第四章 真の始まり 13 ―裏側―
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「……ホント、信じられない程、ド嵌まりだわ」
みみ架が金網フェンスから出たのを確認し、朱芽は統護を抱き寄せた。
肩を貸して支えている統護の身体は力感が皆無である。自分も身を以て味わったが、みみ架の発勁は別格なのだろう。魔術を超えた神秘の攻撃だ。
「どうした? 朱芽」
「ううん。その様子だと決勝戦は難しそうよね」
「可能な限り不戦敗は避けたいんだけど、これはちょっと厳しいな」
「心配しなくていいよ」
朱芽は笑う。顔だけではなく、心中で。
ここまで無防備に自分を信頼してくれるなんて――
こうしてパートナーとして時間を積み重ねた甲斐があった。
ずぶり。
統護の首筋に隠し持っていた注射を打ち込む。中身は調整された筋弛緩剤である。
愕然となる統護。完全に油断を突かれた。
「驚いた? ミミとバトルしたかったのは嘘じゃなく本当。で、いくらアンタでもミミと試合形式で戦えば、勝敗に関係なくこうなるって予想できたから。勝つのは想定外だったけど」
「お前!? お前は――ッ!?」
「あらら。呂律が回るって凄い。弛緩剤の効果が遅いのかな?」
朱芽は統護の背後に回り、素早く左腕と肩関節を極めて、右のこめかみに小銃――デリンジャーを押しつけた。いくら魔術師に純物理兵器が通用せず、かつ対抗戦の参加選手だからとはいえ、ボディチェックが甘過ぎだ。だからこその対抗戦エントリーであったのだが。トリガーを引くだけでいいので、魔術師ではない統護には、もっとも適した脅し道具である。
統護と朱芽の様子に気が付いた生徒達が騒然となる。
『え? どうしました、朱芽選手。統護選手と揉めているんでしょうか』
冷たい声音で、朱芽が言った。
「決勝なんて心配いらないって! 何故なら現時点で対抗戦は終わりなんだからさ!!」
アナウンサーが絶句する。
事態の異変は、統護の拘束だけでは終わらない。
ブゥヴォォォオオォオオンンンン!
巨大な魔術が発動した。
闘技場全体を包囲する大規模【結界】――《アブソリュート・ワールド》だ。
超広範囲の情報隠蔽魔術である。闘技場が赤色の円柱で封鎖された。
明らかに朱芽の単独魔術ではない。朱芽一人では起動不可能な超大規模魔術である。
つまり、複数人の魔術師が協力者として潜んでいる事に他ならない。
それだけではなく、この《アブソリュート・ワールド》は魔術師を基点とする【直接魔導】ではない。闘技場に仕込まれている【間接魔導】なのだ。超大規模とはいえ、規格化されている魔術であるので、【結界】が仕込まれている事自体は不思議ではない。問題なのは通常、施設にプリインストールされる防御用物理遮断【結界】ではなく、情報隠蔽用かつ巨大な魔力量を消費する《アブソリュート・ワールド》がプリインストールされていた事だ。
朱芽は【結界】が正常維持されているのを認識する。
これで堂桜財閥の軌道衛星や、堂桜以外の観測用人工衛星から観られる心配はなくなった。【結界】内部にあるはずの、堂桜側の超小型ドローンは無視して問題ない。堂桜側にならば、好きなだけ撮影されてもいいのである。
統護の耳元に囁く。
「これでクラスメートとしてはお別れになるね、統護」
「何者だよ、朱芽」
二重国籍者、と朱芽は統護に教える。
ニホン人としての朱芽・ローランドは本物だ。
亡き母の私生児としてのハーフ。アメリア人の父からの仕送りで単身で生活している少女。ニホン人の母親は本当に鬼籍に入っている。【聖イビリアル学園】の学籍も本物である。決してスパイでなかった。
けれど残念だが、ニホン国籍と【聖イビリアル学園】の学籍とは、本日を以てお別れだ。
彼女のアメリア人としての国籍は――
「ローラよ。ローラ・朱芽・アンダーソンっていうのが、アメリア人としての私」
それ以上は教えない。いずれは知られるだろうが、余計な情報は与えないのが鉄則だ。
今この場においては、在日している米軍【暗部】の将校――通称『ショーグン』の娘である事に、大した意味はないのだから。
ミッション《堂桜統護捕獲プロジェクト》は、最終の第三フェーズに移行だ。
ここからが本番でもある。
ヴゥン。音源は空。快晴の青空に、三つの渦が生じた。
これも闘技場にプリインストールされている【間接魔導】――光学迷彩系のステルス魔術だ。
渦から黒い機体が姿を現す。
三つの渦から大型【パワードスーツ】が三機、ゆっくりと降下してきた。
人型ではなく、高機動型戦車モードと定義されている四肢を折り畳んだ移動用の形態である。
今朝方から待機させていたのだ。
突然のテロ。
それも内部者が主導しての奇襲でもある。
しかし生徒達がパニックにならないのは、流石に職業として戦闘系魔術師を志す者といったところか。
朱芽、いや、ローラは周囲に知らしめる為に宣言した。
「前座は終わりよ。それじゃあ……、盛大で豪華なパーティを始めましょうかッ!!」
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…
このミッションの発端は、MMフェスタ――『堂桜・マジック&マシン・フェスティバル』で起こった【エルメ・サイア】によるテロであった。
当時、ニホンに凱旋帰国してブームであった歌手、榊乃原ユリのステージだ。
ユリに仕込まれていた【魔術人格】により、彼女は【エレメントマスター】として起動してしまう。【エレメントマスター】とは魔術プログラムを単一エレメントに特化して、かつ通常ユーザーに設定されている限界値を超えた意識容量と魔力総量を注ぎ込んで軌道衛星側にリンクする事により、システム側が想定している安全領域を意図的に突破できる魔術師を指す。
システム側が特例的な安全措置として、演算領域を拡張して割り当てるので、【エレメントマスター】は通常の魔術師よりも遙かに巨大な演算能力を得るのだ。むろん術者の魔力総量と意識容量が拡張演算領域――『マスターユーザー』に相応しいからこそ、意味がある。
その【エレメントマスター】――コードネーム《神声のセイレーン》と対峙したのが、オルタナティヴと名乗る『何でも屋』の少女と、堂桜統護であった。
オルタナティヴという存在についても謎が多い。しかし、彼女がセイレーンとの戦いで披露したチカラは、あくまで既存の個人レヴェルを逸脱していなかった。『スーパーユーザー』として《アブソリュート・ワールド》を使用したが、『スーパーユーザー』による拡張魔術は、国際的に暗黙されている。彼女が正規のライセンスで軌道衛星【ウルティマ】にアクセスしていた以上、現時点では過干渉できないのだ。
問題は――《アブソリュート・ワールド》によって隠蔽された統護の戦闘能力である。
堂桜側の軌道衛星はもとより、各主要国が飛ばしている観測用人工衛星のカメラを魔術的に遮断した巨大【結界】内において、統護は巨大なチカラをもってセイレーンの【基本形態】である大規模【結界】――《ナイトメア・ステージ》を破壊したのだ。
彼の異名でもある特異魔力による現象――《デヴァイスクラッシャー》では不可能だ。
また、テロを鎮圧する為に現場に赴いていた特殊部隊からの目撃情報によれば、統護は魔術としか思えない超常現象を発現させていたらしい。
なんでも巨大なカラスと、カラスが変化した雅やかな和装の巨人を召喚していたとか。
【結界】によるジャミングで映像として記録できなかったので、詳細は不明だ。そう。オルタナティヴが展開した《アブソリュート・ワールド》は【結界】内の記憶装置にも影響する様にパラメータ設定されていたのである。加えて、後に堂桜側がネットに発表した統護とセイレーンの戦闘映像と、現場での目撃証言が食い違っている。堂桜側が統護を撮影(監視&保護)しているドローンの映像は、明らかに改竄されているという事だ。そして、他の魔術戦闘も同じように改竄された代物である可能性が高い。その改竄は米軍の最先端技術をもってしても解析不能だった。
間違いなく――劣等生である事をフォローする目的以外にも意図がある。
つまり、ユピテル戦と同じく、何らかの巨大なチカラを《デヴァイスクラッシャー》を隠れ蓑して、隠しているのだ。
統護が堂桜一族の『スーパーユーザー』として力を発揮したのならば、別に問題視される事などなかった。
しかし統護は戦闘系魔術師ではない。根本的に魔術が使えないのだ。
○何故、《アブソリュート・ワールド》でチカラを隠蔽する必要があった?
○魔術を使用できるのならば、劣等生で《デヴァイスクラッシャー》と偽る理由は?
○逆に彼が魔術を使用できないのならば、魔術に類似した巨大なチカラとは?
堂桜側に事情を確認するも、彼の超人化した肉体と《デヴァイスクラッシャー》のデータが提出されるのみで、他は調査・研究中の一点張りなのである。公表している戦闘データの改竄についても分からないという。しかし堂桜側も戦闘データについては疑問視していると回答があった。つまり、ルシア・A・吹雪野しか真実をしらないという事らしい。かの《アイスドール》への直接交渉は、いかに米軍【暗部】といえど不可能だ。そこまで命知らずではない。
嘘ではない――というのが、アメリアおよび他主要国家、そして国連の見解だ。
堂桜側ですら統護(と、ルシア)の全容を把握できず、また、それ故に彼の情報に対するイニシアチブを守る為に、統護達の秘匿行為に荷担せざるを得ないのだろうと推論された。
とはいえ、特異性のみならば、そう危険視される話ではない。
個人で《神声のセイレーン》を正面から打倒できる巨大なチカラであるから問題なのだ。
それもチカラの上限すら定かではない。
あまりに危険だ。
こんな正体不明のチカラを、堂桜側の事情だけで自由にさせるわけにはいかないのである。
いくら【魔導機術】における技術と権利を一手にしている堂桜財閥とはいえ、統護の件だけは国際社会が目を瞑る道理はなかった。
仮に統護が堂桜財閥の嫡男でなければ、各国特殊部隊による暗殺対象になっている。暗殺か拉致されていただろう。堂桜側が統護を監視・保護しているドローンさえ排除可能ならば、すぐにでも統護の監視体制を整えたいのが本音である。
ニホン政府ならば、後付けでどうとでも交渉可能だ。
基本的にはアメリア政府の言いなりなのだから。
しかし、堂桜財閥に正面から喧嘩を売って、仮にこの【イグニアス】世界から【魔導機術】を取り上げられでもしたら、それは国際問題を超えてしまう。
故に、どさくさ紛れに統護を強奪・捕獲してから、裏で堂桜本家と取引するという選択肢を採ったのである。
各国のトップが裏で協調した。ニホン政府からも黙認と不干渉を取り付けてあった。
音頭をとって主導したのが、米軍【暗部】というわけだ。
ミッション《堂桜統護捕獲プロジェクト》において、白羽の矢が立ったのが、ニホン人――朱芽・ローランドとして【聖イビリアル学園】に在籍しているローラであった。
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