第四章 光と影の歌声 5 ―兆候―
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淡雪についての話が終わり、少しだけ沈黙が降りた。
微妙な静寂。
人々の喧噪が別世界からの音めいている。
無言を破ったのは今度も統護ではなかった。オルタナティヴは往来する一般客を眺めながら言った。口調を彼女らしいビジネスライクなものへと戻して。
「以前に接触した時とは明らかに感覚が変化しているわ。〔制約〕は別にしても、前に戦った時には、今回のような共鳴はなかった」
「ああ。そうだな」
初めて邂逅して戦ったあの時――統護はオルタナティヴに対して、美しい造形だが美しいとは感じられない少女という印象を受けた。そして元の世界について識っているかもという疑問を抱いた。
けれど同一だった存在、という感覚はなかった。
ただの他人であった。しかし――
(今は違う)
戸惑いが強まっていく。
統護は鼓動が早まる自分の心臓に手を置き、服に皺を寄せた。
会話の最中において強まっていく超然とした感覚。
明白に自分自身が二人と意識できる。
ずくん! ずくん! ずくん! ずくんずくんずくん!!
感覚が強まっていく。まるで引き合う磁石である。
もう気にせずにいるのは――無理だ。
「共鳴と認識すれば、確かにハッキリと感じる。なんだよコレ」
「おそらくアタシの方がその感覚は強いわ。そして――更に増す傾向にある」
これは変化なのか。
それとも本来はこう在るべきなのか。
例えようもない、この気持ちは……
長らく忘れていた感情だ。
「堂桜統護。お前はルシアにアタシとの事を確認している?」
首を横に振って統護は否定した。
ふぅ、と一息いれてオルタナティヴは台詞を再開する。
「アタシとルシアが接触した時。彼女はアタシは堂桜統護とは完全に独立したと云ったわ。アタシも〔制約〕を除けば、同じくそう確信していた。けれど……それが揺らいでいる」
共鳴と例えた超感覚。
二人は今、魂的な定義で繋がりかけている。
再び存在定義が重なろうとしている。
統護は声を震わせた。
「俺は……いや俺達はどうなるんだ?」
「確証はないんだけれどね、アタシ達の共鳴が発生しているのが、一時的現象だと仮定するとこのMMフェスタで『何かが起こる』に違いない。心当たりはあるのよ。そう。淡雪も知らないこの言葉を、今こそ『この世界の堂桜統護』となっているお前に託すわ」
――堂桜一族の〈資格者〉の一人。
資格者? 何の?
意味が掴めずに統護はオルタナティヴに訊こうとする――が。
彼女はベンチから腰を浮かせた。
「訊きたい疑問には答えられないわ。〔制約〕ではなくて単純にアタシも知らないから。けれども〈資格者〉である堂桜は、お前一人ではないのは確実ね。ひょっとしたら淡雪も〈資格者〉かも知れないけれど、先に伝えた通りにあの子は、他の平行世界に存在し得ない異端だから、まず〈資格者〉ではないでしょう」
このイベントで何かが起こり、そして無事に終われば、おそらくは元の二人に戻れる。
しかし無事で済まなければ――二人の存在がどうなるか分からない。
最悪、二人とも全ての平行世界において『堂桜統護というラベルごと』消滅する。
オルタナティヴの推測に、座ったままの統護は俯くしかなかった。
ずくん! ずくん! 共鳴というには、あまりに乱暴で重々しい――嫌な感じだ。
同じ感覚に襲われているはずの彼女が、こうも平然とできるのが不思議でならない。
そういった違いからして、やはり同一であって他人だとも再認した。
「アタシは堂桜から可能な限り距離を置くつもりだった。けれど榊乃原ユリとの関係もあって、結局はMMフェスタに来る事になった。そして淡雪と再会し、お前と共鳴が生じた。全てはつまるところ運命なのでしょう。その運命の別名は――」
逃げられない呪い。
そう言い換えて、オルタナティヴは歩き出す。
統護は後を追わない。
身体が動かない。追えない。これ以上、彼女の近くには居られない。
「アタシにとっては『呪い』だけれど、さて、お前にとっては何なのかな?」
何も言えない、そして動けない統護を置いて、オルタナティヴはそのまま去って行った。
(ちくしょう……)
オルタナティヴと淡雪の事情を知れたのは、狙い通りであった。これで本当に自分が淡雪にしてやれる事はなくなった。ここから先は、淡雪が自分で結論を出すしかない。
しかし秘密を知る対価として――オルタナティヴとの共鳴を認識し、その共鳴が強化されてしまった。オルタナティヴもそれを承知で、統護に接触してきたのだ。
不安だ。そして不安は恐怖となる。
単純な敵対者との戦いでは感じ得ない、未知への畏れである。
忘れていた感情だ。
純粋に恐怖を感じるなど、いったい何年振りだろうか。
オルタナティヴが去って共鳴が感じられなくなる。正確には無視できる程に微弱になった。
心底から安堵する。
だが不安は消えない。恐怖は残っている。
そして最近、忘れかけていた事を強く思い出した。
この堂桜統護は、異世界から転生した【イグニアス】世界のイレギュラーである事を――
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…
もうじき――MMフェスタの公開オーディションが開幕する。
正式名称は『堂桜・ミュージック・コンテスト』だ。
統護は屋外ステージの客席に混じる。
ステージは広大だ。本日のオーディションで二万人分のスペースが確保されているが、明日には六万人が収容可能となるように、今夜から徹夜作業で設営し直される。屋外の展示ブースを統合して、榊乃原ユリの為の巨大ステージへと作り替える予定となっていた。
ほぼ満員で、着席している客は少ない。
ほとんどの客が立ったままなので、統護も椅子には座らなかった。
「……なぁ~~んか冴えない顔してるわね、統護くん」
その声に振り返ると、深那実がいた。
彼女は別行動をとった時の変装を解いていた。
「深那実さん。取材ってか調査の方はもういいのかよ」
「本日分はね」
「だからって変装やめていいのか? 不用心じゃないのかよ」
と言いつつも、深那実が変装を止めたのには狙いか目的があるのだろうと推理はしている。
深那実はニンマリと彼女らしい笑みを作った。
「リスクを負ってでも、統護くんに私の笑顔を見せなきゃって思ったから」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「またまたぁ。何かあったんでしょ? 珍しく弱気になっちゃってさ」
指摘されて統護は苦笑した。
「私のラヴリーな笑顔みて元気になったかしらん?」
「――ああ。サンキュ、深那実さん」
統護は微笑んだ。意図せずに笑えた。
「ん。少しは効果あったみたいね。それじゃ……これをプレゼント」
目を細めた深那実は、統護に小さな箱を押しつけた。
「プレゼント?」
「うん。スマートフォン用のアクセサリ。いい? このMMフェスタが終わるまで捨てたりしたら承知しないからね。もちろん――誰かに盗まれたり奪われたりもNG」
深那実の笑顔の質が変化した。
(なるほど……ね)
統護はプレゼントの小箱を上着のポケットへねじ込んだ。
深那実は露骨に話題を変えてきた。
「それで、晄ちゃんは期待できそうかな?」
「そいつなんだが、ちょっとヤバイかも知れない」
控え室で晄がユリと揉めた件を、周囲に気を遣いながら深那実に説明した。
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