルル。
救いたい。何よりも謝りたい。
かつての潜入任務で、友達だと騙し、そして任務の為に彼女を裏切った過去を。
以前の自分ならば、裏切りは必要だったと心を殺して割り切っていた。
けれど、統護とアリーシアによって、自分は変わった。心に従い懺悔できるようになった。
逢いたい、ハルル。
友達だと伝えたい。
今こそヴェールを脱ぐ時だ。
装着している紅い衣装型【AMP】――【EEE】を強制パージした。
小柄で細身な身体のラインが、さらにシェイブされた。
【EEE】の下に着込んでいるのは超薄型のワンオフ型【黒服】である。
以前より彼女専用に開発されていた――名称《ブラック・ファントム》だ。
黒を基調とした金と銀のラインで各パーツが区切られている、コンバットスーツである。
薄手のプロテクターを各部に貼り付けたライダースーツといったイメージか。
しかし関節部の要所に、補助アクチュエータ用の外層骨格部とコネクト用端子カバーが出ているので、上に着込んでいた【EEE】よりも細部は複雑で機構的なデザインだ。
彼女は姿を消していた。
製造・出荷元であったエージェント育成教室に返されていたのだ。
当時すでに疲労の蓄積が問題視され、対【エレメントマスター】戦での敗北を機に、彼女の回収と休養、そして再調整が施された。同時に新装備《ブラック・ファントム》の使用訓練を行い、彼女本人の強い希望によって『とある新技術』への耐性を獲得した。
決して長い期間とは呼べない、休息だった。
だが、最大でも一日四時間の自由時間しか許されず、三百六十五日、分刻みの任務と訓練を課せられていた彼女にとって、ほんの一時とはいえ、かけがえのない時間だった。次の休息の予定は、今のところない。各機密組織からの予約でスケジュールが埋まっているのだ。
少女は以前の彼女のままではない。
為す術なく【エレメントマスター】に敗北した彼女とは違う。
単なるオーバーホールのみならず、ヴァージョンアップして帰ってきたのだ。
最後に、仮面を外す。
青みがかった頭髪は、ボーイッシュなショートヘアだ。前髪で右目がやや隠されている。
やや無愛想だが、理知的な麗容が解放された。
顔立ちは少年めいた造形であるが、微塵も女らしさを損ねていない美しさが光る。
少女の名は――楯四万、締里。
世界で唯一の特例処置で複数の特務機関から依頼を請け負う、そんな彼女の裏社会に轟いている異名は。
《究極の戦闘少女》――再起動(リ・ブート)。
完全にリフレッシュしたその戦闘能力は、疲弊前の1.3倍を超えている。
締里は感慨深げに呟く。
「約束通りにお前の元に戻ってきたぞ、統護」
統護相手に《ブラック・ファントム》を試験する予定だったが、そうはいかなくなった。
けれど丁度いい。
まずは本当のリハビリと試運転がてらに、この茶番劇に幕を降ろすとしよう――
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。