アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第3部(第14話)

第二章  シンパシー 2 ―VIP―

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         2

「わざわざ一般客の列に混じって入場ゲートからお越し頂かなくとも……」
 額に浮き出る汗をハンカチで拭いながら、会場オーナーである老人が困り顔で言った。
 事前に連絡すれば、裏口から特別招待客として入場できたのだ。
 淡雪はやや得意げに言う。
「ファンの列に並ぶのもアイドルコンサートの醍醐味だと、事前に調べましたの」
「ええぇ~~? ボクは並んで待つのって性に合わないな」
 優季は理解できない、と頭を振った。
 二人は重役達にエスコートされている。歩いているのは、一般開放されているイベントホールや客席から隔離されている関係者用通路だ。
「――で、ボク達って何処に連れて行かれるの? 何か悪い事でもした?」
 五十代のお偉方が慌てて弁解する。
「め、め、滅相も御座いません! 優季お嬢様のお気に障ったのならば謝らせてもらいます。あのですね、実は……」
「私が説明します」
「知っていたのなら最初に説明しておいてよ、淡雪」
 渋面の優季に、淡雪が話して聞かせる。
「此度の榊乃原ユリさんの凱旋には、【堂桜グループ】も大きく関わっています」
「知っているよ。MMフェスタにも特別出演するんでしょ」
「そうです。大口スポンサーの堂桜ですが、今回の彼女の帰国に対しては可能な限り彼女の精神的負担軽減を優先して、直接の挨拶は控えておりました。挨拶というか、立場上どうしても彼女側がこちらを接待するという事になってしまいますので。故に、堂桜関係者は榊乃原さんとの面会を控え、プロダクション側とだけのビジネス的なやり取りに終始しました」
「ふぅん。って事は、芸能人とかアスリートってスポンサーへの接待って大事なんだね」
 立場が弱い芸能人であると、大口スポンサーに枕接待を強要される、あるいは進んで枕営業するケースもある。それだけチャンスを得る事が難しく、また生存競争が激しい世界だ。
「ここまで言えば理解できるでしょう?」
「うん。淡雪は来場したからには、立場上ゆりにゃんに挨拶しなきゃならない」
「そうです」
 ここまでの対応は予想外でしたが、と小声で付け加えた。
「でも堂桜のお姫様である淡雪はともかく、ボクも一緒でいいわけ? 正直いってゆりにゃんに会いたいけれど、ボクなんかが一緒で迷惑じゃない?」
 優季の台詞に、彼女達をエスコートするお偉方は一様に困惑した顔になる。
 淡雪は優季をたしなめた。
「優季さん。貴女自身も【HEH】――【比良栄エレクトロ重工】という大企業にして堂桜の協力会社のオーナー一族の令嬢という事実を忘れないで下さい」
「もうそういうの気にしなくていいって、弟に云われているんだけどなぁ」
 優季は頭の後ろで手を組んでぼやいた。
 彼女の異母弟は姉に激甘であり、姉も異母弟を唯一の家族として誰よりも大切にしている。
 横目で優季を見る淡雪の視線が温度を下げた。
「【HEH】のオーナー殿がそう仰せられても、世間的には貴女は比良栄家の令嬢なのです。かつての虐げられた、形式上だけの立場とは違って今は正真正銘の令嬢でVIPです。世間は相応の立ち振る舞いを貴女に求めてきます。本来ならばその言葉使いも改めるべきですが」
 説教に、軽く頬を膨らませた優季はため息をつく。
「今さらっていうか、ボクはメンタル的には庶民なんだよ。女の子として振る舞えるのは嬉しいし幸せだけど、お嬢様とかお姫様みたいには振る舞えないって」
「そんな心構えで、よくもお兄様の恋人を詐称しますね」
「詐称はともかくとして、統護だったらボク以上に庶民メンタルだと思うけど?」
 その言葉に、淡雪は小さく首を竦める。
 統護の秘密を共有している仲間として、優季は訊く。
「じゃあ淡雪は今の統護に、元の統護のように」
「いいえ」と、やや強い口調で淡雪は、優季の言葉を遮った。
 優季は頬を緩める。淡雪の横顔に。
「――お兄様は、この世界での堂桜統護は、今のままでいいと思っています」
 噛み締めるような言葉。
 だから淡雪は兄に代わって次期当主という重荷を背負っている――

 

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 一行は目的の部屋――榊乃原ユリの控え室に到着した。
 ドアの前で控えていたユリのマネージャーを務めている青年が、淡雪と優季に腰を折る。
 淡雪はたおやかな笑みと共に、軽く右手を上げて返礼した。
 優季も慌ててペコペコと頭を下げる。
 案内を終えたお偉方は、淡雪の謝辞とお役御免の言葉を受け、それぞれの業務へと戻っていった。彼等にとって淡雪達の来場は予想外だったらしく、全員小走りであった。
 慌ただしく遠ざかる背中を見て、淡雪は小さく息を吐く。
「悪い事をしましたわね。これならば事前連絡するべきでした」
「ボク達が来るって思ってなかった様子だったね。もしも淡雪がチケットを他人に横流ししたらどうなっていたんだろう?」
「チケットの識別コードだけではなく、入場口に設置されている防犯カメラで確認したのでしょう。実際、彼等も堂桜に配ったチケットで一般客が来ると思っていたようですし」
 淡雪にしても、興行サイドのお偉方がすっ飛んでくる事までは、予想していなかった。
 ライヴ終了後に改めて挨拶を――と、考えていたのだ。まだまだ世間知らずだ、と反省する。
 二人の会話が一息ついた絶妙のタイミングで、マネージャーが恭しくドアを開けた。
「それでは、どうぞ中へ」
 二人は目礼で応え、彼の促しに従って室内に入る。
 横長の間取りになっているドレッシングルームは、白を基調とした清潔な空間である。
 八つ並んでいる化粧台の前に貼られている姿鏡は、壁一面を占有している特注品だ。
 中央の化粧台に座っている一人の女性。
 赤と白が基調、アクセントに黒ラインが入っている、フリルがふんだんに使われている雅なステージ衣装に身を包んでいる彼女を見て――

「うわぁっ! 本物のゆりにゃんだ」

 優季が驚声を上げて駆け寄った。
 ユリは不敵な笑顔で、優季にピースサインを突きつける。
「そうでっす! なんと本物のあたしだよぉ~~ん! こんちわ、こんちわ」
「お邪魔します。って、サインもらってもいいですか!? サイン!」
「おっけ。色紙はある?」
 ユリはサイン用に携帯している愛用サインペンを、小物入れから取り出す。
「ないからコレにお願いします」
 優季はパーカーを脱いでユリに差し出した。
 パーカーを手に取り、ユリの顔が微かに強ばる。
「え? ええと。これって凄く高そうなんだけど……。油性で書いちゃっていいの?」
 真剣な口調で確認する。服飾品をみる目が多少なりともある者にとって、優季のパーカーが二十万円を下らない高級品だというのは瞭然であった。実際は五十万円だ。
「もちろんお願いしますっ!!」
 勢いよくお辞儀する優季。
 それでも躊躇するユリに、マネージャーが口を挟んだ。
「そのお嬢様は【HEH】のご令嬢だ。衣服の値段など余計な心配はいらない。ちなみにこちらの方が、堂桜財閥の本家令嬢にして次期当主であられる、淡雪様だ」
 淡雪と優季を紹介されて、ユリの顔が一瞬だけ固まり――次の瞬間、笑顔に戻る。
「そっか。【HEH】と【堂桜グループ】はよくCMとかで目にしているから、もち知っているよん! 了解したした! つまり二人は超超チョーお金持ちって事だね!! おっけ。じゃあ遠慮なく……」
 流暢な筆捌きを披露した。
 パーカーを拡げて背中のサインを見た優季は、感激で表情を輝かせる。
「やったぁ! これ家宝にします。ありがとう御座いました」
「え。か、家宝? ま、まぁね~~。末代まで誇るといいよっ!」
「次はツーショット写真、いいですか?」
「もち! 餅の突きだよ。お正月の鏡餅だよっ」
 テンションMAXの優季に、ユリはやや押され気味である。
「はい、チーズ!」
「いぇいっ」
 二人は肩を並べて、優季が掲げたスマートフォンのフレーム内に収まった。通常ならば入場ゲートで、【DVIS】も含めた携帯機器類は、退館するまで一時預けなければならないが、淡雪と優季は特別に荷物検査を免除されていた。
 カメラ機能で撮影した画像データの出来映えを確認した優季は、「よしよし。さっそく智志に写メしなきゃ」と、弟へ写真付きメールを送信する為に、テキストを打ちこみ始める。
 ユリはそんな優季から、そっと半歩ほど離れた。
 淡雪が静かな足取りでユリの前まできた。
「ええっと。キミもあたしのサインが欲しい?」
「いえ。本番前の大事な時にこのような形でお邪魔してしまい、大変申し訳ありません。手短に済ませますので、どうかご容赦を。改めて、堂桜淡雪です。堂桜一族および【堂桜グループ】一同を代表して挨拶させて頂きます」
「問題ないない! 今回のニホンツアーの最大スポンサー様だからね!! 本当だったらあたしの方から挨拶回りしなきゃならないのに、気を遣ってもらってこっちが感謝してるって」
 淡雪とユリは軽く握手を交わす。
 これで形式的とはいえ、淡雪の堂桜代表としての役目は終わりである。
 写メールを送信し終わった優季に声を掛けた。
「優季さん。用事は終わりです。これ以上はユリさんの邪魔をしないで、私達は観覧席へ向かいますよ」
「観覧席って? まさか上にあるっていう賓客用ブース? ステージ下の客席じゃないの?」
 武道館には一般非公開の賓客用スペースが隠されているのだ。
「え。貴女は立ったまま音楽を聴くというのですか!?」
「うっわぁ。分かっていないね。ダメダメ。全然調査がなってないよ淡雪。アーティストのライヴってのはね、ファンも一緒に参加してなんぼだよ」
「……」
「もしかして統護と一緒に賓客ブースで高みの見物のつもりだったのなら、ボクと二人になって淡雪はラッキーだったね。統護だってボクと同じリアクションだったと思うよ?」
「分かりました。是非とも貴女と一緒にライヴの勉強をさせてもらいます」
 憮然となる淡雪。
「いや、そんな不機嫌にならなくても……」
 優季は苦笑した。
 その時。
 見計らった様なタイミングで、ユリを呼ぶ為のノックがドア板から鳴った。
 一同、ドアへ視線を向ける。
 自信満々の表情でユリはバチンと右拳を左掌へ叩きつけた。
「ぃよっし! じゃあ二人に、サイッコウのあったしの歌を聴かせようかなぁ~~!!」


 控え室の前には、出番を伝えたプロダクション所属の女性世話係の他に、もう一名いた。
 標準的な女性事務員用デザインの武道館勤務員の制服を着ている若い女性だ。
「あれれ~~!? そっちの人は?」
 ユリの問いに女性は会釈を添えて答える。
「淡雪様と優季様を特等ブースまでご案内する様にと」
「その件ですが、申し訳ありませんが不要になりました。キャンセルしますので、担当の方々に謝っておいて下さい」
「え? つまりこのままお帰りになられるという事でしょうか?」
「違う違う。淡雪はボクと一緒に最前列でサイリウム振りながら『ゆりにゃんコール』を爆発させるって事だよ。それから、これから先はボク達も一般客と同じに扱ってよ」
「え、ええと……、優季様?」
 理解が及ばない案内係に、淡雪が重ねて説明した。
「ライヴにおいて特別扱いは興が削がれる、と解釈して下さい。帰る時の出迎え等も結構ですので、どうかその様にお伝え願います。お気持ちだけありがたく受け取っておくと」
「畏まりました!」
 案内係と会話する淡雪と優季に、ユリが言った。
「じゃ、あたし達はもう行くからね~~。ステージ下での応援、よっろしくぅ!」
 マネージャー、世話係、そして護衛であろう黒い背広姿の女性を従え、ユリはヒールを鳴らしながら颯爽と歩き始める。
 優季がエールを送った。
「頑張って下さい! 精一杯応援させてもらいますから!」
「おっけ! 声援期待しているよっ」
 淡雪と優季は視線を合わせ、案内係に一般客席までの経路を教えてもらおうと――

 ずん、という衝撃が二人の鳩尾――正確には横隔膜を貫いた。

 

 

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