第四章 真の始まり 3 ―Dブロック決勝戦③―
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圧倒的な優勢。
連撃も次で最後――。朱芽は次での勝利を確信した。
雪羅は防御で手一杯だ。
このまま魔術で押し切れる。
五度目の《フォローショット・スナイプ》は、【風】のエレメントによる風弾である。
為す術なく防戦一方に追い込まれていた雪羅は――
「――《フリージング・ニードル》」
防御ではなく、一転してのカウンター的に攻撃魔術を選択した。
朱芽はギクリとなる。
一か八か。あるいは相打ち狙い。雪羅の性格と試合ルールからして、あり得ない。
後の先になるのに、防御を棄てて攻撃してくるという事は、すなわち。
キュゥォォォオオオ――……
朱芽の《フォローショット・スナイプ》が、雪羅の眼前で分解されていく。
魔術分解。
確認するまでもなく、臣人の《スペル=プロセス・オミット》が発動したのだ。
雪羅の顔には快心の笑み。
攻撃魔術の発動直後だ。【基本形態】が【結界】の雪羅とは違い、防御魔術は間に合わない。電脳世界内の【アプリケーション・ウィンドウ】に[ WARNING ]の警句が踊る。咄嗟に朱芽は防御姿勢をとり、他を犠牲にして耐魔術性のパラメータをマックスに割り振った。耐えろ、耐えろ、耐えろ!
ズドドドドドドッドドドッ!!
刹那の差で、朱芽の身体を《フリージング・ニードル》が貫いた。
氷の散弾針に撃ち付けられた朱芽は、真後ろに飛ばされて、背中から倒れ込む。
驚愕混じりの大歓声。
そして、一拍遅れでのアナウンサーの絶叫。
『ダァゥウ~~~~ンッ!! 逆転! 逆転のダウンです! 朱芽選手、倒れたぁぁ!!』
決着寸前からの逆転劇に、闘技場が沸騰した。
雪羅が小さくガッツポーズした。
紙一重で意識を繋ぎ止めていた朱芽は、夜空を仰ぎながら心中で相棒に毒づく。
(しくったわね、統護。バカたれ)
自分が倒されたのは理解できる。大丈夫、記憶は飛んでいない。落ち着け。冷静になれ。
立てるか。いや、立つのだ。大歓声の中にあって、カウントが朱芽の耳朶に届く。
そして「立て、朱芽」という統護の叫びも。つまり『交代エリア』に統護が待機している。
スリー、フォー、ファイブ……
ルールではテンカウントでKO敗けになる。タッグマッチなので、朱芽が反撃しなければ、立ち上がってから三秒間の猶予が、パートナーとの交代用に認められていた。加えて、その三秒を生かす為に、ダウンした相手に魔術によるロックオンは禁止されている。
カウントアウトまで、残り三秒。二秒。
吠えた。
「ぅぁぁぁああああぁああああっっ!」
仰向けから俯せに転がり、雄叫びで己を鼓舞して、朱芽は一気に立ち上がる。
『立った! 朱芽選手、立ち上がったぁ。そのまま『交代エリア』へと走りだす!!』
視界が揺れる。足がもつれる。地面がグラグラと傾く。真っ直ぐに走れない。
統護が待つ『交代エリア』が途方もなく遠く感じる――
足下に魔術射撃による着弾。よろけたのが幸いした。この距離で外すとは、超視界の標的演算に頼り過ぎだから、有視界での照準がこんなにも下手くそなのだ、ザマァみろ。
しかし、もう三秒が過ぎたのか。三秒もかけて、まだ統護に到着しないとは、なんて遅い。
フラフラの千鳥足ながら、ようやく朱芽は『交代エリア』へと飛び込む。
「統護!」
「済まない。よく帰ってきた」
追撃は二種類だ。雪羅だけではなく、臣人がストックしていた《フォローショット・スナイプ》を消費させたのは、幸運であった。
「後は任せたからね」
「分かっている」
統護と入れ替わり、朱芽はサポートステージの壁に身体を預けた。
サポートステージ内の臣人を見る。このまま横になり寝てしまいたいが、そうはいかない。しばらくはまともに戦えない。よって臣人との距離を一定に保たなければならないのだ。
面白い。楽しい。朱芽は薄く微笑んだ。
…
『朱芽選手、どうにか統護選手と交代! これでメインステージは……』
場内が盛り上がっていく。
堂桜統護と氷室雪羅が、舞台の中央で対峙している。
雪羅が嬉しそうに両目を眇めた。
「待っていました、この時を。堂桜統護――貴方の強さ、見せて貰いますよ」
「ああ。こっちもお手並み拝見させてもらうぜ」
きぃぃぃいぃいいいぃいぃいい――……
再び《ダイヤモンド・スノゥスケープ》の基本出力が上昇していく。
だが、統護は自身の魔力を活性化させ、雪羅の【結界】効果をシャットアウトした。
魔術抵抗(レジスト)ではない。魔術師による抗魔術性でもない。魔力の作用で相手の基本性能をキャンセルしているのだ。
「やはり《デヴァイスクラッシャー》という特別な技というよりも、貴方の存在と魔力そのものが特殊なんですね。朱芽さんの仰る通りに【結界】の基本性能では通じないようです」
「いや。寒いことは寒いぜ。できればホッ●イロが欲しいところだ」
魔術効果は及ばないが、物理現象として下がっている周囲の低温はかなり堪える。超人化している身体でなければ、寒くて動けなかったかもしれない。
軽口を終えると、統護は駆け出す。
朱芽と同じ靴底に細工を施しており、スパイクを付加している。しかし、それでも気をつけないと滑ってしまう。踏み込み時のブレーキを考えると、速度は普段よりも大幅に抑えざるを得ない。
雪羅は【結界】による床面操作によって、自在に移動しながら氷針を撃ってくる。
間断ない射撃を巧みにかい潜りながら、統護は間合いを詰めにいく。魔術的なロックオンが自働で無効になる統護にとって、このレヴェルの射撃ならば問題ない。
ロングレンジを保てない雪羅は歯噛みした。
「ダメっ。魔術による遠距離攻撃を躱し慣れている……ッ!!」
「セオリー通り過ぎで、意外性がないな」
明らかに、雪羅は実戦経験が足りていない。
朱芽相手でもそうだったが、今までスペック的に格下相手にしか戦ってこなかったので、同格以上を相手にすると簡単にボロが出てしまう。
この【イグニアス】世界で幾度の死闘を経てきた統護にとっては、物足りない程だ。
経験を積めば、パワーやスペックによるゴリ押しが、いかに未熟か理解できるようになる。
「戦闘ってのはな、自分より強い相手にいかに渡り合えるかってのが肝心なんだよ」
レッスンしてやろう、と統護は雪羅に右パンチを打つ。
雪羅は《クリスタル・インターセプト》で統護の右拳を捉える――が。
《デヴァイスクラッシャー》と異名される拳は、雪羅の防御魔術を粉砕する。
砕け散りながら輝くダイヤモンドダスト。
しかし雪羅も織り込み済みで、二層目の《クリスタル・インターセプト》で止めにいく。
二層目が砕かれた直後に、三層目ではなく、右ハイキックでカウンターを狙う作戦だ。
格闘技能は淡雪よりはマシか、と統護は判断した。あくまでマシという程度だ。
統護は二層目になる《クリスタル・インターセプト》を砕かずに、そのまま拳を束縛される。
軽く左肩でモーションを入れて、フェイントした。
「ならば左ですか!?」
右ストレートから返しの左フックを警戒する雪羅に、統護は答える。
「いいや。朱芽の置き土産だ」
その台詞を雪羅が理解する前に、密かにメインステージ内壁の疾走を続けていた朱芽の土弾が、突如として彼女の背後で跳弾となって、強襲した。これには臣人も反応できない。
朱芽ならば、ロックオン機能を用いずにこのレヴェルの芸当が可能なのだ。
雪羅の電脳世界内にある【アプリケーション・ウィンドウ】群の大半に[ STORM ]と表示されて対応オペレーションを要求してくるが、術者本人の現実世界での動きが間に合わない。
《ダイヤモンド・スノゥスケープ》が魔術攻撃を自動認識して、防御壁を張るが――【結界】の基本防御機能を、朱芽の砲弾はものともせずに突破してしまう。
雪羅の背中に、砲弾がスピンを伴ってめり込んだ。
ゴキゴキゴキィ!
肉が軋み、骨が不気味な音を奏でる。喀血した雪羅は、弓なりに背中を仰け反った。
苦しげな顔のまま朱芽はベロリと舌を出す。
「悪いね。やっぱり中坊には負けられないからさ♪」
弓なりの反動でくの字に身体を折った雪羅は、そのまま力なく前のめりにダイブする。
どさり、という小さな音。闘技場が凍りついた。
『再度の逆転! ぎゃくてぇぇええんん!! 今度は雪羅選手がダウンしたぁ!』
ゆっくりと静寂が破れる中、カウントが進む。
地の底から這い出るような、呻きめいた歓声が波紋していった。
「がはぁ! ごほっぉ!!」
血が混じった呻きをあげ、雪羅が立ち上がろうともがく。歯を食いしばり喀血を押さえ込む。
限界まで眦を開き――俯せから四つん這いになった。カウントはすでに『4』だ。
朱芽は臣人の位置を確認する。臣人は『交代エリア』に移動済みだ。今の朱芽には、臣人を妨害するだけの余力どころか、彼との距離をキープするだけで精一杯である。
雪羅は上体を持ち上げて、膝立ちになった。
統護はゆっくりと下がる。
カウント8で、雪羅は勢いをつけて立ち上がった。鬼の形相だ。
『た、たったぁぁああああっ! 絶望的かと思われたダウンから、雪羅選手、立ち上がった』
応援の歓声と拍手が鳴り響く。
しかし、傍目にも雪羅が限界なのは明白だ。軽く小突けば倒れそうな案配である。
『どうにか立ちましたけれど、これでは雪羅選手、臣人選手との交代は……』
呆気なく三秒の猶予が過ぎる。
勝負ありだ。辛うじて【基本形態】を維持しているものの、雪羅は胡乱に立っているだけだ。
統護がトドメを刺すのは容易な状況である。
眉間に皺を寄せ、雪羅は統護を見据えている。
人差し指を『交代エリア』で待つ臣人へ向けて、統護は宣言した。
「兄貴と代わりな。出し抜かれたまま終わりじゃ消化不良だ。なにより俺と氷室臣人との決着をこのメインステージでつけさせてくれ」
わぁぁあぁあああああああああっ!
場内が盛り上がった。
『なんと統護選手、臣人選手との一騎打ちを要求! 雪羅選手、歩き出しました』
重い足取りであるが、雪羅は臣人へと歩く。
統護はサポートステージ内の朱芽を振り返る。朱芽は親指を立てて右拳を向け返した。
優季はワクワクした表情で見守っているが、淡雪は心配そうだ。
ようやく雪羅が『交代エリア』に到着した。
「ごめんなさい、兄さん」
「相手が上手だった、それだけだ。無理に喋らずに休んでいろ」
「ええ」
サポートステージの内壁を背もたれにする雪羅。
雪羅は朱芽を探す。朱芽も雪羅を見ている。二人ともサポートステージで戦う余力はない。
メインステージへと踏み入った臣人は、統護は向き合う。
『いよいよ決着の時は近いか! 今度はメインステージ中央で両者が激突しますっ』
共にパートナーである戦闘系魔術師が実質的にリタイアして、奇しくも試合前に観衆に期待されていた構図が実現していた。
対峙した統護は、臣人に告げた。
「さっきは逃げられたけれど、サポートステージ内の続きといこうぜ!」
「逃げたつもりはないが、打ち合いには応じよう」
統護と臣人。揃ってファイティングポースをとる。
次の瞬間。
大歓声を背に、二人は再び真正面から拳をぶつけ合いにいく――
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