第四章 真の始まり 14 ―《ハルル・シリーズ》―
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14
統護はパートナーであった筈の少女に訊く。
「お前の目的は何だ? 朱芽」
「だからローラ。朱芽はミドルネーム。簡単にいうと、アンタを浚って堂桜本家と交渉する」
「俺を材料にか」
「アンタが隠している巨大なチカラってヤツが、国際社会にとっては無視できない。《デヴァイスクラッシャー》とは危険度が違うわ。こちら側でも調査させてもらった後、脳と心臓に超小型爆弾くらいは埋め込ませてもらう。最終的には堂桜嫡男の自由は縛れないでしょうが、最低限のセーフティは施させてもらうから、悪いけど覚悟して」
それが各主要国のトップが協議した結果の、妥協ラインであった。
統護自身が危険人物とは見なされていない故の、温情的な措置であろう。このラインならば堂桜側の納得も取り付けられる算段でもある。堂桜財閥に喧嘩を売るつもりはないのだ。
ローラは思い返す。
ミッションの第一フェーズは『クラスで疎遠だった統護に近づく』だ。
統護のパートナーになる為、【EEE】で正体を隠し、協力者と共に証野史基を襲撃した。
元のパートナーであった武田に重傷を負わせたのも、訓練事故ではなく故意である。
病院で鉢合わせたのも計算通り。
そうして、まんまと統護のパートナーになれた。
第二フェーズは『統護の信頼を得て、みみ架と戦わせる』である。
一緒に訓練し、試合で協力し合い、統護に背中を任せられるまでに信用と友情を築いた。
みみ架との試合、自分はダメージが深刻になる前にギブアップして戦線離脱する。一方で、統護の寸劇作戦を聞かされていたので、手助けしつつ、統護が深刻なダメージを負うのを待っていた。敗戦後の退場時がチャンスと思っていたので、勝つのは予想外だったが。
ローラは油断なく周囲を睥睨する。
統護を捕獲した。
仕上げの第三フェーズとして、このまま逃走しなければならない。
三機の【パワードスーツ】がローラを中心として、扇状に配列された。
周囲を威嚇し、ローラへの突撃を牽制した。
闘技場内のガードマン達と各学校の魔導教師陣は、迂闊に動けない。
【パワードスーツ】のみならず、VIPである統護が人質なのだ。万が一は許されない。
機体は、高機動型戦車モードから変形し、畳んでいた四肢を展開して、屹立する。
複雑な関節構造のはずだが、三秒とかからない迅速な変形だった。新世代の小型戦闘機と呼ばれるに相応しい滑らかな挙動である。
二本の脚部と二本の腕を備えているとはいえ、大型に分類される【パワードスーツ】であるので、人型とは言い難い。直立したカエルがイメージとしては近いか。
漆黒を基調とする機体のデザインに、次々と生徒達から困惑の声があがる。
「……あれは《リヴェリオン》?」
あちこちで囁かれる機体名称は、過日のテロ事件で使用された【パワードスーツ】のもの。
【堂桜防衛産機】開発部の一部が独断で極秘開発したものが、【エルメ・サイア】ニホン支部の残党に横流しされた――と、警察から公式発表された、疑惑の機体だ。
細部に差はあれど、その《リヴェリオン》に酷似している。
『説明しよう。その機体の正式名称は《ネオ・リヴェリオン》という』
その声に、会場内が驚きに包まれる。
四方の巨大スクリーンが【パワードスーツ】のカタログ・データに切り替わった。
旧《リヴェリオン》と《ネオ・リヴェリオン》のスペック比較もある。
『この闘技場内のシステムは、全てジャックさせてもらった。以前の《リヴェリオン》の流出データを元に、この私――神家啓子が新たに開発した新型《リヴェリオン》だ』
女子生徒アナウンサーがマイクに話し掛けても、無音のまま反応しない。
騒然となる場内の生徒達および各学校の魔導教師陣。
そんな中、得意げな啓子の口上が続く――
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…
神家啓子はアリーナ席のVIPブースの中にいた。
一人ではない。
隣には、小振りな鼻立ちにより想起させられる気弱さが、丁寧なショートホブカットによって一層引き立てられている、小柄で細身の少女が座っている。
おっとりしている、大人しそうな彼女は、その柔和な外見から想像しにくい凶悪犯罪者だ。
齢十五にして、国際指名手配されている少女の名は――笠縞陽流。
陽流は啓子に訊いた。
「あたしも【EEE】を着て、ローラの支援に向かう準備をした方がいい?」
「不必要よ。段取りにはないでしょう」
「でも、ケイネス」
陽流が口にしたDr.ケイネスというのも、正確には神家啓子と同じく偽名だ。
しかし本名である堂桜那々覇は棄てた名でもある。神家啓子も今回限りで棄てる予定だ。
化粧というか、特殊メイク程度で簡単に欺けるのだから、堂桜統護も間抜けである。
ケイネスは陽流の頭を撫でて、陽流を黙らせた。
そしてスピーカーへの口上を続ける。
『これからは昨日までに敗退した諸君等への、新しい敗者復活イベントだ。プレゼントは言うまでもなく《ネオ・リヴェリオン》三機。職業【ソーサラー】を志す若者よ。諸君等は私の《ネオ・リヴェリオン》と戦わなければならない』
ブース内に設置している数多のモニタには、場内と場外の様子が映されている。
ここまで問題ない。生徒達もパニックになる気配はない。
流石にエリート揃いだ。テロに遭遇した程度で、狼狽える者は皆無といったところか。
銃口を向けられたとしても警戒はするが、決して恐れるものではない――が、戦闘系魔術師の心得だ。刃物や銃口に怯える程度ならば、戦闘系魔術師の適性は絶望である。
『情報遮断用【結界】と人員配置により、外部からの援軍は絶望的な状況であると伝えよう。なにしろ対抗戦という初の特殊イベント中であり、その警備態勢・警備計画も警察に提出している。そういった中にあって、外部が異常を認めて鎮圧部隊の派遣を決定するまでに、相応の時間を要するのは必至である。こちら側もそれを計算に入れて計画を立てた』
それでも生徒達と教師陣からパニックは起こらない。
むしろ戦闘態勢を取ろうと覚悟を固めていた。
アリーナ席のVIP達は……当たり前だが、静観している。
それも計画内なのだ。
『ゲームのルールは簡潔だ。外部が異常を認めて鎮圧部隊派遣を決定する情報がこちらに入るまで、《ネオ・リヴェリオン》三機から、アリーナ席のVIP達を守り通せば、諸君等の勝ちとなる。あるいは《ネオ・リヴェリオン》三機を打倒するか。なに気楽な訓練と思ってくれていい。こちら側はとあるVIPを浚うのが目的であり、死者を出す予定はない。私の《ネオ・リヴェリオン》およびパイロット達は、死者を出すようなヘマはしない。だが逃走を謀るのならば背中から致死攻撃を撃つ』
標的の、とあるVIPは自分と陽流に設定していた。
ケイネスの説明に、各校の若き戦闘系魔術師たちが、それぞれの魔導教師陣の指揮下で陣形を整え始めた。教師陣も互いの連携と指揮系統を確認し合う。
即興かつ即席なのに、迅速な手際だ。
『逃げ出す者はゼロか……。実にいい心構えだ。そちらから仕掛けてきてもいいが、せっかくの機会なので《ネオ・リヴェリオン》以上の私の最高傑作を知りたくはないかね?』
陣形が完成していく。
攻撃布陣・防御布陣・補給をも想定した補助チームと、組織されていき、数多の若き戦闘系魔術師たちが学校という垣根を越えて、統率された一個兵団となる。
そんな中、《ネオ・リヴェリオン》のフロントハッチが開き、パイロットが姿を見せた。
これには誰もが驚きを隠せない。
『ああ、今攻撃すると堂桜統護の頭に風穴が空くから早まらないように。なに、紹介が終われば、お待ちかねのゲームスタートだ。人質がいるから攻撃禁止、なんて無粋はこれっきりなので、どうか我慢してもらいたい』
白と空色を基調としたパイロット・スーツに身を包んでいるのは、小柄で細身の女性だ。
三人ともに体格が酷似している。
フルフェース型のヘルメットを、三人同時に脱いだ。
ヘルメットから解放された貌は――三名とも同一であった。
それも気弱で柔和そうな、ニホン人の少女だ。
意外に過ぎる光景。
あちこちから、どよめきが起こる。困惑がさざ波のように伝播していく。
ケイネスには心地よい反応だ。
『彼女達が私の最高傑作だ。誤解のないように言っておくが、整形で同一の貌にしているのではない。なにしろ体格も全く同一だからね。そしてクローンでもない。クローンだと成長促進剤を投与しなければならないので、どうしても寿命劣化と突然死のリスクを避けられないのだよ。さて、果たして彼女達の顔に見覚えがある者はどれだけいるかな?』
ケイネスはモニタの幾つかに視線を這わす。
淡雪と優季の顔が凍りついていた。その表情に、ケイネスはほくそ笑む。
みみ架は……怒りに顔を歪めている。あら、綺麗な顔が台無しね。
『彼女達三名の鋳型は、最高のパイロットとしての資質をもち、かつ【ナノマシン・ブーステッド】として完全に適合した奇蹟の存在で、国際指名手配テロリスト――笠縞陽流だ』
成功した初期ロット三名。
極秘で米軍に募り、志願した一千三百二十七名の女性軍人の中で、死亡せずに順応してみせた、三名もの成功者である。【ナノマシン・ブーステッド】化させるにあたって、最終調整に手間取ったが、どうにか間に合った。
ニホンへの緊急搬送を、伊武川夏子に目撃されてしまったが、それは今では些事だ。
死亡した一千三百二十四名もの尊い犠牲と、訓練事故と報されている志願者の遺族の悲しみを思えば……、腹の底から笑いが込み上げてくる。彼女達が志願する時点で、所詮はその程度の家族関係だったという事なのだから。
『まあ、量産化して出荷する際は、整形して顔は笠縞陽流とは別々にする予定だがね』
オリジナルの笠縞陽流を100とすれば、計測された三名の能力は。
ハルル01が76。
ハルル02が74。
ハルル03が81。
ナンバー頭の0は初期ロットを示し、下の数字が号を意味している。
三名は再びヘルメットを被った。
そして機体の中へと戻り、フロントハッチが閉じられる。
『従来のパイロットでは、どれ程の訓練を施しても《ネオ・リヴェリオン》の性能を引き出せない。しかし、この三名は別。彼女達だけが《ネオ・リヴェリオン》を自在に操れる』
改めて私の最高傑作の名称を紹介しよう――と、ケイネスが告げる。
『……その名も《ハルル・シリーズ》ッ!!』
三機の《ネオ・リヴェリオン》が、全身から燐光を発した。
搭乗している《ハルル・シリーズ》三名は、声を揃えて【ワード】を唱える。
その声色も陽流と同一だ。
「「「 ――サードACT 」」」
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