第四章 真の始まり 10 ―統護VSみみ架③―
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10
淡雪が首を横に振った。
「黒鳳凰さんのルシア戦と同じ流れになってきました。あれ程の域にあるお兄様の業ですら、あの鬼神にはまるで通用しないとは」
「打開する方法はないの? ねえ淡雪。ボクやっぱり統護に勝って欲しいよ」
「切っ掛けです。ルシアは地面からの攻撃魔術で彼女のリズムを一瞬とはいえ、崩しました。だから何かの切っ掛けで、彼女のリズムを崩すことができれば、あるいは――」
ドンッ! 勁を込められた双掌打で、統護は弾き飛ばされた。
辛うじてガードはしていたのでダメージは軽微だ。しかし、みみ架の狙いは。
滑り込むように、みみ架は統護の懐に踏み込んできた。
統護を下げて間合いを広げて、そこへ飛び込むように大股でステップイン。足の並びは震脚の為のガニ股だ。軽く握られた左拳は、統護の胸へ軽く添えられていた。
同時に、みみ架の懐にある《ワイズワード》から疑似ワイヤが四方に打ち込まれる。
決めにきたのだ。
頁で精製された疑似ワイヤによって、みみ架が地面に固定された、その時。
統護も一瞬遅れで、みみ架の右脇腹へと左拳を触れさせる。
パンチで迎撃しても間に合わない――と、統護は判断した。ルシアと同じく化勁で無効化されてしまうリスクもある。ルシアのように彼女の寸勁を弾き返す術もない。
(だから、純粋に真っ向から相打ちを狙わせてもらうぜ!)
疑似ワイヤで自身を縛り付ける、みみ架のタイムラグによって、統護の準備が追いつく。
独特の呼気によって氣を勁へと変換して左拳へと集中。
後は震脚をトリガーに撃ち込むのみだ。
ふと思い出す。教室での実演で、みみ架に「未熟」と断じられた発勁だが――
「ぅぉぉぉぉおおおッ!」
統護の寸勁と同タイミングで、みみ架の【ワード】が紡がれる。
「【魔導武術】――秘技《ワン・インチ・キャノン》ッ!!」
同時だが、相打ちではなかった。
統護の寸勁は、みみ架の化勁によって無効化されていた。
そして、彼女の魔術強化ヴァージョンの寸勁は、容赦なく統護を撃ち抜く。
反力がみみ架の身体に襲いかかるが、地面に張り巡らせている疑似ワイヤによって、反力を地面へと流し、逆に地面からの反力を拳へと戻す。いわば物理現象を超える魔術現象を利用した、発勁の共鳴増幅だ。単なる寸勁ではなく、魔術によって倍加させる妙が、彼女の【魔導武術】の神髄である。
ガカァァアァアアンン!
発勁が完璧に炸裂した反響音が、甲高く響き渡った。
統護の身体は砲弾のように吹っ飛び、リングを仕切る金網フェンスに叩きつけられる。
落下した統護は仰向けで大の字を晒した。ピクリとも動かない。
痛烈なダウンシーンに、淡雪と優季が悲鳴を上げる。
「お、お兄様ぁぁああああっ!」
「統護ぉぉおおおおお!!」
歓声が爆発する。アナウンサーが興奮して叫ぶ。
『二度目っ!! 二度目のダウンです! 倒れたというよりも、強烈に堕ちたぁぁぁ!! 堂桜統護、またしてもダウンを喫しましたぁ!! これは決定打となるか!? 恐るべし《ワン・インチ・キャノン》!! 恐るべし【魔導武術】! そして恐るべし黒鳳凰みみ架!! あの堂桜統護を相手にして凄まじい強さです!』
これが近接戦闘ならば世界最強の強さ――と、会場の興奮はマックスまで上がった。
優季が「立って、立って統護ぉ!!」と悲痛に声援を送る。
対して、淡雪は足下に視線を落とした。
「駄目です。やはり試合形式では、いえ、まともに戦ってはあの鬼神には勝てません……」
諦念に満ちたその台詞を、優季は淡雪を向いて否定しようした。
『またしても立ったぁ!! 統護選手、カウント9ギリギリで、立ち上がりました!』
アナウンスに、優季は慌てて視線をリングに戻す。
統護がダウンから起き上がり、ファイティングポーズをとって続行の意志を示した。
ダメージは色濃いが、まだ余力は残っている。しかし次はないかもしれない。
みみ架が呆れた声を出す。
「パワーとスピードよりも、無尽蔵のスタミナと馬鹿げた耐久力こそが、貴方の超人化した身の本領ね。今の一撃、常人なら普通に死んでいるダメージなんだけど」
「そんな一撃を食らわせるなよ。ま、俺も当たれば死ぬ打撃をやってたけどな」
当たれば、であって、当たるはずがない技術差であったが。
淡雪と優季は心配そうに統護を見つめていた。
隣の《スカーレット・シスターズ》の表情は、真紅の仮面に閉ざされて窺えない。
続行の期待に、観客が更にヒートアップする。
「……で、まだ続けるつもりかしら? 勝負あったと思うけど」
冷たい声音。
冷然と降伏を促すみみ架に、統護は苦笑を堪えられなかった。
それだけの実力差だろう。
「確かにこのまま続けても意味ないな。でも、悪いが、このままじゃ終われない」
「その顔。そう。まだ策はあるってワケね」
統護は自信を込めて首肯した。
「そりゃあ今までの攻防は、ここから先の伏線に過ぎないからな」
「伏線? へえ、期待していいのかしら?」
「もちろんだ。俺にしか使えない対委員長の『究極チート奥義』を解放するからな」
みみ架は胡散臭げに眉を潜める。
「究極チート奥義? そんなの堂桜にあるのかしら」
構わず、統護は一方的かつ意味深に云った。
「お前にしか有効でない、かつ俺にしか使えない、その奥義の名は……
――秘技《みみ架殺し》っていうんだ」
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…
みみ架殺し――そのフレーズの響きに、みみ架は失笑する。
当然の反応だな、と統護も気にしない。いや、むしろ想定通りだ。
統護は構えをボクシングベースに戻した。
「それも『究極チート奥義』の《みみ架殺し》とやらに含まれているのかしら?」
「いいから委員長も構えろよ。ま、構えなくとも遠慮なくいかせてもらうけどな!」
最速のフットワークで統護は飛び込んだ。
とにかく飛ばす。身体機能に依存したアップテンポで、スピードのみに特化している。
今までのダメージを感じさせない動きだ。
統護とて平気ではないが、ここが勝負所である。残りの力を全て注ぎ込む。
申し訳程度に左ジャブを出すが、みみ架は軽々と躱した。
統護の超スピードに観戦している生徒達はド肝を抜かれるが、対照的に、みみ架は呆れ返る。
「そのバカみたいな速度に意味があるの? 鬼ごっこでもするつもりかしら?」
彼女の言葉通りに、統護は速く移動しているだけだ。
正面から突っ込むのではなく、サークリングしている。
軸足でストッピングできない過剰な速度なので、サイドステップしながら打撃を放っても軸が決まらない。左ジャブ以外は打っても身体と一緒に流れてしまう。しかも速すぎなので打撃の初動に入ると、逆に慣性がフォームの邪魔をする。
みみ架のようなラン&ガンなどできない。単に走っているに等しいのだ。
統護は意味ありげに笑んだ。
フットワークを切り返して、みみ架の脇を駆け抜ける。
すれ違い際、耳元でこう言った。
「まずはお前の誤解を解消しようと思ってな」
「誤解? この鬼ごっこの?」
統護は動く。可能な限り高速で、ひたすら的を絞らせない超挙動だ。
超人化していない常人ならば、すぐにスタミナ切れを起こしてしまうだろう。みみ架でさえ、全力で絶え間なく動けば、二分と保たない。ゆえに効果的にスタミナを運用し、かつ戦闘中にでも可能ならば力を抜いて休息を摂る。それもまた戦術であり経験だ。
効果的な脱力およびリラックスは運動において最も大事なのだ。
だが、超人化した統護とオルタナティヴは、その常識を無視して全力行動の継続ができる。
「誤解というのは、俺のお前に対する――気持ちだ」
気持ち、という言葉に、みみ架の顔が露骨に強ばった。
想定通りの反応である。なまじ強すぎて余裕があり、かつ、相手の情報を無意識下で集積できる彼女なだけに、こういった揺さぶりは有効だと思っていた。
「こんな時に何を言うのよ!?」
「いいや。こんな時だから……だよ!」
動揺あり、とみて左ジャブを放ったが、それは捌かれた。だが、先程より余裕がない。
まだまだ浅いか。パンチではなく、言葉が。
みみ架が顔を歪めて言う。
「なによ。この機に乗じて約束を反故にしようって魂胆なワケ!? そんなにイヤかしら? そうよね嫌だわよね、あんな詐欺みたいなやり口での約束なんてっ!」
こっちが切り出す前に、向こうからペラペラと喋り始めた。
みみ架の顔は真っ赤だ。
統護はニヤつきそうになる顔を、必死に抑える。
(やっぱり色々と不満を溜め込んでいるんだな、委員長)
唐突にみみ架がヒステリックに叫いたので、会場中が「?」という微妙な雰囲気に変化した。
二人の約束を知らないのだから、当然である。
対して、二人の約束を知る優季は、興味深そうな表情になった。
「心理面での揺さぶりに切り替えたね、統護」
「女性の恋愛感情につけ込むなんて、お世辞にも上品な作戦とはいえませんけど」
「でも心理的な揺さぶりはボク達も選択肢に入れていたけどね、淡雪。委員長ってさ、理詰めで理論武装できるけど、激情家っていうか自分の事だと感情を抑えられないし」
「ええ。それが黒鳳凰さんの一番の弱点でしょう。それにしても《みみ架殺し》ですか」
「《みみ架殺し》なんて宣言したんだから、きっちりと『殺す』と思うよ、統護は」
統護は端的に問い返す。
「お前の方こそ、俺に不満があるんじゃないか? 嫌なのはそっちだろ?」
「嫌も何も、わたしは堂桜くんを利用するだけ。貴方だって同じ筈。血脈を絶やさない為に。互いにそれだけのギブ&テイク、ウィン・ウィンってやつよ!」
あの夜の、みみ架の自虐を思い返す。
――〝ただ一つ、わたし達の子に悪いと思うのは、卑怯な『約束』を楯に、母が父に産ませて貰った事かしらね。理想は両親に愛があって生を受ける事だけど、こればかりは仕方ないわね〟――
真剣な口調で、統護は云った。
「理想は両親に愛があって生を受ける事って、お前、俺に言ったよな」
「言ったが何よ!?」
「お前の両親には愛があったろ。祖父さんと祖母さんの件は不幸だったかもしれないが、それでも、祖父さんはお前とお前の母親を愛しているんだ。やり方が残念だっただけで」
その台詞に、客席の弦斎が泣きそうな顔になる。
「婿殿……」
みみ架が吠えた。
「はぁぁ!? 試合中だってのに、ふざけているの!?」
「そうだよ。今は試合中だ。実戦じゃない。試合じゃなきゃ、こんな手は使えないよなぁ?」
「お涙頂戴で精神を乱そうっていっても――ッ!!」
「現に乱れまくってるだろ。で、秘技《みみ架殺し》は次の一手なんだな、これが」
統護はフットワークを止めると、みみ架に正対した。
あっさりしたと自然な口調で伝える。
「俺、お前のコト、好きだから。もちろん異性としてって意味で」
唐突な愛の告白。しかも気軽な物言いだ。
ポカンとなる、みみ架。
「好きだ。今じゃ約束の発端なんてどうでもいい。お前が俺を好きじゃなくて利用するだけでも、俺はお前が好きだから」
全身を震わせて、みみ架は統護を睨む。
「その殺し文句が秘技《みみ架殺し》とやらなワケ……!! 随分とバカにされたものね。そんな嘘にわたしが騙されるとでも!? ふざけないでよっ」
「好きだってのは嘘じゃない。まあ、動揺を誘う手段にしているのも嘘じゃないが」
「信じられないわっ!」
「どっちが?」
「どうせ試合が終わったら、動揺させる為の嘘だったって言うに決まっている!!」
「そっちか。それだと流石に最低過ぎるだろ」
会場中が静まり返り、二人の会話に集中していた。
女子生徒アナウンサーが言葉を探している中、隣席の美弥子がため息混じりに言った。
『こういう手段を使いかねないから、堂桜くんにルールで制限を課したんですけどね……』
『どうします? 反則、とります?』
『様子見です。累丘さんにとっても、真剣かつ意味の重い内容のようですし』
『でも、なんか痴話喧嘩っぽくなってますけど』
みみ架は薄ら笑いを演出する。
統護はその表情で、作戦成功を確信した。
「理解できないわ。そもそも、わたしなんかのどこが好きだってのよ?」
「顔とスタイルだ」
「な――」
「慣れたら性格も可愛く思えるようになっていた。偏屈で素直じゃないのはご愛敬だな」
「悪かったわね! 偏屈で素直じゃなくって!」
「その通りだろ。けどまあ、なんだか俺、お前を好きだとお前が迷惑っぽいし、俺をビジネスライクに利用したいだけみたいだから、そうだな……、俺――
――お前への想いを断ち切って、諦めるよ」
みみ架の顔が凍りついた。
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