第四章 光と影の歌声 11 ―深那実VS業司郎①―
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先に【魔導機術】を立ち上げたのは業司郎であった。
彼は「――ACT」と起動【ワード】を呟き、片膝をつくと鋼鉄製の地面へと鉄槌のごとく両拳を振り下ろす。専用【DVIS】であるピアスが赤色に輝く。
ゴォン! 両拳が炸裂した床に亀裂が走り、業司郎を中心として不自然に波打った。
波紋のごとく床面がうねり、構成している素材が彼の拳から腕へと這い上がる。
ゴギゴギゴギギギギィィィ。
床を構成する金属質が歪な音を軋ませながら組成を変化させ、その形状と密度を再構成していく。床面の表面がフラクタルに削られ、ところどころ大きく凹んでしまっている。
変化が終わる。
業司郎の逞しい二の腕が、砲身のごとく鋼鉄で武装された。
魔術特性は四大要素『地・水・火・風』のうちの――【地】のエレメント。
地は【地】面。真っ先に『土』を想起する者が多いだろうが、地として接している面ならば、たとえ鋼鉄であっても問題はない。むしろ土を硬質化する工程が省けて好都合とさえいえる。
片膝立ちから、その逞しい上半身を悠然ともちあげる業司郎。
彼の鈍色に光る巨大なガンドレットを目にして、深那実は表情を変えずに言った。
「それが乱条業司朗の【基本形態】――《ビースト・アームズ》ね」
業司郎が挑発的に口の端を釣り上げる。
「へへへ。俺様の準備はオーケーだぜ。それでそっちの魔術は大丈夫なのか? 情報が本当ならお前、専用【DVIS】を統護に破壊されているんだろ?」
「確かに統護くんに【DVIS】を壊されちゃったわね」
「予備【DVIS】あるのか? 汎用じゃなくて、姉ちゃんの魔術師用のヤツ」
カメラを取り出したら、業司郎は躊躇なく魔術弾を撃ち込むつもりだ。
敗戦の味を反芻しながら深那実は、統護に云った言葉を繰り返す。
「統護くんにも言ったけれど、予備はないわね」
嘘ではない。予備【DVIS】など本当に所持していない。
そう。予備など存在していない――
「ふぅん。ンじゃあ魔術は使えないってわけか。だからといって勘弁はしないけれどなぁ」
「別にぃ。こっちも勘弁してもらうつもりなんてないし」
笑みを交わす深那実と業司郎。
二つの笑みは、込められている意味と感情が異なっている。
業司郎は表情に嗜虐を色濃くし、右腕の《ビースト・アームズ》を深那実に照準する。
砲口を向けられた彼女は、余裕の笑みを引っ込めた。同時に唇が囁く。
「――ACT」
反応したのは、深那実が掛けている伊達メガネであった。
左目側のレンズ側面についているアクセサリが輝く。この内部に、アクセス用の宝玉が埋め込まれているのだ。次いで、右目側のレンズに赤い横文字列が縦スクロールしていく。
この莫大な行数の文字列と数式は紛れもなく【スペル】――軌道衛星に搭載されている超演算機構によってコンパイルされ、フィードバックされてきたコードだ。
業司郎が嬉しそうに嗤う。
「テメエ。このペテン師が。やっぱり予備【DVIS】があるんじゃねえか」
深那実がカメラ型の【DVIS】を使用していたという情報は、業司郎とて承知している。
故に――彼女がメガネ型の【DVIS】を使用してくるとは予想外であった。
「いいえ違うわよ。このメガネは予備じゃなくて――本気用の本命【DVIS】。統護くんに破壊されたのは、通常の専用【DVIS】。だから『予備』はないわ」
「屁理屈いいやがって。詭弁じゃねえか」
「半分は否定しないわね。あくまで『半分』は、ね」
その言葉の意味するところは――
深那実が使用しているライセンスは『ノーマルユーザー』認証ではなく、違法手段で確保している『エクストラユーザー』認証であった。これは緊急時に暫定処置として設定可能なライセンスだ。彼女はこの暫定ライセンスを通常ライセンスと同様に常時使用可能なのである。
そして接続先も【ウルティマ】ではない。
ログインして精神接続しているのは、七つあるサブ衛星群――【スターアース】だ。
メイン衛星である【ウルティマ】のメンテナンス時やトラブル時に代替用として用意されているサブ経路の軌道衛星に、深那実は過去の人脈や情報を駆使して、【ウルティマ】が健在であってもアクセスできる。
二重アカウントであっても不正認証とされない仕組み――もっともシンプルな答えだ。
メガネ型【DVIS】による接続ログが判明しないのも、リンク先が【ウルティマ】ではないという理由だ。【スターアース】のログを調べる者は事実上、皆無といっていい。
しかし【スターアース】に搭載されている超次元量子スーパーコンピュータの演算機能とプラットフォームは、サブ経路だけあり七基全てを並列リンクさせても、メイン衛星である【ウルティマ】の超次元量子スーパーコンピュータ【アルテミス】には及ばない。
それでも深那実には問題なかった。
彼女の魔術特性は、その効果においては外部演算領域の大きさに異存するモノではない。
ニヤリ、と魔術師は酷薄に笑む。
「……では、虚飾を剥いだ真実のセカイへようこそ」
その言葉を皮切りに、業司郎を取り巻く周囲が一変する。
大小様々な無数のカメラレンズが、業司郎を中心とした空間に出現した。
異様な光景だが、業司郎は微塵も動揺しない。
「へえぇ。テメエの【基本形態】はこの【結界】ってわけか」
「その通り。この【結界】が私の本気モードの【基本形態】よ。その名も……」
――《トランス・オブ・ツゥルース》――
カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!
カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!
カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!
数多のカメラレンズが一斉に稼働した。
同時に、レンズ機構に付属している小型ストロボライトからフラッシュも発生する。
「ちぃっ!! なんだこれ!?」
目蓋を焼く閃光の群に、業司郎は両腕の《ビースト・アームズ》を眼前で交差させた。
耳朶を掻き乱すシャッター音が止んだ。
両腕を下ろすと――
セカイの色彩が喪失して――ネガティヴ(陰画)になっていた。
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