第三章 姉の想い、妹の気持ち 6 ―統護VS鈴麗①―
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彼女のオリジナル【魔導機術】が立ち上がり、その外見に変化をもたらしていく。
カーテンの影から覗く統護は、左胸の布地の奥が微かに光ったのを見逃さなかった。
給仕女の全身が、虹色に色彩を変化させ続ける燐光に包まれた。
(使用エレメントは【光】か)
給仕女は身に纏っている給仕服を剥ぎ取り――チャイナドレス姿になる。
腰までスリットが大胆に入っている黒と赤を基調とした衣装だ。特徴は身体に絡みつくように描かれている昇り龍の刺繍。
地味で無印象な給仕女から、蛇めいた印象の艶やかな中華美人へと変貌していた。
ソファーの下から、深那実が小馬鹿にした口調で言った。
「わざわざ着替える必要あるぅ!? ミス・ドラゴンさん」
ミス・ドラゴンと呼ばれた中華女は、声に反応し、視線をソファーへ向けた。
その一瞬を、統護は見逃さない。
カーテンの影から躍り出ると、姿勢を低くし、相手に向かって一直線に突っ込んでいく。
狙いは――左胸布地の奥。
すなわち敵の専用【DVIS】を、右ストレートで打ち抜く。
ぱぁん! という甲高い音が鳴る。
統護のダッシュナックルが炸裂した。
だが、炸裂した箇所は敵の【DVIS】ではなく、敵の右手の平であった。つまりキャッチされてしまった。中華女の視線は深那実が潜むソファーへと向けられたままである。
「……甘いですね、堂桜統護。いえ、《デヴァイスクラッシャー》」
着弾時に、手の平の上からでも魔力を流し込んだが、敵の魔術に影響は及んでいない。
もはやお約束の対策ともいえる『魔力コーティング』で防がれているようだ。
読まれていた。
不意打ちだけではなく、統護が初撃で【DVIS】を狙う事まで。
ボクシングをベースにした戦い方は研究されている――と、実感した。
「なら、これならどうだ?」
空いている左手による左ボディフック――とみせかけて。
キャッチされている右拳を開き、小手返しの要領で手首を支点に外回しする。相手の右手の付け根を抑え、手の平を上から包み込む様に手首を極めにいく。
くるん、と中華女の手も同調するように回転した。
極められない。
次の瞬間から攻防の質が変化した。
ガガガガガガガガッ!
手と手が、前腕と前腕が、ぶつかる音が連なる。統護と中華女の右腕が激しく、一定のリズムで小気味よく交錯する。腰を入れたパンチの応酬ではなく、肩関節から下を使った、挿し手争いに近い複雑な挙措だ。
ガツン、と双方の裏拳が、鏡合わせのようにぶつかる。
そこで両者、動きが止まった。
「ほぅ。クンフー(功夫)も使えたとは」
「嗜んでいるって程度だよ。そっちこそ中国拳法って事は――兇手と呼ばれる類か」
流れを変えられないか。相手は――達人で強敵だ。
「イエス。私はプロの暗殺者よ」
膂力を込めても、相手の腕はビクともしない。サイバネティクス強化されている様だ。相手の腕と肩を破壊し尽くしても構わないのならば、まだまだ筋力の上限まで余裕はある。しかし現段階でそこまではしたくない。甘いと自覚はあっても、安易に相手を壊したくない。
ニィ、と女兇手は好戦的に頬を歪める。
「では私の【基本形態】――《カメレオン・ミラージュ》の妙を味わいなさい」
ヴゥン、という音と共に、女兇手を包む燐光が膨らみ、その輪郭を曖昧にしていく。
全身が眩く発光する。魔術の光だ。
身体が左右に分かれ、三つに分身した。
統護は迷わず中央の女兇手に左ストレートを放つ。
すり抜けた。
ミスブローしたと理解した瞬間、統護は拳を引き戻さずに、放った勢いを利して前転する。
ひュごッ、と空気が鳴いた。
刹那の差で、右側の女兇手の貫手が、統護の後頭部の髪の毛を掠める。
前回り受け身から素早く起き上がると、統護はファイティングポーズをとった。
「おいおい。お約束と違うだろ。普通は真ん中が本物じゃないのかよ」
冷や汗ものであった。
右に移動しつつ光学的残像を生成し、その残像が左に分裂していたのだ。真ん中が本物という分身の先入観を逆手に取るだけではなく、相手の側面に回り込めるという利点もある。
「なるほどパンチ主体であっても、ボクサーじゃないわけね」
ボクシングの定石通りに拳を引き戻していたのならば、確実に倒されていた。
「まぁな。一番実戦的だからベースにしているってだけだ」
「体幹の使い方とクンフー(功夫)の腕からして、本当の貴方は古流――と見受けます」
「そんな大層なモンじゃないさ」
確かに『古の業』だが、流派名すらないので古『流』とは呼べない代物だ。
「興味ありますね、貴方が秘める本当の武に」
「悪いな。その期待には添えないかな」
投げ技主体だと一対一のケースでしか使用できない。寝技も同じだ。蹴りを主体とした格闘技だと、拳主体よりも空振りの隙が大きい。ハードパンチャーである事が前提になるが、やはりボクシングの実用性は、他格闘技よりも頭一つ抜けている。反面、ハードパンチャーでなければ最弱の格闘技ともいえる上、どの格闘技より防御技術に才能を要する。
仕切り直しだ。
意識をボクシング・スタイルに戻した。
やはり、この戦闘スタイルに拘りがある。
「無駄とは分かっていても、通報って手段はないのか、深那実さん」
「やっても無駄と分かることはやらない主義だから」
深那実はソファーの底から這い出てきた。
そして女兇手に右手を挙げ、にこやかに挨拶する。
「割とお久しぶり。ミス・ドラゴン」
「その異名はあまり気に入っていないわ」
「確かにダサいもんねぇ。見た目ドラゴンってよりも毒蛇って感じだし。じゃ、偽名だろうけれど、龍鈴麗って呼んであげる。貸し一つだからね」
ロン・リンリー。統護はその名を記憶に刻む。
「深那実さん。この龍さんと知り合いかよ」
「悪の組織の手先よ、彼女。これが四度目の襲撃かしらね。どうやら私が魔術を使えないって知って、懲りずに口封じにきたってところかしら。モテる女は辛いわねぇ」
「正確には、その情報の真偽を確かめに来たってところよ」
何度もヒットマンに狙われているっていうのは本当だったのか、と統護は顔をしかめる。
「アンタ、いったいどれだけヤバい情報握ってんだよ」
「そりゃもう沢山よ」
「手を引きなさい、堂桜統護。その女に関わるべきではないわ。今なら見逃せる。堂桜淡雪が健在である以上、貴方も殺して構わないと命令されているけれど、正直いって私は貴方を殺したいとは思わない」
「ご忠告、感謝するけれど約束は守る主義なんだ」
プロの暗殺者といっても随分と饒舌でウエットだな、と統護は違和感を覚える。
視線を鈴麗に固定したまま、深那実に訊いた。
「質問いいか深那実さん。この龍さんを差し向けた組織って分かっているのか?」
「もちろん。ニホン人なら誰でも知っている超巨大な悪の組織よ」
「やっぱりそうかよ」
小さく畜生と呟く。超巨大な悪の組織とやらに心当たりがあり過ぎる。
「我が組織に気が付いたのならば、ここで引き返しなさい。これが――最後の警告よ」
統護が返事する前に、深那実が声を張り上げた。
「ばーかばぁーか!! 統護くんはね、この私のダーリンで一蓮托生なんだっての! お前なんて統護くんにコテンパンにされちまえ!! ……さっ、頑張って統護くん。私達の愛の為に」
一瞬、本気で手を引こうと思ってしまった。
しかし統護は気を取り直し、鈴麗を睥睨する。
表面上、おちゃらけを演じているが、深那実は深那実で対策や作戦を考えているに違いない。
鈴麗は特に気分を害した様子を見せずに、両手に付け爪を装着した。
ファッションではなく、長く鋭利な刃物として機能する爪だ。
「否定をしないという事は、琴宮深那実の為に命を賭す、と解釈していいのね?」
「ああ。ダーリンとか愛は関係ないが、護るって約束したからな」
護る。誰だって殺させない。そして、その為にも強くなってみせる。
(そうだ。【エルメ・サイア】を倒す為だけに俺は強くなりたいんじゃないッ)
鈴麗から発散される気配の質が変わった。
本気で――殺しにくる。
この感覚。まだ十戦未満なのに慣れているのが、自分でも苦笑してしまう。
異世界で人生をやり直した結果が、戦いの日々とは。
MMフェスタ開幕前からハードな展開だ、と統護は両拳を握り直し、感触を確かめた。
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