第一章 ストリート・ステージ 5 ―予言―
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ようやく一息つけた。
場を離れてからすぐに、統護のスマートフォンに二人からのメールが送信されてきた。
仲直りした二人は、一緒に武道館ライヴに行くとの事だ。
統護に対しては、後日それぞれフォローするように、と記されていた。
二人は表通りを並んで歩いている。
「……助かった。礼を言うよ委員長」
安堵した表情でスマートフォンをポケットにしまい、みみ架に感謝を伝える。
みみ架は苦笑しつつ、肩を竦めた。
「まったく、忙しいってのに人をこき使ってくれるわねぇ」
みみ架は開いていた本――正確には本型【AMP】を、ショルダーバッグの中に戻した。
彼女が《ワイズワード》と命名した、曰く付きのワンオフ品である。
ちなみに【AMP】とは『アクセラレート・マジック・ピース』の頭文字を繋げた専門用語だ。魔術師の【魔導機術】を補佐する目的の、いわば魔導具といったところだ。
「その『本』に導かれたってワケか」
「いいえ。偶然よ」
統護は《ワイズワード》について、大まかな情報を締里から聞いていた。みみ架も特に統護に対して隠していないが、それでもこの場では白を切った。
「見ての通りに、学校に用事があったんだけれど、ちょっとこっちに野暮用ができたの」
「学校の用事?」
みみ架は普段の休日は、祖父が道楽で経営している古書堂の店番をしているはずだ。
「それって図書委員関係か?」
クラス委員長であるが、本来は図書委員志望である彼女は、時に率先して図書委員の仕事を手伝っている。頑固者で変わり者であるが、人望が厚いのはそういった面がある故だ。
「いいえ。琴宮先生のサポートよ。体育祭の対抗戦に関して。第一回なのに学外からの参戦も予定されていて、色々と初の試みが多くて大変なのって、泣きつかれて」
「そいつはご愁傷様だな」
「堂桜くんはこれからどうするの?」
「予定は未定、だよ」
淡雪と優季から逃げられただけでも、今日は僥倖であった。もう何もなくていい。
みみ架は年齢不相応な妖艶な笑みを浮かべる。
統護はドキリとなる。化粧っ気がないので気が付きにくいが、素材は超絶の美形なのだ。
「だったら、約束の為の予行練習、そこのホテルでする?」
彼女が口にした約束、とは『みみ架の家業を継ぐ為の後継者を産む為の協力――つまり子作りをする』という非常識な契約である。過日の事件によって、統護はみみ架と子供を作る契約を、半ば強引に結ばされていた。堂桜一族も了承しているので、現状では逃げられない。
統護は肩を竦めた。
「遠慮しておく。アリーシアにバレたら、淡雪や優季どころじゃなくなるし」
アリーシアとは、フルネームをアリーシア・ファン・姫皇路といい、このニホンの友好国であるファン王国の第一王女にして、次期女王である。
学園のクラスメートであったアリーシアは、過日の事件を経て統護と婚約している。
みみ架は苦笑した。
「冗談よ。高校を卒業するまで、あるいは貴方と彼女が正式に婚姻するまで、わたしと堂桜くんは子を成さないってアリーシアと約束しているし」
アリーシアは統護とみみ架の約束に対し、当然ながら婚約者として怒髪天を突いた。
統護としては彼女との婚約は、過日の事件に対しての形式的なものと解釈していたのだが、みみ架との約束を契機に、アリーシアが本気でこのまま婚姻する気だと知った。
幼馴染みで恋人を自認する優季の存在もあり、真剣に女性関係がハーレム化して、引き返せない状況に追い込まれている統護である。
さらに統護も彼女達への愛情を自覚しているので、もう、どうにもなっていない。
誰か一人を選んで、他を切り捨てるという潔さは、統護には備わっていないのである。
「頼むからあまり虐めてくれるなよ。なんか気が付けば大変な状況なんだから」
「そうね。わたしは貴方に黒鳳凰の次代を授けれもらえれば、それで充分だけれど、アリーシアに比良栄さん、そして楯四万さんも色々と納得しないだろうし」
「締里? う~~ん、そうか」
かいがいしく弁当を作ってくれていたのは、やはり……
悪い気はしない――どころか凄く嬉しいのだが、他の女達の事を考えると頭が痛くなる。
(アイツ、今どこにいるんだろうな)
逢いたい、と思ってしまう。
そして自覚する。締里の事もきっと好きなのだと。
(アリーシアに、委員長に、優季と締里か)
色々と謎が多く、決して油断はできないがルシアだって――
随分と気が多いと自分でも呆れる統護であった。だが、好きという感情だけは、自覚してしまうとどうにもならない。
可能な限り全員平等に扱えば、軋轢というか、とばっちりは減る筈だ。
……といった、世間一般の価値基準としては男として最低の考えに耽る統護。
誰か一人を選ぶという真っ当な発想が既に消えていた。
「個人的には貴方には楯四万さんが一番似合っている、なんて思っているけれど、それは通常の男女の話であって、きっとセカイが定めている堂桜くんの運命の相手は――」
意味ありげな視線を向ける、みみ架。
思わず統護も表情を改めた。
――堂桜淡雪――
その名が脳裏に浮かぶ。元の世界には存在していなかった、妹、と定義されている少女。
ユピテルとの戦いの最中、意識内に割り込んできた、〈光と闇の堕天使〉の貌。
同一だったのは、間違いなく偶然ではない。
統護も薄々感づいている。
淡雪とは――何者なのだろうか?
「……なあ。お前は《ワイズワード》から、いったい何を託されている?」
「それはわたし自身も知りたいわ。核心だもの」
「淡雪に関しての新情報は?」
「無しね。総合的に検証して、新しく決まりと考えて良いのは、アリーシアが今後、この世界の中心になるだろうという事だけ。きっと貴方と婚姻するでしょうね」
「それだけか」
みみ架に打ち明けられていた。子を成す云々も運命に組み込まれていると。
下心なしで、統護も真剣に受け入れている。
「そして残念ながら、これから先にある貴方の三度目の戦いには、おそらくわたしは関与を許可されていない。だから云いたくても何も言えないの」
みみ架は颯爽と踵を返した。
肩越しに統護を見やり、言い残す。
「最後に一言。《ワイズワード》に記されているわ。もう一度さっきの場所に戻りなさい」
これで今回のわたしの出番は終わりと、少し寂しげにみみ架は去った。
残された統護は、迷わず元の方向へと駆け出した。
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