第三章 姉の想い、妹の気持ち 9 ―シャワー―
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逃げ場はない。
ユニットバス程度の広さしかない簡易個室である。二人だと密着状態だ。
決してグラマーとはいえないが、それなりに形良く、そして張りのある胸を、深那実は統護の胸板に押しつけてきた。
「逞しい。やっぱり良い筋肉しているわねぇ」
「おい。勘弁してくれ。マジで洒落になっていないから」
「どう? 私のおっぱい」
むにぃ。感触が柔らかく、艶めかしい。少し尖っている桜色の乳首の感触も――
統護は歯を食いしばる。理性が決壊しそうだ。
このまま深那実を抱きしめてしまいたくなる。二十五歳とは信じられないくらい少女めいている。恐ろしい。なにが恐ろしいかって、こんなヤバげな女がとても可愛く見えるのだ。
シャワーの湯気が邪魔に思えてきた……
「くくくくっ。ほら我慢は身体に良くないって。お互いに男と女になりましょうよ」
潤んだ瞳で熱っぽく見据えられる。頼むから、そんな恥じらうような目は勘弁してくれ!
「ねぇ統護くん。女の生の裸は初めて? 私は生の男の裸、初めて」
「くそぉ! あまり舐めるなよ。俺は女の裸を見た事あるんだよ」
思い出せ。深那実の罠から逃れる為に。
この異世界【イグニアス】に転生した時に、本邸の大浴場で淡雪の裸を見た。
それからアリーシアとルシアの二人と、孤児院【光の里】で混浴した。
まだある。男だと思っていた優季と入浴して、しかも大事な場所をバッチリ目撃だ。
風呂ばかりだ。そして此処は風呂よりも格下のシャワー室。大丈夫だ、俺は屈しない!
統護は不敵に笑う。
「――フフフ。生憎とアンタは五人目の裸なんだよ、深那実さん……ッ!!」
よくよく振り返ってみれば節操なく女の裸を見てきたな、と統護は自分に呆れた。
ついでに、締里とみみ架の裸もそのうち見るんだろうなと予感する。彼女達の為にも、ここでの敗北は許されない。というか、バレたらきっと大惨事になる。
そして、こんな状況では『堂桜ハーレム』とやらの揶揄で、世間の評判が最悪なのも当然だ。
冷静さが若干であるが戻った。竿の角度も下がる。
深那実が拗ねた表情になる。それがまた、殺人的に可愛い。
「なぁんだ。DTだと思っていたのに。面白くないの」
「いや。正真正銘のDTなんだけどね」
「なんで!? 裸を見たんでしょ。その四人とはどうして『して』いないの?」
「……場の流れ、か?」
「隙ありっ!」
「はぉぅッ」と、統護は情けない呻きを上げた。
竿を握られてしまった。再びギンギンに充血してしまう。哀しい男の性である。
「熱くて固くて大きいわね。そして太いわ。十六センチくらい?」
「は、測った事はない……」
嘘だった。定規を当てて測定した事があり、MAX十六センチは正解である。
「や、やめてくれぇ。くぅぉぉお」
「くくくくく。さあさあ! これを私の膣内に挿入して合体したくなったでしょう?」
「直接的な表現と邪悪な笑いは、女としてNGじゃないか?」
再び余裕がなくなる統護。前後にしごかれ、油断すると発射してしまいそうだ。
気持ちいい。だがプライドを守る為に忍耐の一手だ。
(くそぉ! くそぉ! 出してたまるかよぉぉおおおおお)
鋼鉄の精神力で耐える。ここで誘惑というか性欲に屈すると、MAXなナニだけではなく、深那実に決定的な弱みを握られてしまう。
というか、ナニで思い出す。
アリーシアの「浮気したり他の女と変な約束したら――ナニをちょん切る」という言葉を。
あの鬼のような婚約者は本気だ。間違いなく、やるといったらやる。
大切なナニを――失うわけにはいかないッ!!
くわぁっ!! 統護は目を見開いた。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智亦無得……」
「そ、そんな!? 柔らかくなっていく!?」
般若心経が朗々と響く中、右手の手応えに狼狽する深那実。
と、その時。
「――アナタ達ぃ、いったい何をやっているのかしら?」
聞き覚えのある声に、統護と深那実は我に返った。
スイングドアを開いたままの姿勢で仁王立ちしているのは、ジャージ姿の童顔の女性だ。
その童顔の特徴は、どことなく深那実の面影と共通している。
「あ。姉貴じゃない。奇遇ね。かなりお久しぶり?」
深那実は統護のナニから右手を放すと、その手を「しゅたっ」と小気味よく挙げた。
ナニが解放され、統護はしゃがみ込みそうになる。
「せ、先生……」
「事情を説明してもらいましょうか。堂桜くんに、深那実」
声の震え方が尋常ではない。
怒りの表情を無理繰り笑顔に擬態している、宿直当番の教師――琴宮美弥子は額に幾筋もの血管を浮かべていた。
…
「ったく。通りかかったのがセンセで良かったですよ、堂桜くん」
場所は宿直室である。
美弥子の言葉に、統護は心底から同意した。
本校舎外れに位置している宿直室に泊まる教諭は一人。
対して、本校舎とは別にある警備室に、二十四時間体制で詰めているガードマンは三名。
宿直当番は、主に校舎と学校施設内を見回りし、異常発見時に警備質に通報する。
ガードマンは校舎外と広大な敷地と校舎外訓練施設をメインに巡回している。
そういった役割分担になっていた。
もしも、ガードマンが美弥子よりも先にシャワー室の二人に気が付いていたのなら……
「素っ裸で現行犯逮捕だったよなぁ」
「統護くん以外の男に裸を見られたら、もう統護くんに責任とってもらうしかないわね」
「どうしてそうなる」
深那実の台詞に思わずツッコミを入れる統護。
統護は学校制服の予備を、深那実はやや寸足らずだが、姉のジャージを着ていた。
侵入行為が露呈してしまい、二人は美弥子に身柄を拘束されている。
三人とも畳の上に座っていた。
美弥子は行儀よく正座。深那実は大股を開いてあぐらを掻いている。
向かい合った姉妹は、統護の目には御世辞にも再会を喜び合っている様には見えない。
美弥子が厳しい口調で、妹に言った。
「貴女の放蕩を今さらどうこう言わない。でも、お姉ちゃんの大切な生徒を巻き込まないで」
鼻くそをほじくる仕草を付けて、深那実は言い返す。
「はぁ!? お姉ちゃんの大切な生徒ぉ? 相変わらず真面目だね、姉貴は」
「真面目とかじゃなくて、もしも堂桜くんの身に何かあったら、お姉ちゃんは担任として」
「平気平気。統護くんは世界最強だし。殺したって死なないって」
地上十五階からのダイヴを思い出した統護は、頬を引き攣らせた。
不死身じゃない上に、たとえ最強だとしても死ぬような思いは基本的にノーサンキューだ。
「ふざけないで」
「それにぃ。統護くんは私のラヴラヴ・ダーリンだしぃ♡」
深那実は統護にしな垂れかかった。
心情的には美弥子派であるが、契約上、深那実に味方するしかないのが辛いところだ。
大きく息を吸い込んだ美弥子は、勢いよく立ち上がる。
ニヤリ、と深那実は意地悪く笑んだ。
「おやおやおやぁ~~!? その反応って本当に『大切な生徒』なのかなぁ~~?」
「う、うぐっ」
「深那実さん。お願いですから、貴女のお姉様を煽らないで下さりませんか?」
自分たちの契約についての説得どころか、単に挑発しているだけだ。
しどろもどろに美弥子が弁解する。
「あ、ああ、ああああんたが、堂桜くんを脅して、あげくダーリンだとか嘘言うからっ」
「うん、まあ。確かにダーリンとかじゃないしな俺」
「ちぇ。乗り悪いわね、統護くん」
美弥子は肩を震わせながら、深那実を見下ろす。
「と、と、とにかく。この場は見逃してあげるから、堂桜くんを解放して深那実は一人で」
「ふひひひひひ。なになにぃ私を追い出して、今度は姉貴が統護くんに迫るって?」
プチ、という音が、美弥子の額から聞こえた気がした。
猛烈に嫌な予感が増していく。頼むからもう黙ってくれと、統護は祈る。
しかし。
「でもぉ姉貴みたいな色気ゼロの女じゃ、無理無理ぃ。そんなだから未だに処女なのよ~~」
アンタだって処女じゃん、と統護は心の中でツッコミを入れた。
ダン! と美弥子は畳を強烈に踏み降ろす。
「表出なさいッ!! あんたぁぁぁあああああああぁぁ~~~~~~~~!!」
その絶叫に、天井を仰いだ統護は額に手を当てた。
面白いじゃない、と深那実も立ち上がる。
ダメだ。もう止められない。なんて馬鹿馬鹿しい姉妹喧嘩なのだろうか……
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