第三章 姉の想い、妹の気持ち 11 ―統護VS美弥子②―
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林の中に身を隠し、統護と深那実はグラウンド境界に陣取っている美弥子を窺う。
距離は約五十メートルといった感じか。
美弥子としても遮蔽物がある以上、必要以上に距離を詰められない。射程距離が短ければ砲撃を当てやすくなる反面、一気に懐に入られるリスクも倍増する。
戦闘開始から、すでに五分が経過していた。
闘志溢れている美弥子は、冷徹に照準している。
弱り切った統護は、うんざりとした口調で漏らす。
「……いつになったら先生の頭は冷えるんだ」
できれば夜風の涼やかさに、クールダウンして欲しい。
「当分は無理じゃない? 姉貴ってああ見えても、けっこう執念深い女だし」
「深那実さんが素直に謝ってくれれば……」
「ないわねぇ。一度戦闘モードに入ったからには、決着つかないと姉貴は引っ込まないわね」
反論できずに、統護は嘆息した。
美弥子はリターン・マッチと口にした。つまり戦闘系魔術師――【ソーサラー】として雪辱を考えていなかったわけではないのだ。戦闘開始のきっかけはどうであれ、彼女なりにプライドを回復する機会を狙っていたのならば――戦闘終了は勝敗がつくその時しかない。
「それでも本当に嫌だったら……全面降伏する?」
「いや。全力は尽くすよ」
統護は考えを改め、思考を切り替える。美弥子のプライドを考えると、無条件での戦闘放棄は、むしろ彼女の誇りと心を傷付ける。ならば……統護の答えはひとつしかない。
「――先生には悪いけど、もう一度、俺に敗けてもらう」
統護の目と顔つきが変化する。
ひゅう、と深那実は軽く口笛を吹いた。
五指を開いた右手を、統護は木の陰から美弥子に向けて差し向ける。
(訓練では八十メートル先も成功した)
いけるはず。自信を持て。おおよその距離感は掴めている。
美弥子の身体を、統護の魔力が包み込んだ。
彼女の身体を覆う最小直径で魔力球を転送する事に成功した。
魔力球をポインタとして、更に魔力を送り込む。
統護の魔力によって、美弥子の《グランド・フォートレス》の外層が崩壊し始める。
魔術がジャミングされた、と察した美弥子は専用【DVIS】である腕時計を、統護の魔力からガードする為に、自身の魔力でコーティングした。
転送していた統護の魔力が、美弥子の魔力コーティングによって弾かれた。
崩壊しかかった美弥子の魔術が再構成される。
その対価として、統護の脳内座標に魔力同士の反発現象の位置がインプットされた。
開始から二秒を要さない、この一連の流れこそ、統護の新しい――
(もらったッ!!)
統護は右手の五指を握り込み、美弥子を包む魔力球を専用【DVIS】一点へと収束する。
美弥子の専用【DVIS】へ、統護の魔力が高密度で圧縮されながら殺到した。
拳撃で叩き込む《デヴァイスクラッシャー》と対をなす、遠距離用のクラッシャーだ。その名称は《遠隔型Dクラッシャー》。単に遠隔型とも呼ばれる。
【DVIS】が、統護の魔力によって――
「その手は食いませんよ」
遠隔型が炸裂する寸前、美弥子はあっさりと右腕を動かして、魔力の収束ポイントから【DVIS】を逸らしてしまった。
不発に終わり、右手を突き出したままの統護は愕然となる。
「マジ……かよ」
隣で深那実がほくそ笑んだが、統護はその笑みに気が付かない。
美弥子が声高に統護へと話し掛ける。
「甘いです。ロイド・クロフォード戦と深那実戦の戦闘データは確認済みですよ。センセは深那実ほど間抜けではありませんから。まあ、この魔術戦闘も何処かから撮影されていて、明日にでもアップされるんでしょうね。けれども堂桜くんの連勝はここでストップします。その映像は堂桜側には不都合だから公開されないですかね?」
「敗けた時の事は分からない――じゃなくて、俺は敗けない」
「どこで撮影しているんでしょう? 魔術探知に引っかからない距離で、超高性能の自律型ドローンでしょうか。記録用だけではなく、おそらくは堂桜くんへの監視も兼ねて」
「だろうな」
「堂桜くんの《デヴァイスクラッシャー》が、右パンチによる発動がメインだったのは、単純に高圧縮した魔力を精確に打ち込むイメージに、最も適しているというだけですからね。高圧縮した魔力を精確に転送できるのならば、接近しての右パンチで打撃する必要性など皆無です。遠隔型の《デヴァイスクラッシャー》は発想としては必然でしょう」
深那実が統護に発破をかける。
「一発しくじったくらいで、なにショックを受けているのよ! 連発しなさい」
「わ、分かった」
美弥子との距離感は一発目により精確に把捉している。
再び魔力球を形成した。
すでに美弥子の【DVIS】は魔力コーティングされている。すぐに抗魔術性による魔力反発現象が起き、統護はそのポイントに向けて魔力を収束させた。
「無駄ですね。手品のタネはバレれば終わりですよ」
美弥子はタイミングを計って、ギリギリで【DVIS】を逃がす。
二発目も躱された。
ほら次! という深那実の言葉に押されて、統護は三発目、四発目、五発目とトライする。
しかし悉く躱されて、失敗に終わった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
統護は全身から汗をかき、呼吸が乱れていた。
魔力自体は無尽蔵に近いが、精神的な消耗が大きかった。
美弥子のリアクションを《デヴァイスクラッシャー》の回避行動に縛り付ける事ができているが、消耗具合が比較にならない。
「ちくしょう……」
「その戦法は使い方をもっと工夫しなければいけませんね、堂桜くん」
美弥子は《グランド・フォートレス》の外側へと歩み出ると、外壁の中へ腕時計を外して埋め込んでしまった。埋め込まれた腕時計型の専用【DVIS】は、外壁の表層に沿ってジグザクに往復し始めた。
元の位置に戻った美弥子は、得意げに告げる。
「ほら。例えばこうやって【DVIS】の座標を常時動かされたら、どうします?」
予想外の対策に統護は唇を噛んだ。
あれでは遠隔型は使えない。
「ちょっとちょっと統護くん。落ち着きなさいって。冷静に冷静に」
「だけど……」
「あれはあれでリスクが高い対策よ。なにしろ自分の身から【DVIS】を離すんだから」
魔術師が専用【DVIS】を身に付けなければならない、という決まりはない。
だが現実では、ほぼ全ての魔術師が専用【DVIS】を身に付ける。
理由は、統護の遠隔型と同じで、身に付けなければ無意識下における【DVIS】への精確な魔力転送が難しいからである。故に魔術師は専用【DVIS】を、最も無意識かつ精確に魔力を送り込める形状(導具)に設定するのだ。
「……確かに、な」
深那実の言葉で、統護は冷静さを取り戻した。
あの腕時計型【DVIS】は移動プログラムに従って規則正しく動いており、また術者である美弥子は移動プログラムで設定してある座標に、魔力を転送しているのだ。
つまり遠隔型を封じたのと当時に、あの位置からの移動が極めて困難になった。
美弥子はあの位置に釘付けである。それだけでも遠隔型の意味があった。
「よし。勝負をかけるか」
そう言って、統護は深那実を真正面から抱きしめた。
目を丸くする深那実に構わず、統護は正面からおんぶする体勢で密着し、持ち上げた。
いわゆる『駅弁スタイル』というやつだ。
「え? 統護くん? なんでいきなり駅弁なんて? しかも青姦なの?」
狼狽して頬を染める深那実の耳元に、統護は不敵に囁いた。
「俺達の愛のツープラトン、決めようぜ」
「愛のって? あれぇ?」
統護は深那実を駅弁スタイルで抱えたまま、木の陰から躍り出る。
待ってましたとばかりに、美弥子の砲撃が集中砲火した。
ガガガガガガガガガガッ!!
美弥子が目を見張る。
統護は深那実の背中を防弾チョッキ代わりにして、砲弾を受け止めていた。
肩口に押し込めている深那実の後頭部だけは、手の平でしっかりとガードしている。
「い、い、痛い……なんて、ものじゃない。死ぬ。マジで」
あまりの衝撃と激痛に、深那実の声は途切れ途切れである。
「大丈夫だ。人間は前面よりも背面の方が頑丈にできているんだから」
「そ、それは、知ってる、けど」
やはりな、と統護はほくそ笑む。
致命傷には程遠い威力と目算していたが、深那実が失神せずに意識を繋ぐ程度までセーブされている。それを身を以て確認できた――から、一気に決めにいく!!
深那実を防弾チョッキ代わりの駅弁スタイルで抱き抱えたまま、統護は一直線に駆けた。
距離は五十メートル。
統護のダッシュ力ならば、深那実を抱えていても、二秒~三秒で美弥子に到達可能だ。
美弥子は一瞬だが、砲撃をためらった。
迎撃の砲弾が来ない――ので、統護は迷わずにダッシュの加速を利して大ジャンプする。
垂直飛距離にして二十メートル近くある。
「くっ!」
口の端を歪めた美弥子は、《グランド・フォートレス》の砲口を空中の統護へと――
天を見上げた美弥子は、その光景に表情を凍りつかせた。
統護は抱き抱えていた深那実を、両手で頭上に掲げている。
深那実は恐怖で固まっていた。
「ええと? じょ、冗談だよね、嘘だよね、統護くん」
「本気だ。これで姉妹喧嘩の決着だ。これこそ――俺達の愛のツープラトン!!」
統護の意図を悟った美弥子は、慌てて魔術の術式パターンを切り替える。
頭上に掲げている深那実を、統護は渾身のスローイングで発射した。
「いけぇ! 深那実ミサイルっ!!」
「ふ、ふ、フライング・クロスチョ~~~~ップ!」
溌剌とした統護の技名に、やけくそ気味の深那実の技名が重なった。
顔前で前腕を十字チョップに構えた深那実が、流れ星のごとく美弥子へと飛来していく。
美弥子が必死の形相で叫ぶ。
「――《クラッシュ・スナップ》!!」
その【ワード】に呼応し、《グランド・フォートレス》の形態が高速で変化していく。
ぐわぁばぁ。総入れ歯のようにサーベルの生えた、二対の大きな顎となる。
ただし【DVIS】を自走させている一部の防壁だけは、切り離していた。
姉妹の絶叫が交差した。
「ぅぅぁぁああああああ姉ィ貴ぃぃいいいいいいっッ!」
「きゃぁ~~~~っち!」
人間ミサイルを直撃されると、美弥子は重傷を負う。
かといって、人間ミサイルを躱すと、深那実が自爆して重傷を負う。
従って美弥子は深那実をキャッチするしかない。
ばぐん。
土の巨大顎――《クラッシュ・スナップ》によって、激突寸前で深那実を咬み挟む。
「あぎゃぇあ!」
「か、間一髪だったです」
「いたたたたっ、いたぁぁあああぃいい!!」
クロスチョップは、美弥子の鼻先で静止していた。
最悪で死亡事故だ。あまりに危険な真似に、美弥子は文句を言おうと統護を探す。
着地していた統護は【DVIS】が自走している防壁の前に立っていた。
「――これで俺はお役御免だな」
規則正しいリズムと軌道で移動している美弥子の【DVIS】を、右手で掬い取る。
《デヴァイスクラッシャー》で破壊する必要はない。
美弥子が認識している座標から【DVIS】を離すだけで、魔力供給が途絶えるのだから。
っぞざぁ!!
土の顎が雪崩のように形状を失う。
美弥子と【DVIS】の接続がオフになり、美弥子の魔術は砂上の楼閣のごとく崩れた。
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…
再び琴宮姉妹は対峙していた。今度は共に魔術を失った状態である。
統護は投げやりに提案する。
「今夜はこれで引き分けにしないか? もう充分に暴れただろ? な?」
しかし美弥子は無言のままだ。
深那実が姉へ右拳を突きつけて、こう言った。
「こうなったら正々堂々とジャンケンで決着をつけようよ、姉貴」
「ジャンケン?」
怪訝な顔になった美弥子に、深那実が告げた。
「そう。その名も――アルティメット・ジャンケンよッ!!」
統護はずっこけそうになる。
美弥子は得意満面でルールを説明し、最後にこう付け加えた。
「……この私が考案・開発した究極のジャンケンってやつね」
「しれっと嘘をつくな嘘を」
誰が開発者でも別にどうでもいいジャンケンであるが、統護は突っ込まざるを得なかった。
少し思案した美弥子が言う。
「受けて立つのはいいけれど、それって先攻が圧倒的に有利な気がするわ」
「え? 受けて立つの先生」
「もちろんフェアに先攻を決める手立てはあるわ。――コイントスよ」
深那実は伊達メガネに付いていた金貨を翳した。
「表で私の先攻。裏で姉貴の先攻。公平を期すためにトスは統護くんがやって」
金貨を渡された統護は、改めて確認した。
「なあ、深那実さん。両面ともに表の図柄になっているんだけど」
「深・那・実ぃ~~~~」
「ちょっ! どうして裏切るのよ、統護くん」
「むしろ何で俺がインチキに協力すると思われてんだよ」
統護は馬鹿馬鹿しさのあまり、このまま帰宅したくなっていた。
姉妹は懲りずに、なおも睨み合っている。
そんな中。
「……あのぅ。そろそろ音楽室、開けてくれませんか、美弥子センセ」
恐る恐るといった頼りない口調。聞き覚えのある声色に、統護は背後を振り返る。
美弥子と深那実も同時に声の方を向いた。
三人の視線の先――
時間外なのに律儀に学園の女子用制服を着込んでいる、宇多宵晄が立っていた。
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