第四章 光と影の歌声 8 ―二日目―
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8
MMフェスタは二日目を迎えていた。
商談客がメインであった初日とは異なり、本日は一般客がメインとなっている。
各々のブースにおける展示内容も専門家に対する技術アピールではなく、いかに大衆の興味を引きつけるかという『解りやすく面白い』というテーマになっていた。
「統護くん、なんか寂しそうだね」
隣を歩く晄が言ってきた。
統護は素直に心情を打ち明ける。
「昨日の晩でキャンプ生活が終わったからな。なんだかんだで、深那実さんとのキャンプは面白かった。正直、寂しいよ」
贅を尽くした御曹司としての生活は――本音をいうと息苦しい。
許されるのならば、このまま深那実と自由気ままに世界を放浪するという生活も悪くないと感じていた。
ちなみに、今日も深那実は別行動である。いったい何を探っているのか……
晄が半白眼になる。
「ひょっとして深那実さんを好きになっちゃった、とか?」
「マジで疑問なんだが、どうして女ってすぐに恋愛云々に結びつけるんだ?」
「恋愛抜きで考えられる男の人が、私としては不思議ですぅ~~」
「俺と深那実さんは、そんな単純な関係じゃねえよ」
「ふぅ~~ん?」
統護は晄を見つめる。
彼女は公開オーディションで負けた。しかし【堂桜・ワールドエンタティメント】の社長のお眼鏡にかなった。いつ頃スカウトの声が掛かるのかは聞いていないが、晄は自身が知らないところで夢を掴んでいるのだ。
統護の視線に、晄は頬を赤くした。
「なに? 照れるんだけど」
「いや……」と、統護は言葉を濁す。
昨日の別れ際。
晄は「気持ちに整理がついた」と云った。もう歌わないかもしれないとも。統護の口からスカウトについて話すのは社長に禁じられていた。統護としても自分から話すつもりはない。
晄は吹っ切れていた。
こうして一緒にいる今も、昨日とは別人のように人混みを恐れていない。
「もうすぐだね……。ユリさんのライヴ」
「ああ、そうだな」
晄が此処にいるのはMMフェスタが目的ではなく、榊乃原ユリのライヴを観るためだ。
統護はそのエスコート役である。
周囲を見回す。特に異変や異常はない。
平和で盛況そのものだ。初日よりも盛り上がりつつ、イベント進行や案内は落ち着いている。
胸騒ぎが収まらない。何かが起こる予感が消えない。
昨日の恐怖が鎌首をもたげてくる。とはいえ、逃げるわけにはいかない。
(深那実さんはどうしているんだ?)
ライヴが終わったら深那実を探そう――と、心に決めた。
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…
少女は落ち着きなくニホン最大であるイベントを見回していた。
小柄で大人しそうな娘である。か弱そうな四肢に、小振りな鼻立ち。少女というよりも庇護が必要な児童といった雰囲気だ。
野球用キャップを目深に被っていて、まとめている髪をすっぽりと覆っていた。
服装は、特徴を排除した代わり映えのないパーカーとミニスカートである。
「そう怖がらなくても平気よ」
少女の隣を歩く連れの女性――年齢は三十歳前半ほどか――が、楽しそうな声を掛けた。
愉しそうというか、挑発的でさえある口調だ。
「だけど……ケイネス」
笠縞陽流は自分をMMフェスタに連れてきたケイネスに、不安の眼差しを向ける。
ケイネスは普段の研究者然とした白衣の代わりに、ファー付きロングコートを羽織っている。
陽流とケイネスはニホン国内において指名手配されている身だ。
「そんなにビクビクしないの。潜伏先での実験とテスト、訓練ばかりじゃ息がつまるでしょ」
「そうですけれど」
かつて――【エルメ・サイア】ニホン支部の構成員であり、その後継組織でも構成員を続けた陽流は、過日の【パワードスーツ】によるテロ事件での実行犯として指名手配されている。
おいそれと人前には出られない。
米軍【暗部】を通じて極秘でニホンに戻ってきたのも、つい二日前である。
蛇のような狡猾さとライオンのような獰猛さを併せ持ち、かつ魔的で妖艶な美貌を誇るケイネスは、やや乱暴に陽流の背中を叩いた。
「この私の正体を知っているでしょうに。だったら安心なさい」
友達を信用しなさい、と優しい声で付け加えられ、陽流の頬が紅潮した。
「今日は陽流に楽しんでもらう為の特別な一日になる予定」
「楽しんで……いいのですか?」
「もちろん。友達が楽しむのが私にとっても何よりも嬉しいし」
「ありがとうケイネス。あたしはケイネスの為に頑張って強くなるから」
「ふふ。ありがとう」
ケイネスは周囲を見回して、小さく囁いた。
「それに……試算が正しければ、今日は世紀のビッグイベントが起こるでしょうからね」
その呟きは陽流には聞こえなかった。
…
(ふぅ~~ん。堂桜那々覇まで参集してくるとは)
ケイネスと連れ立っている少女を遠巻きに見つめて、深那実は確信を深めた。
自害したとされていた那々覇の生存と、過日の【パワードスーツ】テロ事件における関与については、ほぼ全容を掴んでいる。
お粗末な変装をしている連れの少女は笠縞陽流――例の【ナノマシン・ブーステッド】の適合者で間違いないだろう。その遺伝子面での適合性は、現在では融合者として定義されている比良栄優季をも上回る、一種の奇蹟と報告されている。
「いくら【ウルティマ】をハックできて、なおかつ他の軌道衛星をコントロール可能といっても、ほとんど期間を空けずに再来日なんて大胆よね」
堂桜那々呼の実母である那々覇。
彼女が様々なリスクを承知で、このMMフェスタに赴いてくるとは、やはり――
「――那々覇も堂桜の〈資格者〉の一人なのね」
入手した情報によると〈資格者〉と推定される堂桜は全員で七名。
うち一名は統護であるので、統護を除外すると六名。その全員がこの場に揃っているのを、那々覇の来場で確認できた。
後は何かが起こるタイミングだけであるが、その何かとタイミングが不明のままだ。
手掛かりは――昨日見つけた【ドール】しかない。
(明らかに目を付けられてるけど、あそこ付近で張っておくしかないか)
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