第二章 シンパシー 4 ―オルタナティヴVS鈴麗②―
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4
オルタナティヴは淡雪と優季の状態を一瞥する。……まだ回復していない。
マネージャーがステージに着くのは、もう少し先か。
この戦闘で女暗殺者を倒せばミッション完了――であるのならば【魔導機術】を立ち上げて一気に勝敗を決しにいく。しかし先は長い。ユリからの依頼を果たすのには、それでは不十分であり、彼女が『狙われる心配がなくなる』まで護り通さなければならない。
ゆえに魔術という手の内は、温存の一手だ。
当然、相手側も事前情報としてオルタナティヴの魔術を把握はしていはずだが、格闘能力とは違い、次回以降の為にも実際に体感させてやる必要性など皆無である。
そして逆に、オルタナティヴは相手の魔術を待つ。
さあ、格闘戦で後手を踏んだのだから、先に魔術をみせなさい――と。
恐くはない。時間制限のある戦闘だ。手の内を隠したまま制圧できればベストだが、勝てなくとも、敵は撤収せざるを得ないのだから。逃げられても、上手くすれば警備網によって捕獲できる可能性もある。対してこちら側は、ユリを護りながら防御するだけでいい。
「……ち。小賢しい小娘ね」
暗殺者が舌打ちした。
待ちの姿勢をみせるオルタナティヴを睨む。奇襲、そしてファーストコンタクトで負けて、暗殺者は己の不利を認めた。手札を晒す――と決めた暗殺者は【ワード】を口ずさむ。
「――ACT」
現時点で、軌道衛星【ウルティマ】との通信を阻害できるジャミングは存在しない。
その起動呪文に呼応して、暗殺者の衣装――正確にはその内側が、不気味に鳴震した。
魔力の流れから、オルタナティヴは敵の専用【DVIS】を察知した。胸ポケットに入れている小物だ。それが何か詳細は分からないが、位置は把握した。
暗殺者が事務員用制服を、剥ぎ取るように脱ぎ捨てる。
露わになったのは、蜘蛛の巣状に四肢に絡みついているマニピュレーターと、複雑な色調で燐光している、身体にフィットしてるスーツだ。【DVIS】と思われる蝶を象ったブローチは、スーツに縫い付けてある。
剥き出しになっているマニュピュレーター群が新型の【黒服】であろう。もはや『服』と形容できる形態ではないが。先程のミドルキックで、右脇腹の一部が損傷している。
(光学系の魔術か……)
女が纏っている燐光はあまりに不自然で、スーツに備わっている科学的な発光機能でないのは瞭然である。
一見して分かる。使用エレメントは――【光】であろう。
戦闘系魔術師として起動した女の、特徴に乏しかったニホン人顔が一変した。ハンカチで軽く顔を拭って化粧を落としたのだ。いや、化粧というよりも特殊メイクというべきか。
顕れたのは、目鼻立ちのメリハリが乏しく、目が糸のように細い、東洋系の顔。
イメージはまさしく、獲物を狙う毒蛇である。
(中国人の暗殺者)
「いわゆる兇手ってヤツね」
「フフフフ。これが私の【基本形態】よ。その名も……
――《カメレオン・ミラージュ》」
魔術効果・魔術事象を身に纏うタイプの【基本形態】だ。
最もシンプルな発想なので、ゆえに最も魔術と近接格闘の併用に適した型といえた。
かつ、術者から独立する魔術幻像タイプが背負う『【基本形態】を魔術で破壊されての強制シャットダウン』を回避できるメリットもある。
その反面、魔術幻像タイプや【結界】タイプに比べると、【基本形態】の自律機能と基本性能は劣る傾向が強い。要は、戦闘スタイルにより一長一短という事だ。
女兇手は拳ではなく手刀を構えた。刃物でもあるつけ爪を、人差し指と中指に嵌めている。
むろん即効性の毒が塗られているのだろう。
オルタナティヴは、毒手と化した女兇手の両手を見つめて、笑みを深める。
「ジャブが擦らなかったというのに、毒爪つきの手刀……ねえ?」
手刀による突きは、ジャブと比較するとあまりに打突角が制限され過ぎる。加えてスナップを利かせられないので、キレも劣る。
「つまりは、それだけ光学系魔術に自信があるという事かしら」
「ええ。自信あるわよ。貴女の過信を打ち砕く程度には。だから貴女も使いなさい、魔術を」
「自信があるのよ。このまま貴女を倒せる程度には。いいから掛かってきなさい」
女兇手の糸目が更に細まる。チロリ、と長い舌を出して、上唇を舐めた。
「その過信が命取りよ」
「ならば、どちらの自信が過信なのかハッキリさせましょうか」
男装の麗人に近い美貌から笑みが消え、鋭利に引き締まる。
ポニーテールの黒髪少女は再び両拳を構えた。
この第二ラウンドが、第一試合のファイナルラウンドになる――と覚悟を決めて。
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…
オルタナティヴは女兇手の先手を待つ。
逆にいえば、先手『しか』待たない。
(さあ。打ってくるのは最善手か、あるいは悪手かしら?)
敵の魔術特性は間違いなく――迷彩。
それならば一般客に対するセキュリティは突破できなくとも、派遣スタッフの末端――孫請け以下等の作業員として紛れ込む事ならば、実のところ充分に可能。そこまでリスクマネージメントを徹底できないのは、コストカットの意義をはき違えているエコノミックアニマル、と諸外国に揶揄されるニホンでは、最初から警備シフトの穴として織り込み済みであった。
ゆらり、と女兇手の身体が不気味に揺れた。
その様は、オルタナティヴの目には、さながら陽炎めいて映る。
「……では思い知りなさい。己が過信を慢心だったと」
その一言を残し、女兇手が残像を残して、掻き消えた。
一瞬とはいえ、オルタナティヴの網膜に焼き付ける残影ではなく、実像のコピーを光粒子の塊によって演出する――本物の残像をその場に創成し、フェイクとしたのだ。
初見の残像魔術に、オルタナティヴは反応が追いつかない。
女兇手の攻撃は――こない。
宙返りしてオルタナティヴを飛び越えた女兇手は、呆然と戦闘をみているユリの前にいた。
薄笑みを浮かべ、ユリの喉元へと毒爪つきの手刀を突き入れようとする女兇手。
目の前に突如として姿をみせた賊に、ユリは無反応だ。
細い首へ手刀の先端が届く寸前。
ズぅボォン!!
横薙ぎに旋回してきたオルタナティヴの右踵が、女兇手の胴体に深々とヒットする。
背中越しに放たれた右の後ろ回し蹴りだ。
ぐるん。
ユリの方へ吹っ飛ばす蹴り方ではなく、相手の胴体を踵に乗せる要領で、キックのバックスピンによって、女兇手を強引に元の位置へと振り戻した。キックの運動エネルギーの大半を、相手の移動に割り振っている為に、肉体的にダメージを与えられる蹴り方ではない。
オルタナティヴはつまらなげに言った。
「どうやら貴女に保証されていた貴重な先手は……悪手だったようね」
あまりに予想通りであり、拍子抜けですらあった。
女兇手の顔が歪む。
肉体的なダメージは軽微であっても、精神的なダメージは甚大であった。
「その手品。一度目にすれば、おおよその感覚は掴めるわ」
「くそっ!」
これで相手の選択肢は、残り時間的な猶予からして、オルタナティヴに可能な限りのダメージを与えて、用意してあるであろう逃走経路を使用しての脱出しかなくなった。
オルタナティヴは間合いを詰めにいく。
ヴゥぅン。
女兇手は魔術による残影を発生させて己の輪郭をぼやけさせた。
身体にフィットしている発光スーツは一種の【AMP】――『アームド・モデリング・パーツ』と呼ばれる魔導兵器――いやこの場合は魔導装具――なのだろう。魔術師単体では、光学迷彩現象のみで人間の視覚を騙す事は困難であっても、このスーツによる補助があれば、瞬間的ならば、残像や残影が可能となる。加えて、新型【黒服】の運動機能サポートもある。
叫ばれる【ワード】。
「秘技・《百烈蛇蝎》ッ!」
ずぅぉォォオオオオオオオ!!
女兇手の手刀が幾重にも分裂し、オルタナティヴに襲いかかった。
その動きは蛇のごとく。狙う毒爪はサソリの毒針だ。
だが、オルタナティヴには当たらない。
左ジャブの差し合いで、すでに女兇手の打撃技は見切っていた。
魔術を纏った攻撃だが、電脳世界に展開する【ベース・ウィンドウ】による魔術サーチと軌道解析など、オルタナティヴには必要ない。
目線と肩の動きのみで先読みができる。
いくら光学魔術によって偽の打撃をミラージュして有視界を混乱させようとも、肩とステップワークから『生物的かつ物理的に不可能な』打撃は瞬時に判別できる。有視界で充分・魔術オペレーションによる超視界に頼るまでもないのだ。
ぱぁァん! という甲高い打撃音と共に、女兇手の顔面が後方に弾かれた。
《百烈蛇蝎》は躱されても残像は残る。その残像に紛れて、本物の手刀を引いて二撃目を繰り出す筈であったが、その引き手に合わせてオルタナティヴがジャブでカウンターをとった。
パワーショットによる攻撃ではない。攻防の繋ぎに使う軽いカウンターだ。
しかし打撃をもらい、女兇手の残影魔術が消えた。
光学系の魔術は、レーザー攻撃を主体とするロングレンジ型を除けば、ショートレンジによる格闘戦の補助にしか用途が見いだせないのが通説だ。よって光学系魔術の使い手は、高度な近接格闘能力を有すのが前提となるが、その格闘能力で劣った場合――苦戦は必至となる。
オルタナティヴは再びスタンスをサウスポーにスイッチして、右足を相手の左足の外側へと踏み込んだ。
女兇手の顔色が変わる。次、また左ミドルをもらえば――終わりだ。右ガードを下げた。
ドォン!
重い打撃音が鳴る。穿たれたのは、反対の左脇腹であった。
サウスポースタイルから打ち込まれた、オルタナティヴの右ボディフックが直撃したのだ。
女兇手の身体が、くの字に折れた。
迷わず全力でバックステップする――が、当然ながら壁を背にする羽目になる。
追い詰めたオルタナティヴは追撃にいく。
「《百烈蛇蝎》ッ!」
追い詰められた女兇手は、再び光学幻影による連続打突技を繰り出す。
貫手が幾重にも残像する。
それは最早、オルタナティヴには通用しない――はずだったが。
ごき、という鈍い音と共に、オルタナティヴが退いた。
オルタナティヴの上着の右袖が切れている。女兇手の付け爪によって斬られたのだ。
間合いが、変わっていた。
「本当に大した小娘。私にここまでやらせるとは」
再び「ごき」という音が鳴る。
鈍音は、女兇手の肩関節と肘関節が外れる音であった。右腕に続いて、左腕の肩と肘も意図的に自ら脱臼させたのだ。
外層骨格として装着している【黒服】によって、関節を引っ張って外した。
肩と肘の可動域から打撃を予測されるのならば――その制限を解除すればいい。脱臼しようとも、【黒服】の補助によって四肢はより自在に動く。激痛さえ無視すれば問題ない。
「つまらない手品、第二弾かしらね」
斬られた袖口を一瞥し、黒髪の少女はファイティングポーズを取り直す。
一太刀浴びても魔術は起動しない。自信の表情は揺るがない。
女兇手は激痛を誤魔化すように笑みを作る。
「その服、防刃処置をしていないとは。プロとしてはお粗末ね」
「これってイタリーブランドの最高級品なのよ。貧乏なアタシにとっては一張羅で防刃処置なんて無粋な事はできなくて。……とはいえ、斬られるなんて予想外の出費になるわね」
「あら、ひょっとして修繕にだすつもり? そんな必要なくってよ。その背広、リサイクル用の布地になるだけだから」
果たして、形勢は逆転したのか――
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