第一章 ストリート・ステージ 3 ―失敗―
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統護は淡雪を待たせている公園へと急いだ。
予定より十五分近くオーバーしている。老婆役の人は上手く淡雪を引き留められているのだろうか? 淡雪の盗聴癖さえなければ、すぐにでも通信で確認したいのだが……
「くそっ! どうしてアイツは盗聴なんてするんだ」
思わず愚痴る統護。
淡雪に云わせれば『盗聴させない様な言動ができない統護が悪い』という理屈らしいが、全くもって理解できなかった。身に覚えがない上に、不便で窮屈なだけである。現に今、作戦上で著しい不便を被っている。
公園に着いて――統護は愕然となった。
淡雪の姿が、何処にも見当たらない。
見晴らしがいいはずの景色の何処にも、淡雪はいない。確実に公園内には姿がない。
統護は公園内を走り回り、淡雪の姿を求めた。
しかし発見できない。
泣きたい気分だ。背中に大量の汗が伝っている。
ズボンのポケットから震動を感じる。中のスマートフォンがヴァイヴレーションしていた。
確認すると、メールを着信していた。
すでに公園から移動していた淡雪からの待ち合わせの指示であった。
…
メールで指定された場所。
それは――先程のゲームセンターの裏手道であった。
統護は待ち構えている淡雪へ問う。
「なんか風変わりなベンチに腰掛けているんだけど、どうした?」
そのベンチは一つではなく、ピラミッド式に高々と組み上げられている。
全部で六つのベンチだ。
その一番上に淡雪は足を組んで座り――統護を冷たい眼差しで見下ろしていた。
「独創的なベンチでしょう?」
「ああ、とても。けれどそろそろ勘弁してやってくれないか? だって彼等に罪は無いんだ」
ベンチはベンチでも、人が四つん這いになって形成する人間ベンチであった。
淡雪を公園に誘導した一名と、五名のチンピラ役で、合計六名だ。
バレてる……
そして怒っている。超怒だ。
逃げたい。脱兎のごとく背中を晒して駆け出したい。
しかし人間ベンチな彼等を見捨てて逃げるわけにもいかない。
冷淡な面持ちの妹へ、統護は愛想笑いを返した。
「こ、この人達は悪気があったわけじゃなくて、その、仕事だったんだから」
「そうですね。こうしてベンチ役をするのも、この方達の立派なお仕事ですから」
人間ベンチとなっている六名は揃って統護を見た。
一様に怯えきった視線である。
縋るような目で、助けてくれと訴えてきている。
きっと自分も同じ目をしているんだろうなぁ……と、統護は思った。
淡雪への作戦は失敗だ。
こうなったら、とにかく淡雪に事情を説明して、せめて優季への作戦だけでも――
「――さて。ボクにも事情を説明してもらおうかな、統護」
その声色では聞いた記憶のないイントネーションの低い声音。
店の裏口ドアが、やや乱暴に開く。
への字に口を曲げて、不機嫌さを隠そうともしない優季の登場に、統護は心中で叫んだ。
もうダメだぁ、助けてくれぇえええッ! ルシアぁぁあああああ~~~~!!
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…
首都圏の外れにある――森林と田園によって田舎風景を演出されている、とある地域。
その中に埋没するようにポツンと建っている年代物の木造アパート。
オンボロの外観とは裏腹に、この建築物は世界最先端の技術と魔術の中枢といえる場所だ。
特に、二階の205号室は別格である。
「にゃん、にゃん、なぁぁあああああぁ~~んっ!」
205号室内に猫のような声が響く。
猫の声ではなく、あくまで猫の鳴き真似のような少女の悲鳴だ。
少女は鳴き真似のみならず、その姿までも猫に扮している。赤く染めた髪の毛に猫耳付きのカチューシャ。つり目気味な大きな瞳も猫を想起させる。
下着の上に身体測定用の検査着のみを羽織っている十代前半の彼女の名は――通称・ネコ。
本名は、堂桜那々呼。
この【イグニアス】世界に浸透している【魔導機術】を統括している堂桜一族においても、特に重要な存在として秘匿されている、超天才児にして、自身を猫と信じている狂人だ。
那々呼の眼前にある大型モニタの映像――
――統護が、二人の少女に挟まれて絶体絶命の窮地に追い込まれている。
「にゃにゃん!? にゃぁん?」
那々呼は傍らに佇んでいる少女を振り返り、身振り手振りで焦りをアピールする。
しかし、紺色を基調とした袖膨らみの衣装にフリル付きの真っ白なエプロンドレス――つまりメイド服を着ている少女は、彼女の異名通りに冷静なままだ。
十代後半と思われる彼女の名は――ルシア。ルシア・A・吹雪野という。
《アイスドール》と異名される冷たい美貌を持つ少女。全てが整い過ぎともいえる、どこか創り物めいた美しさと、その冷静・冷徹さから人形、あるいは氷の彫像と揶揄されている。
ルシアは那々呼に応えるのではなく、独り言のように呟く。
「ワタシとしてもベストは尽くしましたが……」
「にゃっ!?」
「そもそも、こんな作戦が成功するはずがないでしょう、ご主人様」
「にゃぁあぁああああああ」
作戦失敗を確定させたメイド少女の台詞に、那々呼はゴロンと寝転がった。
手足をジタバタさせる那々呼に、ルシアは一瞥もくれない。
ルシアは堂桜那々呼を守護する特殊部隊【ブラッディ・キャット】の隊長で、また彼女自身も那々呼の世話係を拝命されている。那々呼が従順に命令を聞くのはルシアのみだ。
だがルシアがメイドとして主人と定義するのは、那々呼ではなく統護である。
ルシアは那々呼を飼い猫として扱っており、那々呼もそれを甘受しているという間柄だ。
「にゃにゃん!」
「もう無理です。駄々を捏ねるのではありません、ネコ。ベストは尽くしたでしょう」
今回の作戦に投入した資金は、約四百万円。
訓練費という名目で捻出・計上した予算とはいえ、実に不毛な作戦であった。
最初のシミュレートでの成功確率は、僅か九パーセント。リハーサル後で十二パーセント。初めから成功するはずがなかったのだ。
「……では、現時刻をもって作戦終了です。各員撤収しなさい」
メイド用ヘッドドレスに付いているマイクから、ルシアは命令を飛ばした。
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