アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第3部(第40話)

第四章  光と影の歌声 9 ―犯人―

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         9

 【DDC】の展示ブースには人影がなかった。
 気配もない。
 深那実は警戒を深める。
 大衆人気の低い【ドール】が集客できないのは仕方がないといえるが、この区画を含めて全く人が寄っていないというのは、明らかに不自然が過ぎる。初日と二日目では配置換えしているとはいえ、この閑散ぶりは明らかに異常だ。
 リスクをとるか。
 身の安全をとるか。
 此処から離れれば、おそらくは安全だろう。〈資格者〉と目していた堂桜の七名全員が、このイベントの二日目に揃った。現時点では充分な成果といっていい。
 けれど――あの三体の【ドール】には、そこから先の情報が詰まっている可能性が高い。
「まあ罠に乗ってあげましょうか」
 こうまで露骨に人払いしているのだ。
 近寄ってきたならば、身の安全というか、命の保証はしないという示威であろう。
 楽しそうな顔で深那実は展示ブース内に踏み入った。
 まったく人がいないのならば、遠巻きから監視しても無意味だ。
 引きずり込まれるのは性に合わない。ならば堂々と姿を拝ませて貰いましょうか――
 無人だ。【DDC】の者も不在だ。
 案内のないまま、昨日と同じ三体の【ドール】がある場所へと進む。
 深那実の表情が強ばった。

 ――祭壇を模した神秘的なクリアケースはもぬけの殻であった。

 一斉に照明が落ちる。ブース内は即席の闇と化す。
 消えた【ドール】の代わりに、パーティションの死角から数名の【ブラック・メンズ】が姿を現した。
 ニヤリ、と深那実は笑んだ。
「へぇ~~え? 【黒服】さん達、どうやら栄護の手先っぽいけど、こりゃ外れだったかも」
 見立てでは栄護は〈資格者〉ではない。
 栄護を利用する為に彼の弱みを握ったツケが、まさかここで回ってくるとは。
 堂桜内における不明瞭な資金の流れを辿って【DDC】まで探ったのはよかったが、おそらく栄護も同様の情報を掴んだか、あるいは単純に自分の動きから藍花と協調したのか――
(どっちにせよ、もう此処には用はないわ)
 例の【ドール】が無いのならば、この場にいる意味はない。
 深那実は身を翻して、迷わず逃走を図る。
 しかし、四方から包囲してきた【ブラック・メンズ】に行く手を阻まれてしまう。
 足が止まる。敵はすでに魔術を立ち上げている。対して深那実の専用【DVIS】は――

「悪いが死んでもらうぞ、薄汚いドブネズミ」

 無慈悲な声が合図となる。
 ずぅぉおおおおっ!!
 闇の中に紅い線が迸る。
 全方位から彼等の攻撃魔術――【火】の槍が、深那実へと殺到した。

 

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 ……もうすぐ本番の声が掛かる。
 正式なイベント名は『堂桜・スーパー・ミュージック・フェア』である。しかし、今年度は 『ゆりにゃんライヴ・イン・ビッグサイト』という名称の方が表立っている。
 その通称通りに『ゆりにゃん』こと榊乃原ユリが巷の話題を独占していた。
 他の参加アーティストは刺身のつまであり、前座に過ぎない。
 出番が刻々と近づく中。

 控え室でユリは鏡台の前に座っている――

 普段は監視めいた干渉をしてくるマネージャーと世話係は、朝方を最後に姿を見せない。
 ユリは目の前の鏡を胡乱に見つめていた。
 集中力を高める儀式ではない。

(歌が……頭を侵食するわ。眩い光の歌、が)

 昨日から忘れられない。
 宇多宵晄がオーディションで披露した、強烈に輝いている奇蹟のような歌声が――
 技術的には下手くそで、素人丸出し……だからこそ、その素質が光り輝く。
「あぁぁ。私にも、昔は、そういえば、あんな歌を」
 ゆーりにゃん、ゆーりにゃん、ゆーりにゃん――と、脳内でコールしても晄の歌が消えない。
 このままだと消えてしまう――

 なにが?

 消えてしまうのは……いったい、ナニ?
 どうしてこんな思考が湧いてくるのか。自分の精神にどんな変革が起こっているのか。
「――」
 気が付けば上体が力なく折れ曲がり、鏡台に突っ伏していた。
 いつの間にか、視界がブラックアウトしていた。意識を喪失していた――と自覚できた。
 過去にも何度か自覚があったが、こんなにもハッキリと知覚したのは初めてである。
(どうして……)
 こんな状態であるのに、体調はむしろ絶好調なのが不思議で――恐ろしい。
 ユリは顔を上げた。
 そして鏡に映っている顔が愕然となっているのを、見せつけられる。

 ――歌を辞めなければ死ぬわよ――

 ピンク色の口紅で、鏡面に殴り書かれていた。
 ユリがしている口紅と同じ色だ。
「いったい、いつの間に、いえ、そもそも誰が――?」
 ストーカーだ。
 まるで幽霊のようにユリにつきまとい、厳重な警備網をかい潜って脅迫状を送りつけてきた相手が、またしても一瞬の隙をついて脅迫してきた。それもユリの口紅を使って。

「今こそストーキングの犯人を明かしましょうか」

 その声と共に、カーテンの隙間から姿を見せたのはオルタナティヴである。
 彼女は控え室の外で警護していたはず。
 ユリは震える声で問う。
「犯人? 貴女はストーカーが誰だか知っていたというの?」
「横田宏忠と聖沢伶子の二名も知っていたわ。知っていたからこそ、あの二人はアタシが犯人を探ろうとするのを裏から妨害していたの」
「やっぱり、犯人はマネージャーと聖沢さんなの?」
 横田と聖沢は普通ではない。そんな事はとっくに気がついていた。
 しかし自分には二人が必要だった。ゆりにゃんになる為には、どうしても……
「いいえ」と、オルタナティヴは否定する。
 ユリに言葉を許さずに、二の句で真犯人の名を告げた。

「榊乃原ユリを狙うストーカーの名は――『大宮和子』よ」

 大宮和子――という名前に、ユリは大きく息を飲み込んだ。
 その名を告げられて思い出す。
 いや、名を忘れていたと自覚した。
 気が付けば、自分の本名を失念していたという事実に、ユリは全身から汗を噴き出した。
「わ、わ、私が犯人?」
 にわかには信じられない。いや、信じたくない。
「ええ。決定的な証拠ならば、このビデオカメラに撮ってあるわ。横田宏忠と聖沢伶子は揃って姿を消した。その意味が分かるかしら?」
「わ、分からないわ……」
「貴女は多重人格を患っているわ。大宮和子という貴女の本当の人格は、いつの間にか榊乃原ユリというパーソナリティに追いやられていた。その自覚は取り戻した?」
 言われてユリは己を振り返る。
 大宮和子としての辛かった記憶、挫折の連続、売れたいという渇望――
 けれど反対の記憶がスッポリと抜け落ちていた。
「う、嘘よ。ただ単に自己防衛でちょっと記憶に改竄が入っているだけ。軽い記憶障害よ」
「それならばいいんだけれど。しかし現実として大宮和子という本来の人格は、大宮和子と榊乃原ユリ二人に乖離しているわ。榊乃原ユリという光に自覚はできなくとも、大宮和子という影は自覚しているからこそ、様々な手段で貴女にメッセージを送りつけた」
「脅迫文で?」
「一番効果的だから。あるいは、自身が切り取られた大宮和子だと貴女に名乗れない事情がある。前者ならば軽傷でしょうが――後者ならば警句は真実でしょうね」
 ユリは言葉を失う。
 肯定や否定という感情よりも、ただ呆然となっていた。
 コンコン。控え室のドアがノックされ、進行係の声が聞こえた。メインイベントであるユリの出番を報せる呼び声だ。
 ユリはオルタナティヴの双眸を見つめる。
「なぜ土壇場になって、こんな残酷な真相を教えたの?」
 知らなければ、このまま『ゆりにゃん』を演じる事に苦しみなど感じなかったのに。
「横田と聖沢の行方を追う依頼をしたけれど、依然として足跡は掴めていない。つまり彼等のこのイベントにおける役割は終わり、舞台は整ったという事。だから貴女は選択を迫られている。なお榊乃原ユリとして歌うのか、あるいは大宮和子としてこの場を回避するのかを」
「回避? ステージを辞退するって意味?」
 オルタナティヴは頷く。
「大宮和子に戻るというのならば、アタシの伝手で相応の病院を紹介するわ。時間は掛かるでしょうが、貴女の人格障害を安全に治療できるでしょう」
「あり得ないわ」
 ユリは決然と即答する。
 このイベントを辞退するという事は、すなわちニホンにおいて榊乃原ユリという歌手の死と同義である。なによりも――大宮和子には戻りたくない。
 無名の売れない歌手の大宮和子ではなく、人気アーティストの榊乃原ユリがいい。
 ゆりにゃんを喪いたくない。
「大勢のファンがゆりにゃんの歌を待っているのよ」
 だから行かなきゃ――
 立ち上がったユリは、オルタナティヴを置いて出口へと歩き――ドアノブに手をかけた。
 オルタナティヴは動かない。
「止めないの?」
「ええ。最初から貴女が止まるとも思っていなかったし」
「それで私を護るという依頼は果たせるのかしら?」
 オルタナティヴは静謐な声色で言った。
「最初に約束したでしょう。依頼内容に関しては、百パーセント完遂してみせると」
 それは、あくまで確固たる自信に満ちた彼女らしい台詞。
 ユリはドアノブを回し、開いた隙間へ逃げるように身体を滑り込ませる。
 ドアを閉める直前に、泣きそうな顔で笑った。

「――ならば期待するわね。オルタナティヴ」

 

 

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