第四章 光と影の歌声 7 ―オーディション―
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オーディションが始まった。
派手すぎない演出の元、最前列に陣取っている審査員達が参加者をシビアに品定めする。
ユリも審査員席に座っていた。厳しい眼差しを参加者に向けている。
会場の熱気と声援は、統護の想像を超えていた。
(つーか俺、考えてみたらこういったライヴって初めてだった……)
修行や山籠もり以外での外出は、必要品の買い物のみが大半である。友人とイベントに行くなんて、元の世界では記憶にない。つくづく自分が『ぼっち』であったと身に染みる。
そして、もう一点。
「なんていうか……、全員、レヴェルが高いな」
誰もが半端なく上手い。デジタル編集作業による誤魔化しのきかない生歌だから尚更だ。
音楽に関してはド素人である統護にも、その程度は容易に判断できた。
隣の深那実が言った。
「並のオーディションじゃなくて、堂桜が主催する国内最大のビッグイベントだからね。地区予選からこれ一本に人生を賭けてくる者も多いし。ハッキリ言って下手なアイドルじゃ地区予選だって勝ち抜けないって評判よ」
エントリーナンバー5の少女が歌い始めた。
その圧倒的な声量と技術に、統護は呆然となった。こんな連中に――晄は勝てるのか。
正直いって、統護が魅入られた晄の歌は、技術的な観点からすると彼女達に到底及んでいない。統護ですら判ってしまう程の技量差がある。
ひょっとして晄を参加させたのは、無謀であり――失策だったのか?
統護は消沈した。そして後悔し始めている。
「流石にこの子は別格ねぇ。ま、グランプリ内定ってだけはあるわ」
「グランプリ内定? なんだそれ」
「そうよ。ってか少しは調べなさいって。晄ちゃんが隠し球なら、あの子は目玉だから。堂桜の芸能関係者が心血注いで磨き上げたとっておき。箔を付ける為に今回のオーディションがあるといっても過言じゃない……けど」
「けど?」
「私も歌は素人だけど、こりゃ逆ね。あの子の才能と実力の前には、出来レースもオーディションも関係なし。本当にお披露目ステージになっているわ。他とはモノが違い過ぎる」
統護も同意見である。
これだけの歌唱力ならば、仕込みなど不必要だ。
歌が終わると、観客が爆発したかのように拍手と声援を送った。これまでの四人とは反応がまるで違う。一礼してステージ脇に退いたナンバー5も、自信に満ちていた。
そしてアナウンスされた次の参加者は――晄であった。
統護は不安に襲われる。よりによって大本命の直後とは。
ただでさえ対人恐怖症で、それを克服したとはいい難い状態で、しかもユリとの件もある。
果たして――まともに歌えるのだろうか?
また過去のオーディションと同じ結果になるのではないか。
晄がステージ中央へと歩いていく。
足取りは頼りない。膝が震えている。顔面蒼白で貧血のようだ。
スタンドマイクの前で、晄は足を止めた。
強ばった顔で視線を泳ぐように巡らせて――目が、ある一点で止まった。そして表情が和らいだ。
晄の目は、統護に固定されていた。
統護もその視線を受け止める。
すぅ――と息を吸い込んで、晄の歌が始まった。
今までの参加者と比較すると御世辞にも上手いとはいえない。否、明白に技術では数段劣っている。
統護は目を見開いた。
(晄……お前……)
変化していた。統護が特訓に付き合った時の歌い方とは違う。より素人感が丸出しだ。
隣から声が掛けられた。
「いったい彼女にどんな『魔法』を掛けたのかしら? 御曹司」
深那実とは反対側の隣からの声。中年女性とは思えない若々しい声色だ。
正直いって御曹司と呼ぶのは勘弁して欲しい。
視線を晄から外さずに、統護は答える。
「別に俺はなにも。変わったとしたのならば、それは晄自身の意志と力です」
見なくとも相手を知っている。【堂桜・ワールドエンタティメント】の社長である。
「正直いって私はあの子に期待していなかったわ。だから御曹司から話を聞いても、受諾はしても興味はなかった。聴く才能のない者は、あの子の歌を金の卵と錯覚したでしょうが、私には安い金メッキで塗装された石ころとしか思えなかった」
晄の歌がヒートアップしていく。
より情感的に、されど熱くなり過ぎず、なによりも――更に荒々しく下手くそに。
「いい歌ね。いい声ね。金メッキ――小手先の素人技巧を剥ぎ取った、その下の真の才能は、まさにダイヤの原石だったとは。醜い虚飾を剥ぎ取った内は、眩い光だった」
上手い下手でなかった。
純粋に、晄の歌に観客が吸い込まれいく。
技術が稚拙であるのが明白だからこそ、異様で、威容なステージとなっていた。
晄の世界。光の歌のセカイだ。
「ネットでの技術批判ね。あれは私の指示で部下が書き込んでいたものだったのよ。その批判意見によって彼女がどう変化するのか、どう自省するのか、どう苦しみ進化するのかを確かめたかったけれど、結果は――無視。つまり最低の『逃げ』だったわ。だから【堂桜・ワールドエンタティメント】はあの子を見限った。あの子は変われない。あの子の金メッキは剥がれないと判断したの」
「けれど……アイツは変わった」
素人騙しの小手先の巧さを棄て――剥き出しの自身を晒した。
人を感動させるのは、技巧だけではない。
「私は御曹司が変えたと思っているけれど、まあ、それはともかくとして。【堂桜・ワールドエンタティメント】はあの子を獲りにいくわ。私の独断と一存でね」
「じゃあ晄は――」
「オーディションの勝敗に干渉はしないわ。それとこれとは話は別。だたね、今回のグランプリ内定の子がニホン国内で二十年は稼げる才能と器だとして――、宇多宵さんは国内云々じゃなく世界基準で三十年は稼げる器だと、私は判断したわ」
世界、という言葉に統護は息を飲む。
実際に世界を相手にビジネスしている者が発した言葉である。
「むろん基礎から徹底的に鍛え直すのは必須。それこそ生活習慣からフィジカル・トレーニング、メンタル・トレーニングまで全てにおいて。グランプリの子に私は興味ないし、スケジュールも他人任せだけれど、この子は別。すぐにでも私と一緒に海外を拠点にしてもらうわ」
統護の顔が興奮で紅潮した。
「そいつはスゲエ。まさに世界に羽ばたく、じゃねえか……ッ!!」
「ただね、あくまであの子がそれをオーケーすればの話よ」
「受けるに決まっている! 夢が叶うんだから」
社長が冷淡に言った。
「歌と夢を得る為に、今の彼女を衝き動かしている感情を棄てられるか、それは疑問ね」
傍にいる事を選び、歌と決別する可能性は五分五分――
そう言い残して社長は離れていく。
意味を掴みかねた統護は、何も言えなかった。
そうしている内に、晄の歌が終わる。
恍惚とした観客が静まり返る中、晄が深々と一礼した。
その直後。
場内は興奮の坩堝と化し、万雷の拍手と声援に包まれていた。
…
オーディションは終わった。
グランプリの少女をはじめとした入賞者四名に、マスコミのインタビューが殺到している。
そんな華やかな場から晄は静かに離れた。
清々しい気持ちである。
統護が迎えに来てくれた。彼の優しい表情で充分であった。
「負けちゃった。点数はきっと最下位かな」
晄はペロリと舌を出す。
勝てなかったけれど謝らない。悔いもない。恥をかいたとも思わない。等身大の全てを出し切ったのだから。
統護は晄を抱き寄せて言った。
「確かに点数は最下位だろうけれど、俺にとっては満点だったよ」
「うん。その言葉が聞きたかった」
抱き寄せられた晄は、そのまま統護に身体を預ける。
歌でこの大切な居場所を護れたのならば、今はもう何も要らない。
そう。歌だって、もう――
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