第三章 バーサス(VS) 10 ―記念懇親会―
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10
淡雪は改めて雪羅と向き合う。
不思議な感覚だ。二卵性双生児。確かに自分に瓜二つで、そして明白に差異がある。
話し掛けようとしたが、その前に雪羅が口を開いた。
「口振りからすると、堂桜詠月も戦闘系魔術師のようだけれど、あの人……強いの?」
淡雪は素直に認める。
「はい。血族としては遠縁も遠縁の彼女が、暗殺される事なく堂桜ナンバー3にまでなり、そして今もボディガードすら要さずに一人で堂々と歩けるのは、その実力ゆえです。あの女はまさに《怪物》と呼ぶに相応しい」
使用エレメントと魔術特性は不明だ。
知った者――すなわち戦った者は、全て詠月に消されている。
「詠月自身が口にしている【基本形態】の名称は
――《ダークムーン・サキュバス》」
彼女らしい名称です、と淡雪は表情を緩めた。
「それで? 私に何か用?」
「まずは謝罪させて下さい。堂桜の次期当主として」
淡雪は深々と腰を折る。
「迷惑よ。貴女に非がない程度は理解しているし、次期当主といっても大した実権はないでしょう。つまり責任だってまだないわ」
「それでも私は……」
「それよりも知りたい事があるんでしょう?」
淡雪は表情を改める。
「はい。私のスペアだという貴女と、貴女のご家族について短時間ながら調べさせてもらいました。しかし有益な情報は得られませんでした」
「察しはついていると思うけれど、現状の私達兄妹のパトロンは堂桜詠月よ。でも事故を装って家族を殺し、兄を脳改造したのはおそらく別の堂桜でしょうね」
「お願いします。そういった経緯を詳しくお話願えないでしょうか?」
可能ならば協力したい。
再び頭を下げる淡雪から、雪羅は視線を逸らした。
「別にこれといって口止めされてはいないけれど、馴れ合うつもりもないわ。特に詠月は堂桜財閥の内実を色々と知っている。今の私は詠月に従わざるを得ない立場なのよ」
「そうですか」
淡雪は引き下がる。やはり雪羅は兄と二人で戦いたいのだ。
家族の仇討ちに、他人を巻き込みたくないのだろう。
「対抗戦で私達兄妹に勝ったのならば、その時は話せる内容は話すわ。でも大した内容は話せないわ。私達の方が色々と知りたいんだから」
思い切って、淡雪は提案する。
「どちらが姉か妹かは分からないと貴女は言っていました。ならば対抗戦で勝った方が姉というのは、どうでしょうか?」
寂しそうな顔で、雪羅は首を横に振った。
「悪いけれど、貴女と姉妹になる時は、家族の復讐を終えた後だわ。その時までは他人――ライバルでいましょう」
表情を引き締め、雪羅は右手を差し出してくる。
その手を、淡雪は握手した。
…
会場には、海外から招いた一流オーケストラによる生演奏が、BGMとして流れている。
しかし、統護の聴覚は淡雪と雪羅の会話に集中していた。
音源は淡雪が特注した盗聴用小型イヤホンだ。
(どうやら和解とまではいかなくとも、それなりに打ち解けた様子だな)
そっと胸を撫で下ろす。
淡雪は統護の指示で雪羅と話し合いに向かっていた。生き別れだった双子の姉妹なのだ。できれば共闘して氷室兄妹の仇を討てれば望ましい。
その仇とて、簡単に馬脚を出さないのは承知の上である。淡雪どころか、父の宗護が保持する情報網であっても『誰が犯人か』は掴めない筈だ。情報隠蔽が完璧だと判断したからこそ、犯人は氷室兄妹を対抗戦という舞台で光の下に解き放ったのだろう。
今後は、統護たちもその犯人を追うつもりだ。
「……しかも堂桜詠月か」
統護とて《怪物》――堂桜財閥の若きナンバー3の事は知っていた。
三十代以下の若さで台頭している堂桜の女性有力者は珍しくない。今は有能ならば女性も社会進出できる世の中だ。しかし、その中でも詠月は別格であった。
ボディガードや男の影に隠れるような気質ではなく、政敵から刺客を仕向けられた場合は、詠月が自ら報復に出る――と云われている。戦闘者・暗殺者としても超一級品なのだ。
基本、ここ一年以上は海外を転々としていたはずで、まさかニホンに戻っていたとは。
詠月から感じられる自信は、己が最強だと疑っていない者のそれだ。
『お兄様。聞こえておりましたか?』
「ああ。感度はバッチリだ」
通話機能をオンにして答える。会場内の対【魔導機術】セキュリティを考慮して、純粋な電子機器を用いていた。魔術を用いていないので、喋る時は相手の声が聞こえない。トーク機能のオン・オフには注意が必要になるのは、無線会話の基本である。
『雪羅さんについては、やはり今はこれ以上は難しそうです』
「上出来だろ。試合後の睨み合いを思えば」
『恥ずかしいです。あの時はつい感情的になってしまいました。ところでお兄様』
「ん? こっちの首尾か?」
『いいえ大丈夫です。お兄様の様子も私のマイクから把握しております』
トーク機能に関係なく淡雪にこちらの音が届いていたという事は……
「ちょっと待て。聞いてねえよ」
盗聴されていたのか。やるならせめて事前に云っておいて欲しい。
『ふふ。お互いに盗聴し合う。理想的かつ素晴らしい兄妹関係だとは思いませんか?』
「欠片も思わん。ってか、盗聴するなと何度も云っているだろ」
統護は盗聴用小型イヤホンを外して、右手で包み込む。
「そっちの感度はどうだ?」
すかさずイヤホンを耳に戻す。
『良好です』
「……」
恐くなってきた。というか、恐い。ヤバイ。集音器は何処に仕込まれているのだろうか。
最悪で、この会場中のいたる箇所かもしれない。誰か助けて。
いくら身内の経営で外部者ではないとはいえ、このホテルの厳重なセキュリティを突破するなんて、無茶苦茶にも程がある。
「……なに一人でブツブツ言っているのよ、統護」
パートナーである朱芽の一言で、統護は我に返る。
今は朱芽をエスコートしている最中だ。
彼女を伴って、お偉いさん方に挨拶回りをしていた。MMフェスタで経験していたので、特に問題なくこなせた。大人側も統護の実情を知っているので、お互いに無駄な時間を消費せずに、極めて効率的でビジネスライクな時間であった。気楽とさえ思えた。
ほとんどが魔術関係者なので、普段ほどに白い目を向けられる事もない。例の『堂桜ハーレム』にしても、アッパーミドル層以上が多いので、女性関係の手広さには一般人よりも寛容だ。何しろ愛人を囲っていない金持ちの方が少ないのが実相である。
統護は愛想笑いで誤魔化す。
「ああ、悪い悪い。ちょっと思い出した事があって」
「なになに。家の用事が終わって、ひょっとしてプライヴェートな約束とか?」
朱芽がニヤつきながら、統護を肘で突っついた。
「ま、そんなところだ」
プライヴェート、という朱芽の台詞で優季を思い出す。パーティ開始当初は、彼女も一緒であった。優季も堂桜関連の大企業【HEH】の令嬢として、統護と共にお偉方に挨拶回りする予定だったが、すぐに旧知である【ニホン魔導開発大学付属学園】の生徒達に捕まった。
男子であると偽っていた過去の説明も含めて、優季は旧交を温めている。
ついでに優季の執事であるロイドも大人気だ。楽しそうな優季に、統護も安堵した。
優季は幸せにならなければならない。もちろん統護も尽力する覚悟だ。
豪華絢爛を極めている会場中を、改めて一望した。
記念懇親会――という名目に違わず、全国各地から集まった各校の面々が交流している。
同じ学校の制服同士ではなく、違う学校制服が入り交じっていた。
生徒会長である黎八も、他校の生徒会関係者や引率教師達と談笑している。戦いとはいっても、切磋琢磨が目的の試合だ。試合を離れれば、実に和やかな雰囲気である。
運営責任者の美弥子も忙しなく働いている。まるで給仕係のようだ。
気になるのは――夏子の不在だ。
(やっぱり今夜も冬子さんを見舞っているのか)
そして例の《スカーレット・シスターズ》は、予想通りに姿を見せない。マスクで顔を隠してたのだから当然だろう。あるいは素顔で会場に紛れ込んでいるかもしれない。
ホールのエントランス脇では、風間二三子が即売会を開いている。
公約を守り【聖イビリアル学園】放送部の女子アナウンサーが売り子をしていた。
それだけではなく、みみ架とパートナーの里央までもが手伝っている。
大盛況なのが、格調高い場の空気にそぐわない。
みみ架は顔筋が硬直している。売り子は全員、大流行している『艦隊これくたーズ』というソーシャルゲームのコスプレをしていた。『艦少女』と呼ばれる擬人化した戦艦のコスプレだ。際どい水着の上に、戦艦のパーツを各部にくっつけているという独特の格好である。
里央は楽しそうだ。みみ架は不機嫌そのもので、統護の視線に気が付くと、石化させられそうな凶悪な目で睨まれてしまった。統護は苦笑を堪えられなかった。
「これからどうする? 統護も有名人だし、どっかのグループに突撃する?」
「正直いうと、それ俺にはハードル高過ぎ」
淡雪の代わり、というよりも、本音では初対面である他校の生徒達と上手く会話できる自信ないので、大人相手への挨拶回りに逃げていたのだった。
「ひょっとして私と二人きりがいいとか?」
「そういうワケでもないというか、誤解を招く発言はやめてくれ」
盗聴されているんだよ、恐怖のマイシスターに。イヤホンの電源は切ったが無駄であろう。
それに、また機嫌が悪くなったら面倒だ。
「それだったら、私も勝手に行動させてもらうわね。他校に顔を売っておきたいし」
「わかった。付き合ってくれてサンキューな」
「統護と一緒にVIP連中に挨拶回りできて、有意義な時間だったわ」
そう言い置くと、朱芽は統護から離れて、賑わっている女子グループへと入っていった。
朱芽の背中を眺め、統護は自虐する。自分には、ああいった行動力はない。
(さて……と)
一段落ついた。朱芽から別れてくれて幸運である。
統護は次の目的――とある人物を探す。
いた。
――庭に面している窓際に、独りポツンと突っ立っている巨躯の男子生徒がいる。
微動だにしない。一切の飲食をしていない。彼の姿はマネキンそのものである。臣人の役目は義妹のボディガードだ。左目の《エレメント・アイ》が雪羅の専用【DVIS】とリンクしており、何か異変が起こった場合は、即座に駆けつけられる範囲内に、常にいるそうだ。
統護は彼へと歩み寄っていく。
不思議と緊張はしない。おそらく彼も『ぼっち』っぽいからだ。宇多宵晄の時もそうだったが、つくづく同類には敏感な男である。
「ちょっといいか? 氷室臣人」
「オレに用か?」
「少しでいいから付き合ってくれないか。話がある。アンタと妹さんについて――」
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