第三章 バーサス(VS) 5 ―みみ架VS風間姉弟①―
スポンサーリンク
5
刮目の中心――
アナウンサーの宣言に合わせ、タイマーが時を刻み始めた。
『試合開始ッ!!』
第七フィールドの試合時間のデジタル表示が『0』から『1』へと変わる刹那。
風間姉弟は緩やかに弧を描きながら、左右に散開した。《シャドウ・ツイスター》は四つずつ二人に追従していく。その様は、観衆の視認を振り切る突風の影。
みみ架もステップインしている。
姉弟が立っていた位置ではなく――一太郎の眼前に。
一太郎の影のごとく、瞬時にそこに居る。
実力では姉の二三子が上と判断し、みみ架は一太郎を仕留めにいった。
一太郎は直線的にバックステップし、リング際まで後退する。そのままリング下に降りて水風船を狙いにいく作戦か。
姿勢を低くして疾走する二三子は、鋭く旋回して、みみ架の背後へと迫った。
チラリ、と肩越しの視線で、みみ架は二三子を牽制する。
後退する一太郎に正対し、後ろから肉薄する二三子に挟まれる位置関係だ。
滑るような摺り足。半身になって姉弟を左右に置こうとした直前。
「残念っ! フェイントや」
一太郎が《シャドウ・ツイスター》を二つ、二三子の前に配置した。二つの《シャドウ・ツイスター》は拳大のバネ型――《エア・スクリュー・スポット》へと変化する。その《エア・スクリュー・スポット》にドロップキックの要領で両足をコネクトする二三子。
みみ架の背後から、二三子は跳ね返るようにUターンして離脱した。
弾丸のようにリング面すれすれを飛んでいく。
リング面に着地せず、自身の《エア・スクリュー・スポット》を前面にもっていき、足場にして空圧による反発力で加速した。
一方、後退していた一太郎は、リング際で踏み留まる。
みみ架の視線が姉にいった一瞬をどれだけ有用できるか否かが、勝負の分かれ目か。
飛び降りると見せかけて、みみ架を引きつけた一太郎と、背後から攻撃すると見せかけて、みみ架の背面という死角を確保した上で、飛び降りにいく二三子――という構図だ。
ここから先はタイムアタック勝負。
二三子が水風船に到達するのが先か、みみ架が一太郎を仕留めて、二三子を妨害してリングアウトさせるのが先か――
時計のデジタル表示が『2』となる。
一太郎は手裏剣を投擲した。
数は七つ。その内の三つを、みみ架は拳撃で霧散させた。
氣が込められた両拳には、バンテージのように《ワイズワード》の頁が巻かれている。
霧散した手裏剣は本物ではなく、微細な鉄粉の集合体であった。
更に一歩、みみ架は一太郎の懐に入ろうと――
四つの、素通りした『本物』の手裏剣は、みみ架が踏み込む位置のロープを切断していた。
ステップインするべき箇所は、何もない虚空になっている。
落ちるか、体勢を崩して急制動をかけるのは必至――と、一太郎は右拳に《シャドウ・ツイスター》の一つを纏う。その形状の名は《ツイスター・ブロウ》だ。
だが、みみ架は右足を力強く踏み込んだ。
思わず、みみ架の足下に視線をやる一太郎。その顔が強ばる。
踏み込まれた右足の下には、《ワイズワード》による疑似ワイヤが十字に張られていた。
いつの間にか、みみ架の両拳は素手になっている。
みみ架は一太郎の右拳を払った。と同時に、一太郎の右拳から攻撃魔術が発動する。みみ架ではなく、明後日の方向へ向かって。
こうしている間にも、二三子は反対側のリング際へと滑空している。
リング外へ到達した二三子は、ロープを掴んで体勢を変えた。《エア・スクリュー・スポット》を利したキック・ターンを決めて、再度、方向転換。高さはリング下へと潜っている。
時計のデジタル表示が『3』となる。
みみ架の左掌底が、下からの弧を描き、一太郎に打ち込まれた。
残った左腕でガードする一太郎であったが、発勁によってガード越しであってもダメージが伝播する。ガクン、と一太郎の身体が崩れかけた。
右の払いと左の掌打が一挙動で成される――【不破鳳凰流】の基本の型だ。
踏み留まる一太郎に、みみ架は動きの流れを止めない。
にぃ、と一太郎に笑みが浮かぶ。
一太郎は《ハッタリ君》からの微細な粉末を、みみ架と自身の間に散布していた。
その粉末は鉄粉ではなく――火薬である。
嘘は云っていない。みみ架が風間サイドの専用【AMP】の性能を知る権利を放棄した事を逆手にとった立派な戦法だ。それに、こういった手を『卑怯』と罵るのならば、戦闘系魔術師としての精神的な資質はゼロに等しいだろう。
みみ架は止まらない。いや、ここからは止まれない。
二三子が叫ぶ。
「やったれぇ! 目潰し喰らわせたれやっ」
ゴぅォッ。一太郎の魔術スパークで着火して、太陽フレアーめいた火線が閃く。
その灼熱の炎帯は、みみ架ではなく一太郎の顔面を覆った。
みみ架は肩から反転して、背中越しに体当たりを見舞っている。同時に、発勁と魔力放射を組み合わせ、炎を一太郎の顔面へと弾き返していた。
魔術の炎ならば発勁で防ぐのは不可能であるが、魔術で着火した火薬による物理的な炎――という点を衝いたのだ。眼球を守ろうと、咄嗟に瞳を閉じた一太郎は流石であったが、みみ架の背中からの体当て技を認識する余力は失っていた。
「【魔導武術】――体技《鉄山轟》」
ドゴォぅおッ!!
身体の反転と捻りを加えながら背中から肩を当てる――だけの単純なタックル技ではない。発勁と魔力放射との合わせ技で、インパクトの瞬間、腰と膝のバネを使って、相手をかち上げていた。中国拳法の八極拳や真意拳に酷似している豪快な業である。
意識を飛ばされた一太郎は、リングの遙か上へ――高々と舞い上がった。
みみ架は振り返る必要なく、視界に二三子を捉えている。
炎の目眩ましは関係ない。最初から視界を巡らせる為の体当て技――《鉄山轟》である。
「ド阿呆ぅ!! せめて背中を向けさせたままでやられんかい!」
あわよくは目潰しを、最低でも死角を確保したまま水風船に向かう――という作戦が通用せずに、二三子は失神している弟に毒づいた。
これで一対一。
時計のデジタル表示が『4』となる。
二三子は全速で水風船を目指す。
みみ架は迷わず《ワイズワード》の疑似ワイヤを解除した。当然ながら、足場がなくなって落下する。真下ではなく、体当て技をヒットさせた反力に身を任せ、斜めに落ちていく。
すかさず右手でロープを掴んで落下を防ぐと、左手から《ワイズワード》の頁で精製した紙の武具を繰り出した。
獲物を襲う蛇のようなその一撃は――多節棍である。
棍の先端が二三子を貫く――
――唐突に二三子の姿が大きく歪み、霧散して、忍び装束が多節棍に絡みついた。
快心の声をあげる二三子。
「いえ~~いっ! 堪忍なぁ~~。これぞ忍法・変わり身の術やぁッ!!」
専用【AMP】――《ハッタリ君》の鉄粉によって偽装できるのは、武器や炎だけではない。二三子本人の像を創り出して、自身にコーティングしていたのだ。
忍び装束をパージした二三子は、極小のTバッグに胸の三分の一程度を隠しているサラシのみという、下着姿というよりは裸と変わらない格好である。
会場内が固唾をのんだ。
裸と変わらない二三子の扇情的な姿にではなく、複数の《エア・スクリュー・スポット》を変幻自在かつ高速で跳び回る、二三子の圧倒的な運動能力に。
一直線に水風船へと跳ばないのは、みみ架が相打ち覚悟で二三子めがけて飛び降りてくるのを牽制する為だ。むろん《ワイズワード》で新しい武具を作り直す時間までは与えない。
時計のデジタル表示が『5』となる。
充分にみみ架が飛び降りるタイミングを牽制した――と、判断した二三子は水風船を狙う。
最後のジャンプで、ついに二三子は水風船に肉薄。
手を伸ばせば、水風船は割れる。
観衆の誰もがこう思った。
優勝候補筆頭が、まさかの初戦敗退だ、と。
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。