第四章 真の始まり 7 ―朱芽VSみみ架―
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7
準決勝第一試合――
みみ架は泰然と立っているのみ。
しかし特製ホルダーによって懐に収納してある本型AMP《ワイズワード》は、起動済みで待機状態となっている。プリインストールされている《ワイズワード》用の【基本形態】も発動済みだ。専用【AMP】の操作に特化している特殊タイプ(無形)の【基本形態】である。
明らかに先手をとる意志のない彼女に対し、朱芽は【基本形態】――《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》を顕現させた。
巨大なパワーヴィジョン型の【基本形態】は、【結界】と見紛いそうな規模である。
いや、魔術理論学による【結界】の定義によっては、【結界】の亜種として分類可能な、それ程の魔術的パワーだ。
創製された手球と的球は、砂地を利した【地】のエレメントである。
朱芽の【ワード】が響く。
「――《ブレイクショット・スナイプ》ッ!!」
真の開幕を告げるのは、アナウンサーの開始の声ではなく、手球の炸裂音だ。
ガガガガガガガガガガッ!!
ビリヤードのブレイクショットを模した魔術射撃が、縦横無尽に《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》のテーブル内で反射して、みみ架を幻惑する。みみ架は電脳世界内の超時間軸かつ超視界で、【ベース・ウィンドウ】による魔術サーチと演算を放棄していた。みみ架の魔術オペレーション技術では、朱芽の魔術射撃の軌道の解析が追いつかない。ならば、余計(無駄)な事にリソースを使わないという選択だ。
統護は動かない。
最初から朱芽との約束である。朱芽はみみ架との一騎打ちを希望して、対抗戦に出ていた。
「いけえっ」
朱芽の一声と同時に、七番ボールと九番ボールが、みみ架の側面と背面から襲いかかる。
だが、その二球は彼女をすり抜けた。
正確には、当たる寸前で、みみ架は立ち位置を変えたのだ。そして、元に戻した。
驚愕に目を見開くのは、施術者の朱芽のみではない。会場内の者、全員だ。
「は、ははっ。《陽炎》の応用ってわけね」
【不破鳳凰流】の運足の妙に驚いたのでない。手球を含めて、十の魔術弾を正確に把握している、みみ架の洞察力こそ、真に恐るべき事である。魔術オペレーションによる超時間と超視界ではなく、現実時間と有視界で完璧に見切っている――という脅威だ。
みみ架は右手を高々と掲げる。
その手には――《ワイズワード》の頁によって精製されたビリヤード・キューだ。
誰もが「まさか」と固唾を呑む。
次の瞬間、みみ架はビリヤード・キューをテーブル面に沿って構えると、鋭く突き出す。
ガァン! キュー先が捉えたのは、高速で駆け巡っている手球だ。
手球は他の球に当たる。その球はさらに別の球に当たり、連鎖反応が起こった。
みみ架のショットによって、九つの弾が軌道を変えた。
そして、六番球と九番球がポケットに落ちる。
「まずはわたしの一ゲーム先取ね」
ナインボール・ルールならば、九番をポケットに入れた時点でゲームセットだ。
実際、《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》の基本設定として、ナインボールをベースにして魔術を発動した場合、九番球の出し入れによって、手球と的球のリセットを判断するというパラメータになっていた。
【基本形態】の魔術プログラムに従い、残りの的球が強制的にポケットに収納されていく。
手球が朱芽の元へ戻った。
新しいラックとボールによって、次のゲームを開始させる間を、みみ架は与えない。
「――【不破鳳凰流】運足、《縮致》」
その呟きを、朱芽が、統護が、会場内の観衆が耳にした時には、みみ架は朱芽の懐にステップインしていた。
縮地法と《陽炎》の合わせ技――と理屈の上では簡単だが、見る者には瞬間移動に等しい。
「ッ!!」
朱芽がみみ架の接近を理解したのは、視認よりも先に、気配の察知であった。
【魔導機術】の制御よりも、近接戦闘による迎撃に意識を切り替える。
その判断に要した時間は一秒。
そう。反射で本能的に対応できなかった朱芽は、一秒も要してしまった。
ミスではない。相手の反射を殺すのが、《縮致》の妙にして、縮地との差異である。
みみ架の懐から《ワーズワード》の疑似ワイヤが四方八方に張り巡らされる。疑似ワイヤによって、みみ架は地面と一体化した。朱芽の腹部には、みみ架の左拳が触れている。
発勁の浸透・共鳴音が鳴り響く。
ガカァァアアアアアアぁあんンンッ!!
その音で我に返ったアナウンサーの絶叫が追従した。
『みみ架選手の十八番《ワン・インチ・キャノン》炸裂ゥ!!』
観衆の認識が追いつかない中、朱芽の姿がみみ架の前から消えていた。
『朱芽選手、ブッ飛んだ!』
がぁしゃぁぁあんん!
寸勁の魔術強化版――みみ架の【魔導武術】の一撃で、朱芽は金網に叩きつけられる。
衝撃で、金網フェンスが大きくたわんだ。
朱芽の【基本形態】が消失。
砂地に墜落した朱芽は、辛うじて受け身をとっていたが、金網に背中を預けてしゃがんだままの姿勢で、高々と両手を挙げる。立ち上がる意志はない。
清々しい苦笑いを浮かべ、降参した。
「参った。やっぱハンパなく強いね、ミミ。満足満足。お腹一杯だわ。今の私じゃこれが精一杯。これ以上の無理は『次』に影響しかねないから、後は統護に任せるとするわ」
呆気ない幕切れに、場内が静まり返った。
『ギブアップ! 朱芽選手、戦意喪失によるTKO負けです!! なんと、なんと雪羅選手とのDブロック決勝戦であれ程の実力を示した朱芽選手、全く歯が立ちませんでしたぁ!』
単純にレヴェルが違う。
みみ架の圧倒的な実力に、会場中の者が声を出すのを忘れている。
優季が頬に冷や汗を流した。
「うっわぁ。朱芽、全然相手になってなかったよ」
淡雪も表情を険しくする。
「地力に差があり過ぎましたね。接近を許した時点で終わっていました」
「そりゃあ、ボクとロイドの二人がかりでも勝てなかった、あのルシアに優勢勝ちするくらいだからね、委員長は。ボク達も接近されたら、あっという間にKO負けだ」
「ええ。しかし接近を許さなければ、いくらで勝機はあります。累丘、いえ黒鳳凰さんが最強なのは近接戦闘に限定しての話で、そして私達は二対一なのですから」
「うん。委員長は打撃力に特化しているだけでなく、根本的にロングレンジでの火力がないからね。二人の連携で火力勝負に持ち込もう」
彼女達の横にいる《スカーレット・シスターズ》のシスター一号が言った。
「黒鳳凰みみ架戦のシミュレートなど、貴女達には無意味だな」
話し掛けられた優季が驚く。主に口調にだ。
シスター一号は、統護から目を離さずに続けた。
「決勝戦は堂桜統護と私達、紅の義姉妹だ」
「言うねぇ。でも、ボク達も君達《スカーレット・シスターズ》に勝つつもりだから」
「しかし貴女達は統護が決勝に勝ち上がってくるとは思っていない」
淡雪が見解を述べる。
「ロングレンジ戦が可能となる実戦ならば、お兄様は黒鳳凰さんに勝てます。いえ、誰にも負けないでしょう。しかし近接戦に持ち込みやすいリング内での試合となると、相性からいっても、お兄様が試合で勝つのは困難だと思います」
シスター二号が否定の言葉を発した。
「堂桜統護は決して負けない。そう信じているから、私達、紅の義姉妹はこの場にいるわ」
四人の視線の先――
統護はみみ架へと歩み寄っていく。
手出ししない、という約束であったが、そんな約束などなくとも、手出しできなかった。
朱芽の《ブレイクショット・スナイプ》に割り込んで仕掛ける訓練はしていたが、間違いなくみみ架には通用しなかった。彼女は多人数を相手に立ち回るのを前提としている。
そして統護の格闘技能は、修行の一環に過ぎない為に、実は一対一でしか十全で機能しない。
組み手やスパーリングといった実戦練習も、父母に課せられた一対一しか経験がないのだ。多人数を相手にした実戦は、学園の屋上で【ブラック・メンズ】を相手にした、あの時のみ。
山籠もりで、熊・鹿・猪といった野生動物を相手にした事もあるが、練習とは言い難かった。
……鍛錬やトレーニングだけではない。この異世界【イグニアス】に来てから重ねた戦いが、統護を急激に実戦仕様に磨き上げている。
朱芽は言った。次に影響しかねないから、自分に任せると。
(任されたぜ、朱芽)
アリーナ側の客席へと目をやる。招待した弦斎と門下生達のブースだ。
みみ架が言った。
「じゃあ、せっかくの試合だから堂桜くんに稽古をつけてあげるわ」
「そのつもりもあるが、それだけじゃなくて、勝たせて貰うぜ」
「へえ? 確かに総合力ならば貴方はわたしよりも――強い。だけど自らに枷をかしている《デヴァイスクラッシャー》の堂桜統護じゃ、ハンデが大き過ぎだと思うけど?」
統護は両拳を肩口に構える。
ボクシングのオーソドックス・スタイルだ。
「お前の祖父さんに約束したんだよ。お前の土俵でお前に勝つってな」
「そう言う割りには、堂桜――いえ、蘊奥の業ではなくて近代ボクシングベースでくるのね。それってオルタナティヴのマーシャルアーツとは意味合いが違うでしょうに」
「こいつが一番、立ち技で一対一だと合理的なんでな」
「いいでしょう。ならばわたしも国宝奥の業ではなく、その合理的なスタイルに付き合うわ」
みみ架もボクシング・スタイルになる。
予想外の構えに、客席からどよめきが起こった。
もはや魔術戦闘ではなく、純粋な格闘戦闘といった様相を呈していた。
場内が緊迫感に瞬きすら惜しむ中。
鏡合わせのように酷似した構えから、両者が一気に動き出す――
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