第四章 光と影の歌声 25 ―統護VSセイレーン②―
スポンサーリンク
25
セイレーンの眼前に顕れた巨大なヴィジョン。
ソレは幻像ではなく、超常的に受肉している実体だ。
堂桜の〔契約〕と統護の〔魂〕が重なり合わさった結果――、彼の〔魔法〕によって実体化までもを成功させるという、堂桜統護の奇蹟のチカラ。
彼女は目を丸くして、ソレを凝視する。
統護のやや後ろ。その頭上に高々と舞い降り、巨大な両翼を拡げている漆黒の偉容――
巨大な鴉――それも三本足のカラスが顕現している。
一歩、二歩とセイレーンは後ずさった。
「なんだソレ……は。そのヴィジョンがお前の【基本形態】? いや【魔導機術】じゃないのだから、純粋にチカラを像と化したのか?」
「いいや、違うぜ」
統護が否定し、漆黒に濡れ光る巨大鴉が咆哮する。
黒鴉の羽ばたきに応じ、巨大かつ凶暴な風の奔流が発生し、統護はその暴風を懸命に制御した。うっかり外へ漏らすと大惨事になる。
「こいつは魔力の像じゃなくて、本物だ。本物の――」
紛う事なき現界した〔神〕である。
其の名は――〔霊鳥ヤタガラス〕。
迷った末に統護が選択したのは、物理的に風を起こすのに最も適した〔一柱〕であった。
そして、この狂った祭典(ライヴ)に幕引きする、最後の一撃に相応しい属性を司っている。
獰猛に啼く〔ヤタガラス〕。激しく唸る黒い両翼。
人に過ぎない統護に召喚された怒りを、咆哮と羽ばたきによって表現している。
局所的に吹き荒れる神威の風を、統護は風の〔精霊〕を使役し、束ねていく。
統護の額に汗が滲んだ。
(しっかりしろ。意識を保て。そして……信じろ)
召喚による負荷が、統護の精神を削り、意識を遠のかせる。超人化している肉体でさえ砕け散りそうだ。この〔ヤタガラス〕の怒りによって、今後、短期間とはいえ、世界中に竜巻被害が起こるだろう。
全身を震わせ、セイレーンが戦慄する。
「莫迦な。いえ、信じられない。本物の〔神〕を召喚できるだなんて……ッ!!」
統護は不敵に笑んでみせる。
「信じる、信じないはお前の勝手だ。さあ、七万人の魔力による【音】と、俺が召喚した〔神〕による風。どっちの『空気』が強いか――力比べといこうじゃないか」
収束・貯蔵している空気の奔流の極一部を、統護は正面を除いた四方へ解放してみせた。
威嚇である。
ヴゥァォォオオオゥゥウッッ!!
爆音。轟音。そして巨大な空気のうねりが周囲へ波紋していく。
空気の津波は――暴力そのものだ。
ステージ上にあったライヴ用のセットが一瞬で吹き飛んだ。吹き飛び、粉々になる。それ等が観客に及ばないように、統護は風の〔精霊〕で破片の落下地点をコントロールした。
それでもビクともしない《ナイトメア・ステージ》という大規模【結界】は流石であった。
愕然となるセイレーン。ヒクヒクと頬が痙攣している。
統護は事もなげに言う。
「今ので、全力の五パーセント以下って感覚かな?」
「や、やるじゃない。ふふふ。どうやら本物の〔神〕というのはハッタリじゃなさそうね」
再び静寂。
いや――晄の歌だけが神々しく響いている。
健気な歌声が、二人の戦いを彩っていた。
その歌声に統護は勇気づけられる。膨大な負荷も、晄の歌が軽減してくれる。
逆にセイレーンは顔をしかめる。苦しそうに眉根を寄せ、大量の汗を滴らせていた。
緊張感が満ちる。
一撃決着は必至である。故にタイミングを誤れない。
二撃目を放てないのは双方、感付いている。一発放てば、それで精根尽き果てる……
互いに最大の一撃を放つ――その直前。
セイレーンが激昂も露わに叫んだ。
「いい加減に、その歌を止めてぇぇぇえええッ!! 頭が痛いって言っているでしょう!」
その言葉と同時に、セイレーンは音撃魔術を晄へ放った。
《デッド・エンド・カーテンコール》の始動プロセスから一部を切り離して撃った音撃だ。
きゅごぅッ!
威力は、大口径の拳銃と同等。無防備な晄一人を仕留めるのには、充分である。
晄に迫った魔の手に――統護は快心の笑みになる。
果たして、セイレーンの攻撃魔術は、晄を撃ち抜かなかった。
超高速で移動してきた何者かが、一瞬で晄を抱きかかえて攻撃を躱したのだ。
躱された、と認識したセイレーンが、反射的に二撃目を撃つ。
ギャドンッ! 不気味な反響音。二撃目もベクトルを逸らされて、弾かれてしまった。
空気層を操作しての防御方法だ。
つまり晄を救出した者も、空気をコントロールできる【ソーサラー】という事である。使用エレメントは四大要素の――【風】。
その戦闘系魔術師は得意げに言った。
「ボクを忘れてもらっちゃ困るよ、セイレーン! 統護の幼馴染みにして恋人の――
――この比良栄優季をっ!!」
優季であった。彼女は【基本形態】――風のドレスである《サイクロン・ドレス》を纏っている。高速で循環しながら優季の身を包む【風】衣は、圧倒的かつ柔軟な機動力を与える。
加えて優季は【ナノマシン・ブーステッド】と定義される、統護やオルタナティヴとは違った意味での超人だ。【風】の魔術と超身体機能を併せ持つ彼女は、時として亜音速での超速移動すら可能とする上に、その時に発生するソニックウェーブを抑制できる。
予想外の闖入者に、セイレーンは震える声で呟いた。
……ひ、卑怯だ。
その呟きに、統護は悪びれる事なく思う。
互いにチートを使用しての真っ向勝負――とセイレーンは勝手に思い込んでいたが、最初から統護は、優季に不意打ちさせる作戦だった。先の停止世界で、そう打ち合わせしてたのだ。
計算外だったのは、晄の歌である。
しかし晄が唱う『光の歌』は、統護を鼓舞し、セイレーンの『影の歌』を打破してくれた。そしてセイレーンの精神を攻撃し、決定的な隙を作ってくれた。
一秒でいい。
セイレーンの意識と、魔術プログラムのオペレーションに、乱れが生じてくれれば――
統護は押さえ込んでいた〔ヤタガラス〕の風を解き放った。
意識を統護へと戻したセイレーンも、刹那の遅れで《デッド・エンド・カーテンコール》を起動させる。
だが――遅い。
準戦略級魔術といえるセイレーンの巨大音撃瀑布が統護に殺到するが、その音波を媒介する空気を、統護は〔ヤタガラス〕の風によって一気に押し出した。
音撃は、神威の風によって蹴散らさせた。
セイレーンの表情が絶望で固まる。
彼女に次の手はない。次の魔術オペレーションが、一層目である準戦略級魔術による周囲への被害を抑える為の二層目――【結界】と確定しているからである。
そして、そのセイレーンの【結界】が、統護の神威の風による被害を抑えてくれた。
(浅はかだったな、セイレーン)
切り札である《デッド・エンド・カーテンコール》の内容を、オルタナティヴに話した時、セイレーンの敗北は確定していた。
統護は満を持して、真の切り札を披露する。
召喚した〔ヤタガラス〕の姿が変じていく――鳥型から人型へ――豪奢絢爛な和装に、華美な意匠の宝刀を携えた凛々しい男性の〔神〕へと。
それは……〔カモタケツヌミ〕という名の〔祭神〕である。
司るのは『祭り』だ。祭り事に相応しい、煌びやかで美しい出で立ちを誇る〔神〕だ。
眦を決し、残る力を振り絞る統護。
これでセイレーンによる悪夢のライヴ――『祭典(ステージ)』を終わらせる。
〔神〕に睥睨されているセイレーンは、為す術なく固まったままである。
統護は右手を掲げ、一気に振り下ろす。
「――〔神威奉還〕」
統護の動作に同調して、宝刀を抜いた〔カモタケツヌミ〕は大上段の斬撃を振るった。
その一刀は、セイレーンの『音の世界』を真っ二つに両断した。
スポンサーリンク
…
統護の一撃は、セイレーンの大規模【結界】のみならず、オルタナティヴの《アブソリュート・ワールド》をも消し飛ばしてしまった。
情報隠蔽は途絶えた。これで〔魔法〕は使えない。
いや、すでに力を使い果たした統護に〔魔法〕の行使は不可能であった。
周囲を見回す。
セイレーンの魔術から解放された観客達が一斉に倒れ込み、折り重なっていた。誰もが意識を喪失している。また【結界】が破壊されたのを確認した堂桜、自衛隊、警察の連合部隊が、折り重なった状態の観客の救助活動を始めた。対象は七万人もいる。大仕事だ。
人命が最優先だ。一刻も早く下敷きになっている者を助け出す必要がある。
(流石に仕事が早いな)
ステージ袖に到達し、突入しようとした特殊部隊に、統護は右手を差し向けて制した。
「来るな。まだ終わっていない」
静かな一声で、二十名の精鋭【ソーサラー】による対テロ特殊部隊が止まる。
オルタナティヴの【結界】によって望遠鏡による肉視さえ封じられていた――とはいえ肉眼でおおよその様子は視認できる。訓練により、彼等はそのレヴェルの視力を裸眼で誇っている。それに客席の外からとはいえ、圧倒的な規模で何らかの巨大なチカラが発生していたのは、疑いようがなかった。加えて統護は堂桜一族本家の嫡子だ。
セイレーンが倒されたこの状況で、無理に突入する理由は彼等にはなかった。
対テロ特殊部隊の足止めを確認し、次に統護はセイレーンを見た。
大の字になって倒れ伏していたセイレーンは、もがきながら立ち上がろうとしている。
必死の形相で、歯を食いしばって言葉を漏らす。
「嫌だ。嫌だっ。このまま消えるのはイヤ。この身は榊乃原ユリには返さない!! この身は私のモノよっ!! やっと奪ったの! ようやく表立ってセイレーンになれた! だから絶対に奪い返されないッ!! 世界中から卑怯者の敗者とバカにされようとも、それでも、それでも、私は、どうやってでも生き延びてみせるッ!!」
「セイレーン、お前……」
統護だけではなく、優季、晄、そして特殊部隊の面々も言葉を失う。
「誰にも私の気持ちなんて分かるものか。勝手に生み出しておいて、勝手に封じ込めておいて、私を何だと思っているんだ。【エルメ・サイア】の連中にも、榊乃原ユリにも、【魔術人格】である私なんて、どうでもいいくせに。くそぅ! 私だって、私だって、真っ当な人間として生まれたかったッ。それを、それを、私という存在をもて遊び、邪魔者扱いして」
セイレーンは泣いていた。
両目から涙を溢れさせ、鼻水と涎を垂らしている。化粧が涙で崩れていた。
統護は彼女に何も言えない。言う資格がない。だから――言った。
「……ご要望に応えて、アイツのチート魔術は破壊した。ここから先はお前の役目だぜ」
そうだろ? オルタナティヴ。
その言葉を向けられた先で、オルタナティヴが立ち上がろうとしていた。
中性的な麗容に凄惨な笑みを浮かべながら――
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。