第四章 真の始まり 1 ―Dブロック決勝戦①―
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淡雪が創り出す雪原とは似て非なる――雪結晶とダイヤモンドダストが煌めく冬世界。
現世とは異なる独立空間は、【魔導機術】において【結界】と定義されている。
その名称を《ダイヤモンド・スノゥスケープ》といい、氷室雪羅の【基本形態】だ。
【結界】内に設定されている各パラメータを調整して、雪羅は《ダイヤモンド・スノゥスケープ》の影響範囲をメインステージと同調させた。
次いで、【DVIS】を介して魔力を注ぎ込み、【結界】の基本性能の出力を上げていく。
雪景色内で踊る光彩群が輝きを増し――メインステージ内の温度が急激に低下した。
「いい具合に涼しいわ。一家に一人、アンタがいれば夏場はクーラー要らずね」
だが、マイナス百度におよぶ魔術的超低温現象を、朱芽は平然と魔術抵抗(レジスト)していた。この程度の魔術効果――朱芽にとっては魔術ワクチンの精製は簡単に過ぎる。
レジストされた雪羅は表情を変えない。
「やはり基本性能による魔術効果では、貴女には通用しませんか」
「大した魔力総量だけど、魔術としての強度はともかく密度が足りてないんじゃないの?」
「そうですね。しかし【結界】といえども《ダイヤモンド・スノゥスケープ》はあくまで【基本形態】――つまり本気の攻撃魔術のベースとなる基点に過ぎません」
朱芽は《スターダスト》を構えた。
忠実に基本に則ったビリヤードのブレイクショットの姿勢である。
同時に、《ダイヤモンド・スノゥスケープ》の魔術効果に干渉して、氷球を創り出すと《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》にセットした。球の配置はナインボール・ルールである。
軽く息を飲む雪羅。
ニィ、と朱芽は意地悪く笑む。
「言ったでしょ。強度はともかく密度不足だって。【結界】そのものはセキュリティに阻まれて干渉不可能でも、魔術現象の結果として残った物理結果――つまり末端の雪と氷くらいは、こちら側の魔術現象に組み込めるって寸法よ。勉強になった? 初心者サン♪」
魔術ハッキングと総称される現象だ。魔術戦闘時には極めて珍しい。ハッキング(乗っ取った)したのは一部の基本性能である。朱芽は【結界】の基本性能を魔術抵抗(レジスト)した際に、同時にある程度の干渉用ウィルスも精製していたのだ。それを周囲の魔術効果に対し、ハッキングにより常態化させている。
超次元に展開した電脳世界における【ベース・ウィンドウ】で行う魔術オペレーションの技量と魔術理論では、完全に朱芽が一枚上手か。
「ええ。とても。貴重なご教授でした」
雪羅は【ベース・ウィンドウ】でウィルス検索を行う。ウィルス干渉を受けている【アプリケーション・ウィンドウ】が検索できた。現実時間軸とは異なる超時間軸において、対処を開始。【コマンド】を入力していく。二つの時間感覚、そして有視界と超視界を平行させるのが、魔術戦闘の基本である。
「ついでに授業料はタダにしてあげるから、遠慮せずに受け取りなさい――
――《ブレイクショット・スナイプ》ッ!!」
ズガァァン!
朱芽の【ワード】により、突かれた手球が弾と化した。
女子生徒アナウンサーが声を張り上げる。
『先制攻撃は、朱芽選手の射撃系魔術だぁぁああああああぁっ!!』
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…
一方、統護は臣人のもとへと移動していた。
今回の『インターチェンジ・デュエル』という試合について、統護と臣人には特別ルールが追加されており、両チームとも了承している。
統護の《デヴァイスクラッシャー》の使用については、メインステージ内では、同エリア内の相手には従来通りだ。そして遠隔型でのサポートステージ内の相手への攻撃については、一試合に三度までという条件を守るならば、自由に行える。
逆にサポートステージから、メインステージへの遠隔型クラッシャーの使用は『援護エリア』内のみに限定されていた。
対して、臣人の《スペル=プロセス・オミット》の使用制限については、メインステージ内で同エリアの相手に対しては、魔術分解・魔術再現ともに自由に使用可能だ。サポートステージにいる相手には、魔術分解のみを許可とされた。
臣人がサポートステージにいる場合は、統護と同じく『援護エリア』でしか使用できない。
統護の遠隔型は、三発しか使用できない上に、精確に相手との相対空間距離を掴んでいないと、成功には程遠い代物である。
呑気に『援護エリア』で、雪羅の隙を待っているつもりはない。
それに統護が『援護エリア』に待機するという事は、臣人も『援護エリア』で妨害なく自由に《スペル=プロセス・オミット》で、雪羅をフォローできるという事を意味する。
よって統護は、朱芽との打ち合わせに従い、朱芽のフォローを度外視して臣人を妨害するべく、彼のもとへと走る。
臣人は統護を待ち構えていた。
二つのステージを仕切る隔壁は透明である。
自分の走りを見た臣人が、ゆっくりとこちら側へ歩き出したのは分かっていた。
どうやら臣人と雪羅も同じ方針のようだ。
時計でいうのならば、四つの『援護エリア』は0時・3時・6時・9時に位置している。
二つの『交代エリア』は2時と8時だ。
統護と臣人は7時地点で対峙する事となった。
女子生徒アナウンサーが実況する。
『さあ、サポートステージにおいても統護選手と臣人選手が戦いを始める模様!! 幅が三メートルしかない外周部においては、とにかく前後の動きが重要となるでしょう』
メインステージでは、朱芽と雪羅が戦闘を開始している。
統護も迷わず、臣人へ殴りかかった。
『あぁっと! 出会い頭に、統護選手が臣人選手にダッシュナックルをかましたっ! しかし臣人選手は冷静にブロック!』
飛び込みながらの右ストレートは、相手の足を止めるのが目的だ。
予定通りに両腕でガードさせた統護は、足を止めた臣人に右のミドルキックを繰り出す。積極的に統護が蹴り技を使うのは、非常に珍しい事である。
ドゴォァッツ!!
『続けて右ミドルッ!! 強烈だが、これも臣人選手、丁寧にブロック!』
これも予定通りである。
統護はブロックされても、右臑を強引に押し込んで――振り切る。
ヴァっ。臣人の両足が浮き、左側の外周壁に叩きつけられた。
『臣人選手、ガードしても壁際に吹っ飛んだぁ! やはり堂桜統護、規格外の身体能力です』
統護の蹴りを目にした観衆から、驚愕のため息が漏れる。
この速攻には狙いがある。
すかさず統護は位置取りを変えた。
臣人を蹴り飛ばした壁とは反対側の壁へと、身体を滑り込ませた。
統護のポジショニングに対応して、臣人も両足の位置を変化させて身体の向きを調節する。
『え、ええぇぇ!? こ、こ、これは一体!?』
二人の立ち位置――統護は内周壁を背に、臣人は外周壁を背にしていた。
『まさか、まさか前後の動きを棄てて、左右の動きで勝負するつもりだというのか!?』
違う。統護は左右の動きで勝負するつもりもなかった。
半径十五メートルとはいえ、サポートステージは弧を描いている通路である。外周側に臣人を置くと、臣人がサイドステップを踏もうとしても、統護側への斜め前へのステップとなってしまう。要するに、真横や斜め後ろへの動きを封じることができる。
なによりも――この場所・位置関係ならば、臣人の縮地を無意味化できるのが大きい。
臣人との打ち合いは、統護にとって必要な情報でもある。
臣人が言った。
「そちら側でいいのか、堂桜統護。それだとメインステージの様子が見えないだろう」
「誘ったのは俺だ。それに俺は相棒を信頼しているんでな」
統護は重心を落とし、両足の幅を左右に広げる。
同じように臣人も腰をどっしりを落ち着けた、クラウチングスタイルになった。
(そうか。応えてくれるのかよ)
ニィィ――、と統護の頬が不敵に釣り上がる。
ここからは、蹴りを封印しての――ボクシング・ベースでいく。
共に、ガードを肩口まで下げると、両拳を攻撃用に解放した。
臣人の両手に握られている二つの専用【AMP】――ハンドグリップが開いた状態でロックされる。
『二人揃って、こ、この極端な前傾した構えは……ッ!!』
単なる作戦だけではない。
統護は思う。氷室臣人という男を拳と肌で感じ取りたい。願わくば通じ合いたい――
たとえ感情は薄くとも、きっと心は熱い筈だから。
だから拳で会話しよう。
さあ、虚飾をなくして存分に語り合おうぜ、拳に気合いと魂を込めて!
『両者、フットワークと蹴りを棄てて――真正面からド突き合いにいったぁぁあああっ!!』
アナウンサーが興奮で絶叫する。
二人のパンチが、空気を切り裂き、唸りをあげた。
互いの素をさらけ出す拳の交換。拳の交錯。
しかしギブ&テイクの殴り合いではなく、共に卓越した防御技術を披露する。
超人と超人。剛拳と剛拳。
クリーンヒットを許さずに、四つの拳がガードを叩く轟音が、断続的に鳴り響く――
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