第一章 ストリート・ステージ 6 ―統護VS業司郎①―
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ゲームセンターの裏通りへと、統護は駆け戻った。
淡雪と優季の姿はない。ルシアの作戦に従事してくれていた役者の皆さんも撤収済みである。
だが、日の光が乏しい湿気の多い空間は――無人ではなかった。
二人いた。
男女であり、明らかに、逢い引き等といった仲睦まじい雰囲気ではない。
そして、統護には男性の方に見覚えがあった。
彼は一見して粗野なのが瞭然で暴力的な空気を発散させている。年齢は二十代後半。二メートルに迫る長身で、筋骨隆々としているが、ビルダーのような不自然な筋肥大はなく、実用一点張りの鍛えられ方をしている。裸の上半身にファー付きの革ジャンを着て、前をはだけているので、大胸筋と腹筋の陰影がカットラインとして浮かび上がっていた。
逆立った赤い頭髪は、彼の獰猛な気質によくマッチしている。
「乱条――業司朗」
統護が彼の名を呟くと、業司朗も統護の方を振り向いた。
「なんだテメエぇ、勝手に俺様の名を……って、統護じゃねえか」
意外そうに目を丸くする。
業司朗は統護の伯父に当たる堂桜栄護の関係者であり、統護とも認識があった。
とはいえ、今の統護が業司朗と顔を合わせるのは、これが初めてとなる。
「ゲーセンに遊びに来たついでに、裏口でナンパか?」
統護の軽口に、業司朗は牙を剥く。
「そういうこった。だから余計な邪魔しないで、とっとと帰れよ」
二人のやり取りに、残りの一名である女性が泣きそうな声をあげる。
「違います! 違います! そこの格好いいお兄さん!! チンピラに絡まれているか弱き乙女にどうか救いの手をっ」
そう主張する女性は、未成年の少女が無理にビジネスウーマンのコスプレをしている様な、色々とアンバランスな人物である。体型や顔立ちといった各ファクターは平均的なのだが、それを合算した印象が、なぜかチグハグなのだ。
救いを求める声に対し、統護はスマートフォンを取り出した。
「じゃ、警察呼ぶから」
「へっ! 俺様は別に構わないぜぇ。好きにしやがれ」
業司朗は平然としたまま。
慌てたのは、絡まれている女性の方であった。
「ストップ、ストォーーップ!! えへへ。警察は、その、ちょっと良い思い出がなくて」
気まずそうな愛想笑い。頬に汗が一筋伝った。
統護は顔をしかめる。なんてこった。この女の方がワケありかよ……
(まあ、だからこそ俺をこの場に誘導したって事か)
業司朗が言った。
「……で、お前どうすんだよ、統護ぉ。テメエはどっちの味方をする!?」
統護から肩の力が抜ける。
元の世界では『ぼっち』であり、男女付き合いどころか、男同士の友達付き合いも過度のプレッシャーを感じる気質である。この【イグニアス】世界に転生してから、男友達との付き合いは改善傾向にあるが、それでも人付き合いはまだまだ苦手である。
反面――こういった敵意丸出しのやり取りは、ストレスを感じずに、実に心休まる。
殴る覚悟と殴られる覚悟を有している者同士の会話は、変な気を遣わなくて済むので気楽だ。
統護は確認する。
「お前がこの女性をどうしようか、によるな」
「拉致る。そして叔父貴に引き渡す。それだけだな。余計な情報は一切知らないぜ。っつっても、叔父貴が俺様に命じるくらいだから、色々と嗅ぎ回っているんだろうよ。時期が時期だ」
「ああ、そうだな」
開催間近であるMMフェスタか、と統護も当たりを付けた。
統護の視線に対し、絡まれている女性は反論しない。どうやらビンゴのようだ。
そして拉致という剣呑な単語を耳にしても、女性はパニックにならない。すなわちある程度以上のリスクを覚悟して行動をとっているとみていい。
(ジャーナリスト、マスコミ、あるいは特殊工作員……ってところか)
女性は観念したのか、統護に訴えてきた。
「私! フリージャーナリストの琴宮深那実という者です! 警察が苦手なのは職業柄といいますか、事情聴取されて荷物検査されると、ほら、そっちの恐いお兄さんの飼い主さんにも、ちょ~~とヤバイ情報も漏れちゃうっていうか!!」
ギョロリ、と業司朗に獣じみた眼で睨まれ、深那実は小さく飛び上がる。
「やだなぁ、そんなに怒らないで下さいって。とにかく、この場を助けて貰えると、色々とありがたいんですよ! 堂桜栄護に関するスキャンダルも後々正式に交渉して、穏便かつ平和に買い取って頂けるはずなんですから!」
言外に、買い取って貰えなければ他の買い取り口を探す、と脅迫している。図太い女だ。
おおよの事情を把握した統護は、当面の方針を固めた。
この場を引く――という選択肢はやはり無しだ。
みみ架が《ワイズワード》の記述によって自分を此処へ戻したという事は、間違いなく女性を統護が確保する必要があるはずだ。
「とりあえず、俺がこの人に話を聞く。だから悪いが引いてくれないか?」
栄護には自分から話をつける、と統護は付け加える。
業司朗が快心の笑みを浮かべた。
「その返事を待っていたぜ! ぎゃははははっ。で、テメエは俺様が素直に引くとでも?」
「思っていないよ」
欠片も落胆をみせず、当然とばかりに統護は戦闘態勢に入る。
業司朗は堂桜一族でも名が知れ渡っている戦闘狂であり、同時に超一流ともいえる戦闘系魔術師――【ソーサラー】だ。
「ご期待に添うから、とっとと魔術を立ち上げろよ」
戦闘になる――が、相手にとって不足はない。
統護は元ボクサーの母親から叩き込まれたボクシングの構えをとった。
母親に強制されただけでプロ志望ではなかったし、アマチュアでの試合経験もなく、スパーリングしかやらなかった。それがこの異世界に転生してからというもの、すでに何度も実戦を経験し――その度にボクシング技術が本当の意味で身に馴染み始めている。
戦る気満々の統護に対し、業司郎は苦笑した。
「いやいや。俺様の魔術特性じゃ、こんな狭い場所じゃすぐに騒ぎになっちまう。それは互いに上手くない話だろ? 加えてテメエの新しい《デヴァイスクラッシャー》の情報も入っているんだ。よって魔術戦闘はなしだ」
ロイド戦の情報も魔術師界には知れ渡っている様子だ。とはいえ、あの時よりも進歩しているという自信はある。
「じゃあ、どうするんだよ」
拍子抜けする統護。まさか業司朗が尻込みするとは想像していなかった。
業司朗は楽しそうに言葉を続ける。
「バッカ、誤解するんじゃねえよ。無意味に騒ぎを大きくしたり、魔術使わないってのに俺様の【DVIS】を壊されたら割に合わないってだけで、バトルで決着つけるって方針は変更なしだぜ。……慌てんなって、ちょっと待ってろ」
スパイク付きの革靴の踵で、業司朗は自分の後ろと統護の後ろに二本の線を地面に刻む。
統護に正対し直して、言った。
「テメエも知っているだろうが、俺様の身体はオルタナティヴとか名乗ったクソ女にバラバラにされちまった。だが単に修理しただけじゃなくて、更なるヴァージョンアップを経たんだよ。クスリの量は以前の半分以下に、出力は三割以上も上がった」
業司朗の身体は真っ当な生身ではない。
違法であるサイバネティクス強化が全身に施されているのだ。ドーピングも併用されているのだが、クスリは強化目的というよりも、拒絶反応抑制の意味合いが強い。
「分かった分かった。もったいつけなくていい。要するに殴り合いでケリつけようぜ、っていう話だろ。なんでもいいから始めようぜ」
「案外せっかちだな、お前。ルールくらい説明させろや」
「ルール?」
統護は眉根を寄せる。投げ技、間接技、寝技での攻防に制限でもつける気か。統護としてはシンプルにボクシング主体での打撃でKOするつもりだから、余計な制限など必要ない。
業司朗は岩のような右拳を、統護へ突きつけた。
「ああ。その名も――アルティメット・ジャンケンだぜ!」
「なんだよそれ」
胡散臭い名称に、統護のやる気が一気に削がれた。
しかし、業司朗はそんな統護の反応など無視し、得意げにルールを説明する。
衆知されている通常のジャンケンであれば、出すのは『グー・チョキ・パー』の三種類であるが、アルティメット・ジャンケンにおいては『グー』しか使用できない。
そして通常のジャンケンのように同時ではなく、交互に『グー』を出していくのだ。
互いの顔面目掛けて。
ダウンする。あるいは後ろの線からはみ出る。避けてしまう。ブロックしてしまう。
以上の四パターンをもって勝敗を決し、双方踏ん張った場合は『グー』と『グー』だから、引き分け――よって次のジャンケンへと移るのだ。これを決着がつくまで繰り返す。
以上が、アルティメット・ジャンケンのルールである。
「どうよ? 俺様が開発した新しいジャンケンだぜ。凄いだろ?」
「莫迦かお前」
心底から呆れ返る統護。
とはいえ、台詞と表情とは裏腹に、すでに『グー』を打ち出す構えをとっていた。
業司朗は左頬を突き出して笑う。
「俺様から挑んだジャンケンだ。先攻はそっちでいいぜェ」
「ああ。遠慮しないよ」
二人はアルティメット・ジャンケンを始めようと――
「あ。ちょっと待って下さい。面白そうなので撮影オッケーですか?」
深那実がカメラを構えて撮影許可を求めてきた。
水をさされる格好になった統護と業司朗であるが、異口同音に「好きにしろ」と返事する。
そして――統護の先攻でアルティメット・ジャンケンが幕を開けた。
「ジャンケン、グーッ!!」
グシャァッ!!
鋭い炸裂音が裏通りに響き、統護の『グー』によって業司朗の顔面が派手に捻転した。
舞う血飛沫。
ガクン、と腰を落としたものの、どうにかダウンせずに持ちこたえた。
折れた奥歯を吐き出した業司朗は、恍惚とした表情になる。
「いぃ~~い、グーだったぜぇ。思わず勃起しちまいそうだ。最高だぜテメエ」
「ち。手応えあったんだがな」
一撃で決められなかった。業司郎対オルタナティヴ戦のデータで知ってはいるが、やはりタフネスは相当なものだと実感する。統護は両足を踏ん張って、左頬を晒した。
ニタリ、と頬を釣り上げる業司朗。
「じゃあ今度は俺様の番だ」
「足にきているみたいだけど、へなちょこなグーで俺を失望させるなよ」
「心配すんなよっ。ジャンケン、グゥゥウウウウウ!!」
ゥガゴぉォッ!!
拳の炸裂音と、カメラの連続シャッター音が、忙しなく裏路地に鳴り続ける――
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