アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第4部(第10話)

第二章  ヒトあらざるモノ 1 ―特訓―

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         1

 放課後の裏山。
 裏山とはいっても、田舎の学園を囲っている自然風景とは異なる。山岳地帯での戦闘や、サバイバル訓練を行う事を前提として設計・管理されている人工的な小山だ。
 関東圏でも敷地に余裕がある地域に、この【セントイビリアル学園】があるとはいえ、これ程の規模の山林を設備として保有しているのは、一般的な学校ならば非常識に過ぎるだろう。

 統護は生い茂る木々の中に立っていた。

 今は自主訓練をしている。
 本日から対抗戦開始前日まで施設使用許可を取ってある。
 夏子によって、朱芽とのチームで対抗戦へのエントリーは認可された。担任である美弥子も異存はなかった。統護だけではなく、朱芽の実力も文句なしとの審査だった。
 あくまで噂であるが、書類審査のみでのパスは申請全体での二割程度らしい。残りの八割に対し、魔術教師による実技テストが順次実施されている。現時点では全滅に近いとの事だ。
 エントリー総数および参加他校も直前まで伏せられる。
 他校は【セントイビリアル学園】の有力エントリー者を調べて対策を講じてくるだろうが、主催校である本校の生徒には、可能な限りの事前情報を排除するという方針だ。
 要するに、ぶつけ本番で臨機応変に戦えるか否か――という点も審査対象になる。
 優勝チームは学費全額免除+大学卒業まで高額の奨学金支給。
 準優勝チームは学費免除。三位以下は実力に応じての一時金が支給される――が、そういった金銭に価値を見いだして参加する者は皆無だろう。単純に強い相手を求めてのエントリーという者が大半だ。そう、統護のパートナーのように……

「ンじゃ、初日だし互いに実力を確認するとしましょうか」

 弾む口調。朱芽の声が聞こえてきた。
 方向は正面から。魔術によって指向性を変化させていなければ、前に彼女はいる。
 声の大きさから推測すると距離は十メートル以上、二十メートル以内といったところか。
(気配は完璧に消している……か)
 自他共に認めるバトルマニアだけはある。
 二年次になって日が浅いので、まだカリキュラムによる【魔術摸擬戦】(三年次から)は行われていない。あくまで私的な魔術戦闘のみが情報源である。学園内でも有数のバトルマニアである朱芽の情報を調べたが、彼女が使用するエレメントは四大要素――『地・水・火・風』の内の【地】と判っている。
「――あ、そうそう。この訓練は堂桜の小型ドローンで撮影していても、非公開でお願いね。勝負じゃなくてあくまで訓練だし、手の内は外に隠したいから」
「分かっている。ルシアもその程度は心得ているはずだ」
 現在、統護という異質な存在は魔術師界および一部の特権階級層から注目されている。正確には、看過してもらえない。統護は統護で、自分の秘密が外部に漏れない様に細心の注意を払っている。そんな統護を、ルシアが飛ばす自律型の小型ドローンが、常にマークしているのだ。
 目的は三つ。
 外部からの盗撮用ドローンの警戒と破壊。
 堂桜上層部からの圧力による統護の監視。
 そして、統護が交戦した魔術戦闘の記録。
 統護の劣等生ぶりは、堂桜財閥の御曹司の失墜として有名になっており、世間でも評判が悪いのだ。つまり堂桜一族の面子に泥を塗っているに等しい。そんな面子を少しでも回復させようと、堂桜上層部による判断で、記録している統護の魔術戦闘をネットに放流している。間に咬んでいるルシアによって、統護の秘密が抜かれた改竄映像であるが。
 要するに、魔術が使えなくなっても魔術戦闘は問題ない――という世間へのアピールだ。
 確かに魔術師界と統護に注目している一部には、統護の連勝記録は一目以上置かれている。
 しかし、世間一般の評価は悪化していた。劣等生な成績を誤魔化す為に、喧嘩(魔術戦闘)の勝利を自慢する金持ちのDQNと、戦闘系魔術師ソーサラーが嫌いな一般層にボロクソに叩かれている。
 それに加えて、『堂桜ハーレム』と揶揄されている統護の女達の存在が知れ渡って、統護の評判は最悪だ。
 学園内の統護への視線にしても、成績最下位の魔導科よりも他の学科の生徒達の目の方が冷たい。
 それはさておき……
 統護は油断なく周囲の木々を睥睨し、朱芽を促した。
「いいぜ。お前の腕前、俺に見せてくれよ」
「その自信、頼もしいわ。でもって、私に叩きのめされたくらいで、自信喪失しないでよ」
「お前の方こそ俺をガッカリさせるなよ。ま、心配はしてないけどな」
「頑張ってご期待に応えましょうか――」
 統護の耳が、朱芽の「――ACT」という基本【ワード】を拾う。
 対する朱芽。
 彼女は【魔導機術】を立ち上げると同時に、愛用の【AMP】を作動させた。
 この【AMP】は細長い棒の形状だ。一般的な杖よりも長く、彼女の身長ほどもある。太さは棒術に使用する武具よりも細い。均一の経ではなく先端へいくに従って細くなっている。
 朱芽はそのスティックを地面に突き立て、足下に【魔方陣】を作った。
 【魔方陣】は地面を這うように進んでいき、統護の近くで停止する。朱芽は【ワード】を唱え、自身のオリジナル魔術を構築した。

「ゲームを開始するわ。――《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》」

 統護は息を飲む。
 聞いていない。調べた朱芽の【基本形態】は、【地】属性の『土の砲弾』を操る事に特化していた物であった。それなのに……
 足下まで滑り込んできた【魔方陣】が、眩い光を発して立体的に姿を変えていく。
 姿を顕したのはテーブルだ。
 長方形で縁が高い、とある機能性をもったゲーム用テーブル。角と縁には合計六つのポケット(穴)がある。高い縁は三角柱を横に寝かせたような段差がある独特の形状だ。

 すなわち――巨大なビリヤードテーブルである。

 キャロム用ではなくポケット競技用テーブルで、ラシャ(テーブル面)の高さは、統護の腰の辺りだ。
「おいおい。これって【結界】かよ」
 学園内で私的な魔術戦闘を繰り返しながら、まさか、こんな手の内を隠していたとは。
 朱芽の声は自慢げで、楽しげだ。
「驚いた? 定義するのなら【結界】というよりも、巨大な魔術幻像に近いけどね。【結界】ってほど空間を掌握してないっていうか、空間を掌握した結果のヴィジョンじゃなくて、あくまで《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》の像に従ってしか、空間作用を行えないから」
 学問としての魔術とは異なり、戦闘系魔術師ソーサラーが使用するオリジナル魔術およびオリジナル魔術理論は、定義が曖昧である事がままある。
 オリジナル魔術およびオリジナル魔術理論は、あくまで開発者本人のみに最適化された、いわば我流の極みであるからだ。それ故に、規格化され一般普及されている実用魔術より強力であるが、反面、開発者本人以外には使用に耐えられないという致命的欠陥も孕んでいる。
 朱芽は《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》の種を一つ明かす。
「実は独力での【基本形態】じゃなくて、個人所有の【AMP】を使用してのものなのよね」
「へえ。専用【AMP】持ちだったのかよ」
「学園内で見せるのは、これが初めてよ。対抗戦にはコレが必要だから」
 魔導武器としての【AMP】を個人所有している高校生は、かなり稀少である。
 単に所持するだけではなく、魔導武器として使用するのには、軌道衛星【ウルティマ】にライセンスを登録する必要があるからだ。
 史基が入院している病院に出入りしていた事を考えると、彼女にも相応のコネクションがあるとみていいだろう。それに、この【基本形態】は初めて知った。そして集団戦闘に向かず、趣味と趣向が全開の個人戦闘用だ。試作品かワンオフ品に違いない。
「私の【AMP】の名は《スターダスト》」
「さしずめビリヤードのキューを模している【AMP】ってところか」
「大正解って、そりゃバレバレか」
 朱芽はテーブルに身を乗り出して、指でブリッジを作りキューを添え、フォームを固める。
 構えをとると同時に、朱芽は周囲の土から手球と的球を創りだす。
 菱形の枠――ラックが出現し、九つの的球をテーブル中央に配置した。配置するとラックは消えた。
「ルールを説明するわね。別にビリヤードをやろうってんじゃないわ。私の的球を躱しつつ、私のダミー【DVIS】を破壊できれば統護の勝ち。守り切るか統護をノックアウトすれば私の勝ちね。身体能力にものをいわせて、私を力ずくで倒すのは禁止。それをやられると、私だって対抗するのに火力勝負に出ざるを得ないし、それだと訓練にならないから」
「オーケー。あくまで駆け引きと技巧での攻防ってわけな」
「訓練だからね。ファイヤパワーでの勝負が趣旨じゃない。あと可能なら遠隔型クラッシャーでダミー【DVIS】を破壊してもらえると頼もしいわね」
 標的である朱芽のダミー【DVIS】は、市販されている汎用【DVIS】だ。
 そして彼女の専用【DVIS】は、エクステンション型だ。エクステンションとは、キューの長さを伸長させる道具である。すでに【AMP】であるキューに連結済みだ。
「わかった。できるだけ遠隔型を試みる」
「最後にサービスとして、ひとつ手の内を明かしてあげるわ」
 ズガァン!

 朱芽は手球をブレイクショットした。

 手玉は炎を纏い、木々をすり抜け、菱形に整形されている九つの的球にヒットする。
 ガガガガガガガガガガガガッ!!
 高速で的球が弾ける。テーブルのスカートに反射、あるいは的球同士がぶつかり合い、《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》内を、様々かつ複雑な軌道を描き疾走する。
 しかも、その全てが炎弾と化している。遮蔽物を無視して透過する球は、縦横無尽に統護の周囲を踊る、踊る、踊る、踊る――
 あまりの異様な光景に、統護は立ち尽くすのみだ。
 当てる気がないのが分かっているから棒立ちで観察しているとはいえ、当てる気の攻撃だったのならば、果たして初見で対応できるだろうか。
 互いに相手を視認不可能――無視界の状態だ。通常の魔術戦闘ならばロックオンしての狙撃や砲撃となるが、生憎と統護には魔術的なロックオンは通用しない。【アプリケーション・ウィンドウ】が[ ERROR ]を引き起こしてフリーズするという現象が起こるのだ。
 よって朱芽は電脳世界の超視界に頼らずに、この射撃魔術をコントロールしている。
 ガコン、ガコン、ゴトン、ガゴン。
 重々しい音を響かせて、九つの的球全てがポケットの中に消え、手球は朱芽の前に戻る。
 再びラックが顕れ、的球をセットした。
「サービスで披露してあげた、挨拶代わりのサービスエース。説明すると木々――物体ををすり抜けられるかどうかは、たとえば木を一本一本個別設定はできないけれど、一括でならば設定変更可能よ。私の『土』に『炎』をコーティングしていたのは【AMP】の機能で、他にも【水】【風】もコーティング可能だから」
「なるほど。理解した」
 朱芽も限定的とはいえ、複数のエレメントを同時に使える猛者だったとは。
(道理で自信満々なわけだぜ)
 統護は構えをとった。右半身で両拳を肩口より上にもっていく。オーソドックスなボクシング・スタイルを選択した。フットワークを最大限に使いたい。
 思わず笑みが零れる。
 朱芽・ローランド。予想以上の強敵である。そして期待以上のパートナーだ。
「まだまだ手の内を隠していそうだな、お前」
「ま、それは追々。それに『手の内を隠している』――のは統護だって同じでしょ?」
 返事をせずに、統護は距離を詰めようとダッシュする。
 直線的には走れない。木々の隙間を縫うようにいく。速度は犠牲になるが、その分、フェイントとブラインドがかかる。
 ガァンッ!!
 キュー先が鋭く突き出され、朱芽の第二弾が放たれた。

 

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 統護と朱芽は訓練を終えた後、史基と武田を見舞いに病院に来ていた。
 武田は史基の病室に越していた。無駄に広い個室に一人よりも同居人が欲しい、という史基の要望だ。武田としても部屋のランクが上がるので、断る理由はなかった。
 見舞いは二十分ほどで切り上げた。
 史基と武田は怪我人とはいえ、それなりに楽しそうにしているので、心配は要らないだろう。座学に関しては、ネット通信で授業とテストを受けられるので、単位的にも大丈夫だ。出席日数と実技系の単位に関しては、退院後に学園側と折衝する予定になっている。
 事情が事情であるので間違いなく留年は回避できると、今日付で非公式に学園側からの見解がきているので、史基と武田は気楽にしていた。
「しかし武田はいい奴だよな」
 離れの休憩所で、朱芽にジュースを奢らされた統護は、しみじみと言った。
「なによ、いきなり」
「だってよ。武田、普通ならお前を恨んでもおかしくないのに、恨むどころか、お前の心配してたってんだから」
「武田が私を恨むって逆恨みじゃん。アイツが弱いのが悪いんだし。っていうか、統護だってもっと頑張らないと。いい線いってたけど、あれじゃまだまだだってば」
「初日だから花を持たせたんだよ」
「そりゃ統護が手加減しているのは、もちろん分かっているけどさ」
「ま、お互い様にな」
 統護とて、朱芽が手加減していたのは理解している。
 勝ち負けでいうのならば、標的であるダミー【DVIS】を破壊できなかった統護の負けだ。
 双方、有効打を欠いたまま時間切れであった。
 実戦ならば、相手の実力を封じて勝ちにいくが、それでは次に繋がらない。次を想定しない命のやり取りではないので、まずはお互いの技量をできる限り正確に把握するのが肝要だ。
 本番で戦うのではなく、チームを組んで協力し合うのだから。
(今日は充実した時間だったな)
 これほど身になった戦闘訓練は久しいといっていい。
 文字通りに怪我の功名だったのかもしれない。怪我をしたのは自分ではないが。

「――おや。堂桜の御曹司に、ローランド家のお嬢さんじゃないか」

 その声に振り向くと、知り合ったばかりの医者がいた。
 神家啓子という研究畑の女医だ。
 気だるげで、頭髪にはフケが浮いている。それなのに化粧だけは非常識に濃いのが目立つ。
 啓子は二人に許可を求めることなく、煙草を吸い始める。もちろん全館禁煙だ。
 朱芽が不愉快そうに言った。
「私、煙草の煙キライなんですが」
「ああ。私も病室で大声出すような見舞客は迷惑だった」
「……その一本で、貸し借りなしね」
「そういうつもりじゃなかったんだがね」
 興が削がれた、と呟き、啓子は煙草の火を消した。白衣のポケットに吸い殻を突っ込む。
 啓子は、統護と朱芽を見比べる。
「今日の用件は、友人の見舞いかな?」
 答えたのは統護だ。
「はい。もう見舞いは終わりました。これで帰るつもりです」
「帰ろうよ、統護」
 意味ありげに、啓子は両目を眇める。
「もしも時間があるのならば、少しだけ協力してもらえると助かるのだが」
「あ~~、残念ッ。私達は時間ないので帰りますぅ~~」
「おいおい」
「その反応からすると、御曹司の方は大丈夫そうね」
 統護は返事に詰まる。朱芽が睨んでいる。啓子ではなく自分を。
 数秒後。これ見よがしに肩を竦めた朱芽は、無言のまま一人で帰ってしまった。
 朱芽を追いかけなかった統護に、啓子は薄笑みを浮かべる。
「……じゃあ付き合って貰いましょうかね、御曹司」
「こうなったら付き合いますけれど、御曹司って呼び方は勘弁してください」
「了解したわ。――統護くん」
 啓子は白衣の裾を翻し、早足で歩き出す。
 統護は彼女の背に続いた。

 

 

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 本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。